閑古鳥が鳴く。冗談ではなく、目視で数えられるのではないかと思うほど、観客の数が少なかった時代はそう遠くない。同じVリーグ男子、わずか数年、一度高まった熱で、こうも違うのか。

 レギュラーラウンド最終節を控えた2月8日。ジップアリーナ岡山はスタンド席には立ち見が出るほどの大盛況だった。地元・広島にほど近い岡山で、初のホームゲーム開催となったJTサンダーズ広島もさることながら、おそらく、開門前からよりよい席を求めて行列をつくっていた人たちの、お目当てはこの日の2試合目。レギュラーラウンド1位を争うパナソニックパンサーズと、ジェイテクトSTINGSの一戦だった。

 昨秋のワールドカップで一躍スターダムにのし上がったジェイテクトのエース西田有志と、2007年のワールドカップから日本代表として活躍、'18年には選手生命を脅かす大けがから奇跡のカムバックを果たし、昨年日本代表にも復帰したパナソニックのエース清水邦広。

 日本が誇るサウスポーエースが相まみえる。しかも、勝てばレギュラーラウンド1位、つまり決勝進出が大きく近づく大事な一戦なのだから、期待も高まり、客席も埋まらぬはずはない。

 バレーボールは個人スポーツではないのだから、1人のエース、ヒーローがいるから勝てる、というほど甘くはない。とはいえ人気商売でもある以上、個人に注目も集まる。

 終盤の大一番、勝利を引き寄せるのは西田か、清水か。

 試合を動かしたのは、どちらでもない。目立たずとも、完璧なまでに責務を果たす仕事人。ミドルブロッカーの白澤健児だった。

「一番見るべき選手は白澤さん」

 Vリーグでプレーする、多くの選手にたずねることがある。

 対戦して、最も嫌な選手は誰か。そして、その理由は。

 もちろん人の数だけ答えがあり、名指しされる選手は違う。だが、おそらく最も多くの選手が「嫌」と名を挙げたのが白澤だ。

 今季、通算230試合出場を達成し、Vリーグ栄誉賞を受賞したウルフドッグス名古屋の近裕崇に至っては、こう断言した。

「ブロックに関して、いい選手、うまい選手はたくさんいます。でも一番見るべき選手は白澤さん。とにかくムダがないし、でも大事なところは絶対逃さない。パナソニックが強いのは、白澤さんがいるからです」

エリートとは程遠い経歴。

 身長や最高到達点、さらには出身大学。プロフィールだけを見れば、白澤自らも「自分は例外」と言うように、いわゆるエリートとは程遠い。事実、関東一部リーグ出身者が多数を占めるパナソニックで、福岡大出身の白澤は'07年の入部直後から戸惑うことしかなかった、と振り返る。

「そもそもローテーションすらよくわかっていなかったんです。『S6』と言われても、その時ミドルがどこにいて、リベロがどこにいる、という基本自体よくわからない。そんな状態で周りは全員代表選手で、今までテレビで見て来た人たちといきなり一緒にプレーする。高さも速さも全然違うし、自分だけ何もできない。とにかく全部、上がったボールはブロックで追いかけよう、追わなきゃ、と必死でした」

 先輩には当時の日本代表で主軸を担った宇佐美大輔や山本隆弘、1年下にはリベロの永野健がいて、2つ下の代は清水と福澤達哉。日本代表選手がズラリと揃うチームの中、白澤は1年目からミドルブロッカーのレギュラーに定着し、試合出場を重ねてきた。それだけでも十分、胸を張れる要素ではあるのだが、当時から常に思い続けたことは1つ。

「こんなにメンバーが揃っている中で、負けたら俺のせいや、と。それは、今も変わらないです」

セッター深津も唸る「観察力」。

 自己評価は常に厳しい。だが、周囲の評価はそれを遥かに上回るほど高い。なぜか。

 その理由を同じパナソニックのセッター、深津英臣はこう見る。

「とにかく観察力がすごい。たとえばチーム内でA・B戦をやっていても、長年やっているからというだけでなく、白澤さんは僕のクセを全部把握して動くんです。試合中もあえて、あるコースを空けておいて終盤で締めたり、いろんな駆け引きをしながら勝負所での外国人選手や相手のクイック、この1点が左右するという大事なところは絶対止める。味方だとこれほど頼れる存在はいないけれど、敵だったらめちゃくちゃ嫌です」

