25人も入れば一杯になるミーティングルームのスクリーンに映し出されているのは、ヨーロッパの試合映像である。

 だがそれは、チャンピオンズリーグの一戦でも、欧州1部リーグの試合でもない。

 FAカップのアーセナル対リーズ――。

 しかも、フォーカスされていたのはロンドンの名門クラブではなく、イングランド2部リーグに属する後者だった。

 リーズの選手たちがものすごい迫力で相手選手に襲いかかり、容易にパスを繋がせない。苦しまぎれに蹴られたボールを回収し、瞬く間に相手ゴールへと押し寄せる。

 相手のカウンターになりそうな場面でも5〜6人が全速力で帰陣し、アーセナルの速攻を阻止してしまった。

 薄暗い室内で、霜田正浩監督が選手たちに熱っぽく語りかける。

「リーズはイングランドの2部だ。代表選手はひとりもいない。特別な選手もいない。それでも魂のこもったサッカーでプレミアに上がろうとしている。この迫力、このインテンシティ、この人数。この“リーズスピリッツ”を今年はうちが見せるんだ」

 1月23日の夜にタイ入りし、バンコクから車で1時間半のパッタナ・ゴルフクラブ&リゾートで2月9日まで行なわれたレノファ山口のプレシーズンキャンプ。そのトレーニング初日の夜に霜田監督が選手たちに見せたのが、リーズの映像だった。

マインドセットのミーティングも。

 2日目の夜には、「マインドセット」をテーマにしたミーティングが行なわれた。

 マインドセットとは、考え方の基本的な枠組みのこと。つまり、チームとしてどのような考え方を共有するか、という話だ。

 お手製のパワーポイントによって説明されたのは「Aマインド」「Bマインド」「Cマインド」という3つのマインドについて。

 Aマインドとは、自分がこうしたい、こうなりたいという個人の願望。野心や向上心もこれにあたり、プロサッカー選手として絶対に持っていなければならないものだ。

 その上に位置するBマインドは、自身の所属する組織のために何かしたいという想い。犠牲心やロイヤリティ、貢献したいという気持ちがここに含まれる。

 Cマインドは、国のために、人類のために、世界平和のために、といった、Bマインドよりもさらに広い視野が求められる。霜田監督が選手に問いかける。

「点を取りたい、J1に個人昇格したい、日本代表になりたいという気持ちは大事。特にストライカーはエゴを出していい。でも、自分のことしか考えてない選手が集まったチームは強くならない。

 すべてのアクションを全部、チームの勝利のためにフォーカスする。そういうチームは本当に強い。Cマインドとは言わない。チームのために戦えるBマインドを持った集団――これを今年の一番のストロングポイントにしよう」

「昇格から逆算してチーム作りを」

 リーズスピリッツやBマインドについて霜田監督がキャンプの最初に強調したのには、理由があった。

 霜田監督が山口の指揮を執ることになったのは2018年シーズンだった。

 就任1年目は、攻撃にフォーカスして快進撃を見せた。終盤に失速してしまったが、8位でフィニッシュ。前年が20位だったことを考えれば、大躍進だった。

 ところが、攻撃的なスタイルをさらに磨いてJ1昇格を狙った昨季は守備が崩壊し、15位に沈んでしまった。

「あれだけ失点数が多くなってしまったのは、選手だけのせいじゃない。守備の構築もしたかったんだけど、レノファの良さ、攻撃面の良さが消えるリスクもあって躊躇した。それは僕の甘さ。守備と攻撃のバランスを取ることは自分の引き出しにあるし、今年は昇格から逆算してチームを作りたい。勝負の3年目なので、いろんな引き出しを全部開けるつもりです」

 今季の目標はJ1昇格。理想は自動昇格のトップ2、最低でもプレーオフ進出の6位以内を狙っている。だが、チーム編成における難しさにも直面している。

 主力選手の引き抜き、である。

個人昇格と、今いる選手を伸ばす術。

 就任1年目の夏に小野瀬康介がガンバ大阪に引き抜かれ、そのオフにはオナイウ阿道が大分トリニータへと旅立った(現在は横浜F・マリノス)。2年目の夏には高木大輔までもがG大阪へと移籍した。

 さらに今オフ、期限付き移籍だった佐々木匠と宮代大聖がそれぞれベガルタ仙台、川崎フロンターレに復帰しただけでなく、菊池流帆(ヴィッセル神戸)、前貴之(横浜FM)、三幸秀稔(湘南ベルマーレ)がJ1クラブにステップアップしていったのだ。

「個人昇格は大歓迎。うちが評価されたっていうことだからね。ただ、本音を言えばチーム編成的には厳しいよ。特に、三幸や前は僕のサッカーを最も理解していた選手たちだから。それだけじゃなく、我慢して育てていた流帆、一人前になってきた(山下)敬大(ジェフ千葉)もいなくなった。だからこそ、今年はこれまで以上に、今いる選手たちをどうやって伸ばすか、伸びた選手たちをどうやってチームの力にするか、さらにチーム強化にプラスαをどう引き出すか考えているんです」

