2018年の春の甲子園に出場した静岡高校の梅林浩大が今春、東京大学理科一塁、もとい理科一類に合格した。一浪こそしたが甲子園と東大、高校生の「究極の目標」を共に達成したわけだ。「文武両道これに極まれり」という感じだろう。

 甲子園球児で東大に合格したのは、2005年高松高校で選抜に出場し、二浪して文科三類に入学した中村信博(現NHKアナウンサー)以来だ。

 私は仕事で何度か東京大学に行ったことがある。初めて行ったときは、私大辛うじて卒の私にはアウェー感が半端なかった。入口に「偏差値カウンター」みたいなものがあって、私が通ったらピピッと鳴ったりしないかと思った。そういうコンプレックスは多かれ少なかれ持っている人が多いと思う。

甲子園、東大に行くという超人性。

 甲子園は全国4000校からわずか49校(春は32校)しか選ばれない。ベンチ入りする選手は各校18人だから夏は882人、春は576人。全国の高校球児は約14万人。全体のうちで経験できるのは0.4〜0.6%という狭き門だ。

 一方、東京大学の合格者は毎年3000人余、18歳人口は118万人だからこちらも0.3%という狭き門だ。

 そして甲子園に行く努力と、東大に行く努力は、方向性が全く違う。「精神力」とか「地頭の良さ」などの資質は共通するかもしれないが、3年間と言う限られた時間で、全く違う種類の努力を同時にしなければならない。日本的な常識で言えば「超人的」ということになる。

 2019年夏の甲子園に出場した49校について、2019年度の東大合格実績を調べた。東大合格者数は公式ではなく、受験関係サイトなどから独自に調べたものだ。浪人含む。2019年に東大合格者を出した学校は49校中6校だった。

1.智弁和歌山(和歌山◎)10人
2.静岡(静岡◇)7人
3.国学院久我山(東京◎)4人
4.作新学院(栃木◎)1人
4.米子東(鳥取◇)1人
4.宇和島東(愛媛◇)1人
※◎は私立、◇は県立

最近の私学は「文武別道」が多い。

 智弁和歌山は京都大学にも6人合格している。しかし「そうか、智弁和歌山は文武両道か」と思う人はそんなにいないだろう。

 最近の私学は、スポーツ、特進などコース別で生徒を取っている。コースが違えば入学試験は別だし、カリキュラムも授業内容も、時間割も違っている。同じ敷地に別の高校が存在する様なものだ。「僕は東大、君は甲子園」。これを「文武併道」または「文武別道」という。

 公立高校の多くは、入学試験は同一だ。それでも入学後は大学進学を目指す生徒と野球で頑張る生徒の学校生活は大きく異なることが多い。

東大野球部の出身高校を調べると。

 では、東大硬式野球部の選手の出身高校はどうなっているのか? 東京六大学の公式サイトに出ている2019年秋時点での東大野球部の選手95人の出身高で、それぞれの甲子園出場回数を調べた。年はその高校が最後に甲子園に出場した年(甲子園創設前の全国大会への出場を含む)。

50回
早稲田実(東京)春21夏29 2017年

42回
静岡(静岡)春17夏25 2019年

21回
小倉(福岡)春11夏10 1978年

12回
甲陽学院(兵庫)春8夏4 1938年
桐蔭学園(神奈川)春6夏6 2019年

6回
国学院久我山(東京)春3夏3 2019年
県立千葉(千葉)春0夏6 1953年

4回
長崎西(長崎)春1夏3 1981年
浅野(神奈川)春1夏3 1948年
県長野(長野)春2夏2 1985年
金沢泉丘(石川)春0夏4 1963年

3回
仙台二(宮城)春0夏3 1956年
湘南(神奈川)春2夏1 1954年
四日市(三重)春1夏2 1967年
札幌南(北海道)春0夏3 2000年
佼成学園(東京)春2夏1 1974年
時習館(愛知)春2夏1 1953年

2回
県立川越(埼玉)春1夏11959年

1回
明和(愛知)春0夏1 1921年
豊田西(愛知)春1夏0 1998年
土浦一(茨城)春0夏1 1957年
鶴丸(鹿児島)春1夏0 1925年
筑波大附(東京)春0夏1 1946年
松本深志(長野)春0夏1 1947年
刈谷(愛知)春1夏0 1978年
岡山朝日(岡山)春0夏1 1921年

