“妥協の産物”という声が聞こえてくる。

 選手移籍の活性化を目的とした「現役ドラフト」(仮称ブレークスルードラフト)が、早ければ今年の7月にも実施される見通しとなった。

 1月21日に行われたプロ野球実行委員会で今季導入への目処が立ったもので、今後は選手会と協議を重ねながら、3月上旬までの合意を目指すことになるという。

 昨年3月の日本野球機構(NPB)とプロ野球選手会(炭谷銀仁朗会長)の事務折衝で、選手会側から提案のあった現役選手を対象にしたドラフトの実施。

 メジャーリーグ機構(MLB)の「ルール5ドラフト」(協約の第5条に記されているからこう呼ばれている)をお手本に、出場機会に恵まれない中堅選手を掘り起こして、活躍の場を得られる移籍の活性化を図るための新制度というお題目だった。

MLBでは大スターに駆け上がった例も。

 MLBではマイナーで燻っていた選手が、この「ルール5ドラフト」をきっかけにメジャーの大スターへと駆け上がって行った例がいくつもある。

 古くは殿堂入りしたロベルト・クレメンテ(ピッツバーグ・パイレーツ)やハック・ウィルソン(シカゴ・カブス)も「ルール5ドラフト」で指名された経験者だ。

 2000年代にミネソタ・ツインズなどで活躍し、2度のサイヤング賞を受賞したヨハン・サンタナ投手もここで指名されたことがブレークのきっかけだった。

 またアルコールと薬物依存症で更生施設入りも経験したジョシュ・ハミルトン外野手は、2006年の「ルール5ドラフト」でシカゴ・カブスに指名されたことをきっかけに、その後テキサス・レンジャーズでオールスター出場を果たす活躍を見せた。

 メジャーでは確かに埋もれていた選手を蘇らせた実績のある制度と言えるのである。

似ても似つかないルール。

 そんなイメージと重ねて昨年の事務折衝では巨人・丸佳浩外野手や西武(現シンシナティ・レッズ)の秋山翔吾外野手らがNPBに実施を迫ったはずだ。

 だが、実際に実施されようとしている日本の「ブレークスルードラフト」案は、メジャーの「ルール5ドラフト」とは、似ても似つかないものである。

 あくまで最終決定ではないようだが、漏れ伝わってきている「ブレークスルードラフト」の内容は以下のようなものである。

(1)実施時期はオリンピックでシーズンが中断する2020年7月末から8月の間の期間。

(2)球団が支配下選手8人の名簿を提出し、その選手がドラフト対象となる。ただしそれまでにトレードを行った球団は、トレードで移籍した人数を差し引けるが、最低6選手は名簿に記載する。

(3)各球団は最低1人の選手を指名するが、指名のなかった選手名は非公開とする。

 残りシーズンが3か月を切った時点で、球団が対象となる選手リストを作成して、その選手を対象に指名し合うというものだ。

有力な選手は囲い込むことができる。

 もちろんこれでも出場機会に恵まれない有力選手が移籍のチャンスをつかめる可能性はないとは言わない。

 しかし、この規定で実効的にそこまでのものが実現できるのか。

 この規定では球団に選択権があるために、有力な選手は囲い込むことができる。戦力外とは言わないが、それに近い選手を選択できるシステムなのである。

「現役選手ドラフト」の話題が出たときには、例えば「巨人から日本ハムにトレードで移籍した大田泰示外野手のような選手が」「阪神の藤浪晋太郎投手もこれをきっかけに」等の楽観的な報道を見ることもあった。

 だが、残念ながらこのシステムではそのクラスの選手は、おそらく1人も対象にはならないはずだ。大田や藤浪のようなビッグネームでなくても、ファームでそこそこの成績を挙げている選手は、おそらく誰も名簿には掲載されないだろう。

球団の恣意ではなく、条件を満たせば対象に。

 メジャーの「ルール5ドラフト」は、翌年の戦力がある程度確定した12月に行われ、(1)ドラフトの対象はメジャー40人枠に入っていないこと(2)プロ入り年齢が19歳未満は5年、それ以上は4年が経過していること、この条件を満たすマイナー選手全員が対象となる。

 しかも指名した球団は、元の所属球団に移籍金を支払った上に、獲得した選手は翌シーズンの1年間は故障者リスト入りなどしない限り、原則的にはアクティブ・ロースターに登録しなければならない。

 球団の恣意ではなく、一定の条件を満たしたすべての選手がドラフトの対象となり、移籍先である程度の立場が保証されるのだ。

 だから力はありながら球団の事情でチャンスに恵まれなかった選手が、活躍の場を得られる可能性が出てくる訳である。

原監督は「3月に実施すべき」と提言。

 しかしNPBと選手会がやろうとしている「ブレークスルードラフト」では、制度そのものが、その可能性を非常に低く抑えたものとなってしまっているのだ。

 やるのであれば例えば、高卒はプロ入り5年、大卒はプロ入り3年以上で、直近の3年間の一軍登録日数の合計が50日未満の全選手を指名対象にする。球団が選別するのではなく、条件を満たせば自動的にドラフトの対象となる基準でなければならないだろう。

 また昨年、巨人・原辰徳監督が「戦力として考えるなら3月に実施すべき」と提言したが、これも的を射ている。

 3月の時点なら、前年の戦力整備の上で支配下登録されたチームの戦力といえる存在だ。この段階で獲得すれば、指名球団も一軍登録して、そのシーズンに本気で戦力として起用するために指名できるはずだ。

埋もれている選手を救済できる制度を。

 これくらいの思い切ったシステムでやらなければ、本当に埋もれている選手を掘り起こすような制度は、なかなか実現できないはずなのだ。

 もともと経営者サイドはこの制度にはあまり乗り気ではなかったと言われる。ただ選手会側からの強い要望で、「それなら」とこうした妥協的な案が出てきた訳だ。

 だとすれば選手会がこんな骨抜きの制度で満足すべきではないが、選手会サイドも「今年からやりたいという選手会の意見にNPBも応えてくれている」(森忠仁事務局長)とこの案でも前向きだ。

 最近はかつてのような存在感が薄らいでいることに危機感を抱いている事務局が、とにかく制度を作ることに躍起なので、見切り発車でもスタートするのではないかという声も関係者からは聞こえてくる。

 そんな思惑が絡み合った「ブレークスルードラフト」は、だから“妥協の産物”と言われてしまうのだ。

 果たして制度がスタートすることに意味があるのか。それとも本質的に選手を救済できる制度作りまで、年内スタートに拘らずに粘り強く交渉を続けていくべきなのか。

 1つだけ言えるのは、MLBの「ルール5ドラフト」のように、本当に埋もれている選手を救済できる制度でなければ、「ブレークスルードラフト」の意味もないということだけである。

文=鷲田康

photograph by KYODO