プロ入りから10年を過ごした横浜を離れ、移籍先に選んだのはタンパベイ・レイズだった。幼い頃からの夢の舞台に満を持して乗り込む、日本を代表するスラッガーに心境を聞いた。現在発売中のNumber999号では<ベイスターズをのぞいてみよう!>特集を掲載しています。そこで、昨季まで横浜の主砲だった筒香嘉智にインタビューした996号(2020年1月30日発売)の記事を全文掲載します!

 大阪・難波駅から南海高野線の急行に乗って1時間弱。和歌山県北部を流れる紀ノ川沿いの山間に、筒香嘉智の生まれた橋本市はある。

 ここで筒香はガソリンスタンドを営む父・和年さんに勧められ、小学校2年生から少年野球チームに入って本格的に野球を始めた。学校から帰ると練習に明け暮れた毎日の楽しみは、夕食後にビデオに収録したメジャーリーグの試合を観ることだった。

「とにかく凄いホームランを打つ選手が好きで、日本のプロ野球では巨人時代の松井秀喜さんの試合をよく観ていました。ただ、サンフランシスコ・ジャイアンツ時代のバリー・ボンズを観て、一発でファンになってしまいました。それからはボンズの試合があるとそっちを観ることが多くなっていきました」

 メジャーリーグの試合は小学生の筒香が学校に行っている午前中に中継されていたので、兄の裕史さんに頼んでビデオに録ってもらった。学校から帰ると野球の練習をして、夕食後にテレビの前に陣取りビデオを観るのが日課だった。

「ボンズのホームランの映像は、本当にビデオが擦り切れるほど何度も、何度も観ていました」

 学校の教室の壁に将来の目標を張り出したときに「バリー・ボンズになる」と書いたのもこの頃のことである。

条件面で上回るチームもあったというが。

 それから20年の月日が流れ、夢はいま現実のものとなった。

「嬉しい。的確な表現がわからないけど、ただホッとしているという感覚はないです」

 タンパベイ・レイズと正式契約を交わし、昨年12月17日(日本時間同18日)に本拠地トロピカーナ・フィールドで会見を行なった筒香は、ようやくメジャーの門を叩くところまでたどり着いた心境をこう語った。

 2年契約で年俸総額は1200万ドル(約13億2000万円)。背番号は横浜時代と同じ25番。現地報道では条件面ではレイズを上回るチームもあったと伝えられるが、それでも筒香はなぜレイズを選び、このチームでどんなプレーを目指そうとしているのだろうか――。

不安っていうのは結果が解決する。

――ようやく夢だったメジャーへの道が開けました。ワクワクしていますか?

「渡米する準備で自主トレをして、野球やっている間はワクワクしていますけど、夜になると不安になるんです(笑)」

――あれだけ待ち望んで準備をしてきたメジャーへの道が開けた訳ですけど、それでも不安はある?

「野球選手は不安でないときなんてないと思います。不安が消えるときって、試合でいい数字、結果を残したときぐらいです。そこから5分で反省に入る選手もいるし、そのまま翌日の朝まで嬉しく思っている選手もいる。でも次の日の朝がきたら確実に、今日はどうなるんだろうと不安になるものです。

 不安っていうのは結果がすべて解決するもので、不安がなくなるということはない。僕はまだメジャーで1秒もプレーしていない。だから何も結果がない状態なので、不安が大きくなるときもあるし、ワクワクしてエネルギーが勝っているときもある。それは日によって変化していますね」

ひとつひとつの発言が軽くなかった。

――入団交渉で渡米して、現地ではショーケース(見本市)で練習を公開しましたが、どんな雰囲気の中で行われたのですか?

「ロサンゼルス郊外の(ノーラン・)アレナド(内野手、コロラド・ロッキーズ)の使っている練習場を借りて午前と午後に2球団を相手にやりました。レイズはエリック・ニアンダーGMにケビン・キャッシュ監督や打撃コーチ、守備コーチにトレーニングコーチなども来てくれて、人数的にも一番、多かった。その前でバッティングとフィールディングをやりました」

――いわゆる入団テストみたいな感じ?

「そうですね。僕の野球人生ではなかった経験で『これで決まるかもしれない』って思うと、ちょっとナーバスにはなりました。ただ、その反面、自分でも不思議なくらいに冷静で、緊張するとか、ちょっと鼓動が早くなるとか、足が重たくなるとか、そういうのはまったくなかったですね。なんでやろ……自分でも理由は分からないんですけど、それはなかったですね」

――そのとき視察に来たもう1球団も獲得に積極的で、条件面ではそちらが上回っていたという現地報道もあります。それでもレイズを選んだ理由は?