 95人の出身高校は60校である。このうち、甲子園に出場した実績がある高校は上記の26校である。結構多いと思うかもしれないが、21世紀になって甲子園に出場したのは早稲田実(東京)、静岡(静岡)、桐蔭学園(神奈川)、國學院久我山(東京)の4校だけ。あとは、20年以上前になる。

当初の甲子園はエリート学生の大会。

 一方で東大野球部選手の出身校の中には、聖光学院(神奈川)、栄光学園(神奈川)、広島学院(広島)、久留米大附設(福岡)のように軟式野球部しかない高校もある。

 もともと日本野球はアメリカのお雇い外国人ホーレス・ウィルソンが第一大学区第一番中学の生徒に手ほどきをしたのが始まりとされる。第一番中学はのちの第一高等学校、東京大学である。

 日本野球は最高学府の生徒から広まった。だから明治中期まで日本最強の野球チームは第一高等学校だった。その後、早稲田、慶應などが強豪に名乗りを上げ、こうした名門大学の卒業生が全国に野球を広めた。

 1915年に夏の甲子園の前身である全国中等学校優勝野球大会が始まった。中等学校は今の高校に相当するが、進学率が低い戦前は、地域のエリートが進む学校だった。つまり当初の甲子園大会はエリート学生の大会だったのだ。今の東大野球部選手の出身校で、古い甲子園実績がある高校は、おおむね当時の名門中等学校の流れを汲んでいる。

 しかし甲子園人気が高まるとともに、実業学校など新興学校が台頭し、地域の名門校はしだいに甲子園から遠ざかっていったのだ。

 日本野球はエリートが嗜むスポーツとして始まったから、もとは「文武両道」が当たり前だったが、野球人気の高まりとともに「文」と「武」二つの道が大きく分かれていったといえよう。

東大→日本ハム宮台より高学歴は……。

 ただ、これは日本野球特有の状況であるかもしれない。

 今のNPBで、最高の学歴を有する現役選手は誰か。それを考えてみるだけでも気づかされることがある。

 日本ハムの宮台康平(東大法学部卒)か? そうではない。世界大学ランキングで言えば、昨年まで楽天所属、今季から千葉ロッテ所属となったフランク・ハーマンなのだ。ハーマンは、ハーバード大学経済学部の学位を有している。

 世界大学ランキングではハーバード大は第7位、東大は36位だ。

 ハーバード大となれば究極の「文武両道」と思うかもしれないが、アメリカでは全く珍しくない。

松井の元同僚ムッシーナも名門大卒。

 データサイト「Baseball Reference」によれば、ハーバード大出身のメジャーリーガーは過去に33人、世界大学ランキング4位のスタンフォード大学からは102人いる。

 なお同大出身で松井秀喜の同僚でヤンキースのエースだったマイク・ムッシーナは270勝を挙げ、昨年野球殿堂入りした。6位のプリンストン大学からは31人、8位のイェール大学からは30人もいる。

 つまりアメリカでは、超一流大学を経てメジャーの舞台で活躍する選手は珍しくもないのだ。

 まだ10代の内から「君は野球、君は勉強」と決め打ちをする日本のやり方は正しいのかどうか。志を持てば、いつからでもどんなレベルからでも、トップを目指すことができる。そんな環境の方が健全な気がする。

東大の元監督が言っていたこと。

「野球をやると頭がよくなって、勉強ができるようになるんです」

 一昨年7月、東大球場で開かれた野球の普及活動イベント「東大球場スポーツデー」で、東京大学硬式野球部の浜田一志監督(当時)は、多くのお父さん、お母さんを前に、にこやかにこう言った。

 浜田監督のこの言葉は「文武両道」で始まった日本野球の原点を感じさせる。

 そうなのだ。「野球ができること」と「勉強ができること」は、決して相反する目標ではないのだ。

 新型コロナ禍で現在の日本は重苦しいが、どっちも楽々とこなすような本当のエリートがどんどん出てくれば、日本の将来は明るいのではないか。

文=広尾晃

photograph by Kyodo News