1月7日、春高バレー準々決勝。

 誰もが、この1本は彼に上がる。疑いなく、そう見ていた。むしろ祈るように。上がってくれ、上げてくれ、と。

 そして予想通り、いや期待通り、トスが上がる。セッターが触る前に助走準備に入っていた水町泰杜(鎮西)がバックセンターから跳び、その水町に対し、駿台学園のブロックは3枚。

 1本目はブロックに当たり鎮西コートに返り、すぐさま助走に入った水町がまた打ち、2本目もブロックに当たったボールが鎮西コートへ。そして3本目、打って、下がって、と動き続けるエースにセッターの前田澪は迷わずトスを上げ、水町が打つ。

 だが、三度目の正直、はならず。

 3本目のバックアタックはブロックに当たり鎮西コートに落ちた。20−25。セットカウント1−2で敗れた鎮西、主将の水町は両膝に手をつき、うずくまる。ユニフォームで涙を拭いながら、頭を抱えて。

鎮西に送られた大きな拍手。

 そしてそんな水町の両肩をチームメイトが支え、会場から大きな拍手が沸き起こる。決して大げさではなく、それは大会で一番と言ってもいいほどの大きさと、温かさ。拍手に声が乗せられたなら、きっと「よくやった」「頑張った」と水町を、そして水町と共に戦い続けた鎮西の選手たちを労うものであったはずだ。

 頭からタオルをかぶり、サブアリーナでも多くのカメラや記者に囲まれながら水町は泣いた。そして、ひとしきり涙した後、見せた顔は清々しかった。

「最後に集まって来たボールを打って行かないといけなくて、自分が打てれば勝てるし、自分が打てなければ負ける。自分にしかできない経験でした」

1年前の経験を生かして変化した。

 必然的に、1年前の光景が蘇る。

 同じ1月7日だった。連覇を狙う鎮西は準々決勝に勝利し、準決勝進出を決めていたが、試合中から攻撃の大半を担う水町は両足が攣っていて、着地もままならない状態だった。

 それでも彼以上の決定力を持つ選手はいない。トスを上げる前田は、水町に頼らなければならない状況を理解しながらも、ボロボロになってもなお打ち続ける2年生エースに「申し訳ないし、苦しい」と膝を抱えて涙を流した。紡ぎ出す言葉の1つ1つに、胸が痛んだ。

 だが、それから7カ月が過ぎた夏。宮崎のインターハイで見た鎮西に、変化を感じた。

 もちろん水町の打数はチームで一番多く、要所は水町にトスが上がることに変わりはない。だが、まだ完璧なタイミングではなくともミドルを使ったり、エース一辺倒の攻撃から何かを変えようとしている姿が、確かにあった。

笑顔で高校バレーを終えた前田。

 初戦で対戦した東山に敗れはしたが、水町や前田にとって最後の春高でどんな戦い方を見せるのか。インターハイからそんな期待感を募らせ、迎えた春高。1人のエースとして、技術や体力だけでなく、感情表現をより露わにするようになりさらに逞しさを増した水町はさることながら、果敢にミドルを使おうとする前田の成長。

 水町と荒尾怜音、同世代を代表するエースアタッカーとリベロをつなぐ立場として「負けたら全部自分のせいだと思っていた」というセッターは、最後の一戦となった駿台学園との準々決勝の最終セット終盤、前衛にいた水町ではなくミドルの速攻を使った。その1本は決まらなかったが、紛れもなく大きな、成長の証だった。

 駿台学園に敗れ、直後は悔しさで涙したが、不思議と後悔はない。前田はそう言った。

「あの1本(速攻)が正解だったかどうかはわからないです。でも、自分がここ、って決めて上げたところなので。こんな自分の、うまくないトスも上げたら絶対決めてくれる水町は、いつだって大きな存在でした。一緒にバレーができて、本当に楽しかったです」

 うつむくのではなく前を見る。いい笑顔だった。

浮かび上がる過密日程の問題。

 3年間という短い時間で、高校生たちは驚くほどの成長を遂げていく。だから毎回、高校生3年生のバレーボール選手にとって最後の大会である全日本バレーボール高等学校選手権大会、通称“春高”を取材するたび胸が熱くなる。

 だが、だからこそ見過ごしてはならない問題点も年々色濃く浮かび上がる。

 過密日程による選手への過大な負荷と、昨年の水町のみならず試合中に足を攣る選手が減るどころか増え続ける現状。そもそも優勝するためにはわずか5日間で最大6試合を勝ち上がらなければならず、大会3日目には3回戦と準々決勝のダブルヘッダーを戦わなければならない。

 7日の準々決勝から3日空き、準決勝は11日、決勝は12日に行われたが、準決勝は女子に次いで男子、の順番であったにも関わらず、翌日の決勝は男子が先。しかも準々決勝までは3セットマッチで行われるのに対し、準決勝からは5セットマッチになるため運動強度も負荷も疲労度も一気に増す。

決勝が女子、男子の順であれば……。

 女子の2試合がフルセットだったため、男子の準決勝2試合目、清風と駿台学園の試合開始は17時過ぎで、試合が終わったのは19時10分。栄養補給、休養、睡眠と翌日の試合に備え、リカバリーに必要な時間は最低でも24時間とされる中、勝利した駿台学園の選手が宿舎に戻り食事を終えたのは21時半。

