<今季からJ1で導入される予定のVAR=Video Assistant Referee。すでに昨年のルヴァンカップ準々決勝以降と、J1参入プレーオフ決定戦で試験的導入が行われた。欧州リーグの解説も担当する水沼貴史氏は、VARが日本サッカーに与える影響をどう考えているのだろうか。>

 いよいよ今年からJリーグ(J1)にも導入されますね。すでに国際試合や世界各国のリーグで導入されているので、「VAR」がどんなものなのか、認識している方は多いと思います。個人的にはVAR導入は肯定派です。どんな形であれ、曖昧だったジャッジがなくなる。選手たちはある程度、納得した上でプレーできると思います。

 例えば、昨年のJリーグで大きな議論の的になったのが浦和vs.湘南。湘南の選手が放ったシュートがゴール内側のネットに跳ね返り、ボールがピッチに戻ってきたシーンがありました。

 選手たちのリアクションを見れば、ゴールラインを割ったことは明らかに見えましたが、得点は認められませんでした。もし、あの試合でVARが導入されていたとしたら間違いなく審議の対象となったでしょう。

日本リーグ時代に経験したこと。

 私も現役時代に同じようなシーンを経験したことがあります。日本リーグがあった時代に行われた天皇杯、まだゴールの後ろにバーがあった時代です。湘南戦と同じようにゴールに入ったボールがバーに当たり跳ね返ってきた。

 もちろん、主審に抗議しましたが、それでも覆らなかったため、数人でラインズマンに駆け寄ったんです。副審は口も開けず、ブルブル震えていて、あの表情は忘れられないですね。

 当時はまだ地方リーグの審判員が担当していて、後に審判をやられていた方々にお会いする機会がありましたが、今でも度々話題に上がるそうです。それだけ審判にとっても、選手にとっても、ミスジャッジは記憶に残るものなんです。

 結果を大きく左右する判定が正されるという点においては、VAR導入は意義があると思います。

VARについて講習を受けた。

<J1参入プレーオフ決定戦の解説を担当した水沼氏は、試合前にVARの講習を受け、審判の仕事ぶりに触れたのだという。その過酷さを身をもって体感した。>

 実はプレーオフの試合前、VARについて講習を受けました。そこで強く感じたのは、VARを担当する審判員が相当なストレスを抱えながら行なっているということ。それを忘れてほしくない。

 密室の空間で12台のモニターの前に座り、問題になりそうな事象を90分間探し続けるわけです。

 APP(アタッキング・ポゼッション・フェイズ)の見極めも大変で、「ゴールシーンの少し前にファウルがあった」「ゴールシーンを遡ると関与した選手の位置がオフサイドだった」など、判定に大きく関わる“攻撃の起点”を絶えずチェックしています。

 プレーが切れれば「解除」と確認し合いながら、また次、また次。必要があればすぐに主審に交信して、最適の映像を選んで提供する。Jリーグの場合は現状、AVAR(アシスタントVAR)とリプレーオペレーターを合わせた3人で遂行するわけですから、並大抵のことではないと思うんです。

 J1参入プレーオフではVARを使用した判定を行う機会はありませんでしたが、そんな試合でもずっと稼働しているということですね。

思い出したのは成田空港の管制塔。

 VOR(ビデオオペレーションルーム)ではピッチのレフェリーと同じ格好で業務に当たります。

 この部屋を見て思い出したのは、以前、成田空港の管制塔を見学する機会に恵まれた時のこと。もう昔の話なので現在は変わっているかもしまれんが、そこにいた管制官の方々は「神経を使う仕事だから、少しでもリラックスできるように」と普段着で業務を行っていたんです。

 VARも同じような空間で行うわけですから、もっと楽な格好でもいいのでは?と疑問を投げると、「第4審判が交代を余儀なくされる緊急時に備えて、いつでもピッチに出る準備を」という考えでユニホーム着用を義務付けているのだそうです。

 レフェリーも同じ人間。私たちが思う以上に大変な作業がVARにはある。レフェリーと選手がリスペクトし合うように、VARの審判員の方にも同様のリスペクトが必要だと強く感じましたね。

VARに対する理解を進めるために。

<ただ、先日のU-23アジア選手権で話題になったように、その介入の範囲は議論を呼んでいる。この大会で日本代表はレッドカード1枚、2度のPKがVARによって下された。>

 VARが介入する範囲について多くの人が正確に理解するまでに時間がかかると思います。

 VARは得点機会、PKかどうか、退場に値するか、警告・退場の人間違いの4点に対し、主審にはっきりとした明白な間違いがあった、または重要な事象を見落としたと疑われる場合のみに発動されるもので、役割はあくまで主審の補助。つまり、最終ジャッジは主審の判断によって下されるということです。

 ハンドの判定や危険なファウルへのジャッジが厳しくなっているだけに、故意ではない反則に対する判定に苦しむ場面も出てくるでしょう。また、“明白な間違い”と言えない際どいシーンでは主審の判断が尊重されるため、なぜ取らないの? となることもあるはず。

 だからこそ、選手はルールをより深く知る必要があるし、PKに直結するペナルティエリア内では特にVARを意識したプレーが求められる。これまで見過ごされてきたことが映像に残るため、ある意味、ごまかしが利かなくなった。いわゆる“マリーシア”みたいなものも少なくなっていくでしょうし、審判とのコミュニケーションも戦う上で重要なファクターになると思います。

解説者としてもプレッシャーがかかる。

 同様に我々、解説者も審判の間でどんな議論が行われているのか、どこが焦点なのかをしっかり伝えることが求められる。これまで以上にプレッシャーがかかりますね。

 見ている人にわかりやすく伝えるという点では、会場にいる観客にどう説明していくか。そこも課題の1つだと思います。スタジアムには電光掲示板がありますが、例えばそこで議論の対象となっているプレーの映像を流すとか、ルールを説明する映像の制作、それこそ試合前に流す映像で説明をしてもいいのかもしれない。

 よりサッカーを楽しんでもらうために、そういった工夫はもっと求めていきたい。プレミアリーグですら試合ごとにたくさん議論されていますから、Jリーグもその都度、議論を重ねながら理解を深めていきたいところです。

 J開幕前、審判団は各チームに説明に回るようです。試合を長く中断させない、どこまで介入するか、観客にはどう伝えるか。VAR導入への課題はたくさんありますが、世界基準に沿ったレフェリングは選手たちの強化にもつながります。

 選手、審判、そして観る側の我々もしっかりと理解し、日本サッカーを高めていければいいなと思います。

(構成/谷川良介)

文=水沼貴史

photograph by Kiichi Matsumoto