 昨季、J2で15位に終わり、予算も限られたチームがJ1昇格を狙うには、1人ひとりが頑張るだけでなく、集団のパワーを出さなければならない。1+1が3にも4にもなってチーム力を高めていくサッカー――。そのためのキーワードが「Bマインド」であり、「リーズスピリッツ」なのだ。

オフにセビージャの非公開練習を視察。

 一方、霜田監督は、自身のアップデートにも余念がない。

 クラブの公式行事が終了した昨年12月1日の夜に飛行機に飛び乗り、約1週間の旅に出かけた。

 訪れたのは、ドイツとスペイン。レバークーゼンとセビージャではクラブの内部を覗かせてもらい、最後に大迫勇也のブレーメンの試合を観戦して帰国した。

 レバークーゼンでは、かつてジェフ市原(千葉)に所属した監督のピーター・ボスと約3時間にわたってサッカー談議を繰り広げ、ボスと自身のサッカー観やフィロソフィが似ていることで自信を深めた。

 セビージャでは、スポーツダイレクターのモンチに連絡を取り、元スペイン代表監督のジュレン・ロペテギの非公開練習を3日間、じっくり視察させてもらった。

 このあたりの話は後日、改めて霜田監督のインタビューで明らかにするが、この欧州行脚の成果のひとつが、タイキャンプのミーティングルームに飾ってあった。

 山口のプレーモデルをまとめたボードである。

プレーモデルを1枚のボードに。

 ここには「攻撃」「守備」「守備から攻撃」「攻撃から守備」の際にチームとして大事にしなければならないことが、キーワードとともに整理されている。

「これを公にするのは控えてもらいたいんだけど(笑)、実はボスの監督室にも、スタッフルームにも、ロッカールームにも、ミーティングルームにも、プレーモデルを1枚のボードにまとめたものが飾ってあったの。いつでも、みんなの目に入るようにって。これはいいなと。これまでうちも言語化はしていたけれど、可視化はしていなかった。だから、さっそく真似して作ったというわけ(笑)」

 このエピソードに代表されるように、霜田監督は欧州最先端のスタンダードを貪欲に取り入れている。

「ヨーロッパのサッカーは毎日見てます。フィロソフィの部分でシンパシーを感じるチームは特に。リバプールとか、シティとか、レバークーゼンとか。自分を常にブラッシュアップさせて引き出しを増やさないと、指導はできないからね」

世界のスタンダードと同じラインに。

 理想は、世界のスタンダードと山口のスタンダードが――個々のレベル差は大きく開いていても――同じラインにあって、しっかり繋がっているということ。

「ヤン(高宇洋)や(川井)歩、(森)晃太や(田中)陸とか、これからっていう選手に、J2仕様のサッカーをやらせたり、外国人ストライカー頼みのサッカーをやらせても、誰も魅力を感じないし、成長できないからね。さっそく今も、レバークーゼンと俺らがやっていることは変わらないんだぞ、って選手たちには伝えています」

 戦術ボードには「ワイドレーン」「ハーフレーン」「センターレーン」からなる5つのレーンを描き、それぞれの立ち位置を意識させている。

「ハーフエンド」「ハーフポジション」といったチーム内言語で、共通の理解を深めてもいる。

5対5の攻防に込められたテーマ。

 こうした工夫は、練習メニューにも表れている。

 初日の24日のトレーニングのことだ。ピッチにはふたつのグリッドが描かれ、その間に3人のGKが立った。

 一方のグリッドで5対5の攻防が行なわれ、もう一方のグリッドでは攻撃2人、守備2人が待ち受ける。攻撃の5人はボールを奪われないようにパスを回し、反対のグリッドで待つ2人へ、縦パスを狙う。

 攻撃の2人にボールが渡ったら、守備の5人が反対側のグリッドまでダッシュし、7対2の状況を作って囲い込む――速攻を受けたらすぐに帰陣して奪い返す“リーズスピリッツ”を身体に染み込ませるのが、このトレーニングのテーマ。

 しかし、ここには裏テーマも隠されていた。霜田監督が説明する。

「5対5で失わないとか、いかに縦パスを通すかとか。逆に、縦パスを入れさせないとか。GKの練習にもなっている。この練習のテーマはこれだぞ、って説明するけれど、実は裏テーマにも取り組んでもらっているわけ」

 ルールがあまりに複雑で、トレーニング自体もスピーディだったから、ピッチレベルではよく分からなかった。スタンドに上がって俯瞰して見て、ようやく理解できた。

 さらに驚かされたのが、そのあとに用意されていたトレーニングだった――。

(有望株を続々と成長させる霜田メソッドとは? 後編に続く)

文=飯尾篤史

photograph by Norio Rokukawa