 それから試合に出場した選手に対して治療を施し、23時過ぎに就寝。11時半開始の決勝に向け、翌朝の10時には会場入りしなければならないため、ミーティング時間も計算し、朝食は7時。

 もしも試合が準決勝と同様に女子、男子の順であれば、午前中はもっと余裕を持って過ごすことができる。それは専門家の目で見ずとも、誰もがわかることであるはずだ。

ダブルヘッダーは苦肉の策。

 ではなぜ、このようなスケジュールが組まれるのか。

 そこにはいわゆる大人の事情が含まれる。

 まず1つの壁がテレビ中継だ。主催でもあるフジテレビは準決勝、決勝を地上波で中継するため、より関心が高いであろう組み合わせを先にするか、後にするか。同時間帯の他局のコンテンツも含めて検討するため、より多くの視聴者を獲得するためには、今回のように準決勝が女子から男子であったにも関わらず、決勝が男子から、と試合順に矛盾が生じることもある、と関係者は言う。

 テレビ中継が壁、と言うと、放映側ばかりに責任があるように思われるかもしれないが、そう単純ではなく、3回戦と準々決勝のダブルヘッダーに関して言えば、中継するテレビ局の要望ではない。むしろ放送する側としては、3月開催時に7日間で行われていたように、1日1試合を希望したのだが、高体連は却下。同時期に公立高校の始業式が行われるため、大会役員や審判など、公立校の教諭が欠席することがないよう、開催時期が1月に移行した時点で5日間での開催、しかも始業式への出席を義務付ける。ダブルヘッダーはそのための苦肉の策だった。

「春高」を知ってもらうことはメリット。

 より多くの人たちに「春高」というフィルターを通して、競技を知ってもらうこと。大会を放映してもらうことは、むしろ大きなメリットだ。

 華やかにライトアップされた場所で戦える喜びや、オレンジコートへの憧れ。それが「バレーボールをやって春高に出たい」と次世代につながっていくのは確かで、出場した多くの選手が敗れるたび「またここに戻って来たい」と悔し涙と共に、瞳を輝かせる。

 とはいえ、この過密日程が正しいかと言えばもちろんノーだ。連日連戦となることや、1日の試合数が多いため試合順によっては待ち時間が長くなること。時には21時近くまで試合が行われる現状は、高校生の大会として健全であるかは考えるまでもない。

 選手の将来を守らなければならない。けれど“春高”というブランドを保ち、競技としての華やかさも保ちたい。ならば、何をすべきで、何ができるのか。

「トップカテゴリーと同じ対応を」

 選手に生じるリスクを減らす、という面で言えば、たとえば足が攣る選手が多い、という事象を1つとっても、改善するための策はあると言うのは金蘭会の中野仁トレーナーだ。

 試合が行われる会場内は温かいが、移動中や屋外との気温差が大きい春高では、運動量以上に水分も消費し、体循環が悪くなるため下半身が冷える。それが試合中に足を攣る一因にもなるため、金蘭会の選手には試合前に300mlを目安に水分を摂取することを義務付け、より吸収を高めるべく公式練習前には経口補水液を飲み、5セットマッチになれば試合中にアミノ酸やクエン酸を含んだゼリー飲料を摂取させている。

 こうした知識があるだけでも、事前に対策し、少しでも足が攣るリスクを減らすための準備もできる。春高期間中はサブアリーナに学生トレーナーによるストレッチやマッサージのブースが設けられているが、中野氏は「大切なのは試合前と直後にどんな準備、対策ができるか。生徒という扱いではなく、このレベルまで来たらトップカテゴリーと同じ対応をすることが大事」と説く。

 昨年からトレーナーの帯同が許可され、試合中も事前登録したトレーナーがベンチの横に待機することができるが、すべての学校にトレーナーがいるわけではない。遠方の学校からすれば、遠征費や勝ち進むごとに増える滞在費もあり、すべての部員を帯同することもままならない中、トレーナーに予算を組むのは難しい現状があるのは否めない。

 だが、高校生だから強行スケジュールもOK、という今のままではあまりに負担が大きすぎる。高校生バレーボール選手にとって最も華やかで、最も注目を集める大きな大会だからこそ、少しでも万全に近い状態で戦うことができるように。トレーナーの帯同を今すぐ義務付けるのはまだ難しくとも、出場校にはトレーナーや栄養士などの専門家による講習を行うなど、選手がベストな状態で戦うためにサポートできる方法はあるはずだ。

大人たちができることは何か。

 想像してほしい。

 ベスト8をかけた激闘に臨み、身体と心、頭に疲労を抱えた状態でサブアリーナに戻り、1時間も経たぬ間に今度はもっと強い相手とベスト4、センターコートをかけた戦いに臨む。ボロボロになってようやく勝利しても、準決勝と決勝まではわずか15時間。

 それが本当にアスリートファーストだろうか。

 多くのカメラや記者に追われ、悔しくとも涙をこらえ、こらえきれずに嗚咽しながらも、10代の選手たちは真摯に対応する。これがアスリートの義務だ、と言わんばかりに。

 ならば、大人ができることは何か。万全の状態で戦える環境をつくることではないだろうか。さまざまな事情があり、変えることは容易いことではない。だが、変えなければならないことを、見過ごしてはならない。過酷な状況にも打ち克ち勝者となった高校生の努力に報うためにも。そして、苦しみ、葛藤しながらも「変わろう」と1年を費やし、それでもなお、敗れていった高校生たちのためにも。

文=田中夕子

photograph by Kyodo News