西田のスパイクをブロック。

 ジェイテクトとの首位攻防戦もまさにそうだった。

 1レグはパナソニックがストレート勝ちを収めたが、2レグはジェイテクトがストレートで快勝。最大の武器であるサーブが効果を発したことに加え、バランス良く攻撃されたことも敗因ではあるが、何より、西田を止めることができなかった。

 反省を糧にレギュラーラウンド最後の対戦となった8日の3レグは、敗れた試合で何が悪かったかを徹底して見直した。その結果が最も顕著に現れたのが第2セットだ。

 15−15と同点で迎えた終盤、セッターがサーブを打った後のS1ローテ、本来のライト側ではなくレフト側から打つ西田のスパイクはサイドラインを割り、パナソニックが1点をリード。テクニカルタイムアウトを挟み、再びレフトから放った西田のスパイクを今度は白澤がブロックし17−15。

 多くのチームが不得手とするS1ローテではあるが、レフト側から攻撃を仕掛ける西田の前でブロックするのはセッターの深津で、相手セッターのセオリーからすれば決して誤った選択ではない。だが、そんな状況こそ、データだけでなく経験から培った熟練の「読み」も活きる。両者の間を行き来していた流れが、白澤のブロックで一気にパナソニックへ傾き、試合は3−0でパナソニックがストレート勝ちを収めた。

観察して、共有して、駆け引きを繰り返す。

 試合後、「流れを変えるのがオポジットの役目なのに、それができない自分の未熟さが出た」と悔しさを露わにした西田に対し、白澤は「あまり調子がよさそうではなかったので、前回決められたボールも止められた」と冷静に振り返る。

 だが、もちろんそれだけではない。敗れた試合を何度も見返し、綿密に立てた戦略と試合の中で求められる瞬時の判断力。それこそが、35歳の今もなお「この人がいるから強い」と言われる理由でもある。白澤はこう言う。

「若い頃は上がったボールに全部ついて行こうとしていたけれど、全部が全部止められるわけではありません。この状況は100%レフトだ、と思って実際レフトに上がっても相手が上回って、止められないこともあります。個人対個人では僕なんか、絶対かなわないですから。その時々、相手のコートで何が起きているかを観察して、それを味方に共有して、ちっちゃい駆け引きを繰り返す。そういうのがバレーボールの面白さだと思うんです」

「バレーが好きなんでしょうね」

 自分を極めるよりもそろそろ後輩を育てることに目を向けたほうがいいのではないか。そう思ったこともあるし、実際に現役から退く意志をチームに伝えたこともある。だが、それでもやはり立ち返る。

「先のことを考えると、いつまでできるんやろ、と不安に思うこともあります。でも毎年、やると決めた以上はやり抜く責任があるし、どれだけしんどくても中途半端にできない。何より、負けるのは悔しいけれど、負けた相手とまた対戦できるのはすごく楽しいんです。今、この年齢になってもそう思うから、やっぱり、バレーが好きなんでしょうね」

 ブロックだけ見れば十分、勝利の立役者と呼ぶにふさわしかったジェイテクト戦の後、「あまり目立たないけれどチームの軸」と白澤を称えた清水が笑いながら言った。

「サーブやブロックでブレイクを取ってくれるけれど、『ネットインサーブもあるから気をつけろ』と言われていたカジースキのサーブが取れなかったり、凡ミスもする。ああいう1本をちゃんと取ってくれたら、もっとチームの中の信頼度も上がると思います」

「ええって」と制しながら、清水の隣で楽しそうに白澤も笑う。

 相手をねじ伏せるブロックか、はたまた来るとわかっていたイージーボールを落とす姿か。愛すべき仕事人は、来るファイナルの舞台でどんなプレーを見せるのか。

 ただ、間違いなく言えるのは、たとえ目立たなくても、勝利を左右する大事な1本にはきっと、白澤が絡む。決して派手でなくとも、必ず。そして思うはずだ。やっぱりバレーボールは面白い、と。

文=田中夕子

photograph by V.LEAGUE