この冬の移籍で、最も注目を浴びた日本人は紛れもなく南野拓実だ。

 ザルツブルクで雌伏5年、現時点のイングランド・プレミアリーグだけでなく欧州のナンバーワンクラブであり、ナンバーワン監督の率いるあのリバプールに移籍を果たした。スタメン定着には多少時間も労力も要するだろうが、間違いなくここ数年で最も派手で話題性のある移籍だった。

 一方で、日本から4大リーグへの移籍が1件もないことに危機感を抱かなくてはいけない。日本選手への評価、Jリーグへの評価が一時期とは変わってきていることを如実に意味している。

 南野のキラキラとした希望に満ちた移籍とは対照的に、吉田麻也のプレミアサウサンプトンからイタリアセリエAサンプドリアへの移籍はいぶし銀の輝きを放つ。移籍期限最終日に、まさかのプレミア以外への移籍である。

「ぬるま湯につかりすぎたなって」

 自身にとってオランダ、イングランドに続く3つ目のリーグで、3つ目のクラブがセリエAになるとは想像「してなかったねー」と笑いこう続けた。

「まあでも、(イングランドとイタリアは)全く違うね。飛行機で2時間だけど、全く違うなって。長い間ぬるま湯につかりすぎたなって思います。良い環境にいて、だからなんでも準備してもらえて、やっぱりクラブが大きいから、サウサンプトンは。

 フェンロに初めて来た時、オランダに初めて入った時のような気持ちです。すごく、やってやろうという気持ちでいます」

 初めてベンチ入りしたトリノ戦後に、吉田はそう話した。周囲の選手と片言のイタリア語で軽口を叩きながら、楽しそうだった。

 吉田は今シーズンに入って、サウサンプトンではほとんど出場機会がなかった。それでもこれまでであればシーズン終盤に向かって出場機会を得ていく流れがあった。なので残留が濃厚だという見方をされていたが、今回は移籍を選択した。

 一説にはサンプドリアとサウサンプトンのクラブ間で別の選手を移籍させることが決まっていたが本人の意思に沿っておらず、吉田にお鉢が回ってきたとも言われている。だとしても、選択したのは自分だ。

サウサンプトンの居心地はよかったが。

「(トリノ戦を取材している日本人ジャーナリストの)みなさんもそうだろうし、イングランドのメディアも、サウサンプトンの選手やスタッフでさえも行くとは思ってなかったと思うんですけど、ここ数年自分自身が守りに入ってるのではないかっていう自問自答をずっとしてきたので。やっぱりチャレンジしなきゃいけないなっていう思いにかられましたね」

 吉田は2012年ロンドン五輪での活躍をきっかけにサウサンプトン移籍を勝ち取り、プレミアリーグで7年半プレー、イギリスの永住権も手にした。

 筆者が何度か現地取材した際に感じたのは、生活を含めてイングランドでのプレーに満足しており、引退後もここに残るのではないだろうかということだった。それくらい、吉田とサウサンプトンはしっくりきていた。

ベンチで世代交代を見届けるよりも。

 だが31歳、日本代表主将は敢えて次のチャレンジを選択した。サンプドリアには元サウサンプトンの選手がチームメイトにいることも後押しとなった。

「ラニエリ監督が僕のこと、プレミアのことを知っていて(過去にチェルシー、レスター、フラムを指揮)、言葉がしゃべれるということもありました。

 また、(マノロ)ガッビアディーニだったり、ガストン・ラミレスだったり知っている選手がいるというのも大きかったですね。もちろん行く前にマノロに電話したし。アドバイスとしては『(プレミアとセリエは)全然違うよ』ということでした。良いとも悪いとも言わなかったですけど」

 そして、強いトーンで秘めた決意を口にした。

「あと4カ月間サウサンプトンのベンチに座って世代交代を見届けるよりも、自分のキャリアで自分が主役になってやりたいって気持ちが強かった。ただそれだけです」

 だからこそ、自ら挑戦を選択したのである。

イングランドで自分を証明したように。

 吉田には、欧州3カ国目の今だからこそ感じることがある。

「冨安(健洋)とは話しましたけどやっぱりまだセリエAで日本人の評価は高くないと思うので、イングランドでやってきたのと同じように、自分自身を証明したいです。日本を背負って、日本人としてやれるところを証明しないといけないなと。

 まあそれは僕だけじゃなくて、みなさんもそうだろうし、海外で働いている人はみんな『日本人は』って見られるから。そこは理解してます」

 海外に長くいればいるほど、自分のルーツへの意識は強くなることが多い。吉田も、サッカーの日本代表であるだけでなく、日本社会の代表であると感じることが多いのだろう。

 経験が豊富だからこその感受性で、吉田がイタリアで何を感じ自分のものとするのか。いぶし銀のチャレンジが、今始まった。

文=了戒美子

photograph by ZUMA Press/AFLO