「一番はGM、監督、周りのスタッフの方と2、3回会って、話したときの熱ですね。ただ熱く話すだけじゃなくて、ひとつひとつの発言が軽くなかった。例えば僕を欲しいと言ってくれる理由で『サード、ファースト、色んなところを回ってくれる選手が欲しい。ケガの多い選手もいるし、投手の左右で代わる選手もいるから、そこをカバーしてあげて欲しい』と。チーム状況とか含めて、なぜ必要なのかということをきちっと説明してくれたことが大きかったです」

何か金銭的な感覚は消えました。

――条件面はどうだったんですか?

「もちろんお金の提示はあるし、自分でも最初はどれくらいの評価なんかな、と。でもレイズと話していたときに、自分の中でお金の感覚が消えました。最終的に入団の可能性があったのは練習を観に来たもう1球団と、さらにもう1つの計3球団あって、他の球団とは金額的に結構な開きがありました。でもレイズと2回目に会って話をしたときに、何か金銭的な感覚は消えました。それくらいに感じるものがあったんです」

――キャッシュ監督の印象は?

「監督は話をしていても非常にスマートで賢い、頭がいいなあ、と。まず頭が良さそうなコメントをするし。僕と話をしたときには自分の意見を言うだけじゃなくて、僕も含めて周りへ目配りをしながら話してくる感じです。だからチームでも選手をうまく使って動かしてくれそうな印象でした」

違う野球観というものを感じて。

――レイズというチームについては?

「守備シフトもそうですが、オープナーをやったり、年俸の低い経験の少ない若い選手が多いのを、そういうアイデアでカバーしているイメージがある。楽しみですね。また違う野球観に巡り合えるんじゃないか、と。一応、アメリカに行く時点でそういう期待はあるんですけど、それ以上にさらにもう一つ、違う野球観というか、そういうのを感じられるかなと思っています」

――ア・リーグの東地区はヤンキースやレッドソックスもいる激戦区です。その中でレイズもブレーク・スネルやタイラー・グラスノウなど若くて生きのいい投手を揃えて、昨シーズンも96勝を挙げ2位と、優勝の可能性も秘めている。

「ピッチャーはいいですよね。でもやっぱり点が取れない、とGMは言っていました」

――そのための補強。筒香さんが決まった後にもカージナルスからホセ・マルチネス外野手を獲得するなど野手の競争も激しそうです。その中でチームサイトでは筒香選手のポジションが三塁手になっていて、登録も内野手になると聞きましたが……。

「先ほども言いましたがチームからはサードとファーストを守れる選手が欲しいと言われて、練習を観に来たときも内野のノックしか受けませんでした。ですから去年、ベイスターズで三塁を守らせてもらったことには感謝しています。でも外野だけではなく三塁も一塁もというのは、メジャーでは当たり前なので、自分は自分のできることをするしかない。

 ベイスターズのときはまずチームのことを考えていましたが、今年は個人というところをしっかり向きながら、その中でチームに何ができるかと考えたらいいのかなと思っています」

「もしやり過ぎたら止めてくれ」

――まずはキャンプでどういう結果を残せるか。どういう評価を得られるかですね。

「いま思っているのは、とにかく自分のペースでやるということ。僕は日本でもオープン戦の試合が始まっても、最初の頃は絶対に打てないんで……。打てなくても、慌てないようにとだけは常に思っています。打てないとメディアの人を含めて、周りからはいろんなことを言われると思います。でも最後に打てば何も言わなくなるだろうし、とにかくそこに左右されないというか、自分のイメージは崩さずに行きます。

――マイペースを崩さないことが大切?

「自分が思っている以上に多分、ゆっくりした方がいいと思っています。だからサポートしてくれる人たちには、『もしやり過ぎたら止めてくれ』って言ってあるんです。すぐに結果が欲しくなるのは当然ですけど、そこでオーバーワークにならないこと。シーズンは長いですし、日程もしんどい。まずはキャンプからオーバーワークにならないことだけは気をつけます」

――バッティングについては、それこそメジャーを想定して、例えばポイントを近づけて逆方向に強い打球を打てるようにとか、時間をかけて準備してきたように思います。

「去年のシーズンでいえば、このオフに悩みたくないというのがありました。まだ(自分の打撃で答えを)探している状態にはなりたくなかった。だからわざとネガティブに考えるようにして過ごしました」

あえてネガティブに観察した理由。

――ネガティブに?

「自分では結構『何とかなるやろ! そんなの行ったれ!』って、いい意味での勢いの感覚があるんです。ノリではなく勢いですね。そういう勢いのあるときって風邪もひかないし、痛みも感じなかったりするけど、必ずそうなる理由がある。それで自分の中ではそういう勢いの作り方みたいなものが、分かってきた感じはあったんです。でも、実はまだまだ本当のものではなかった。

 本当の勢いがあるときって、裏腹にめちゃめちゃ繊細になっているはずなんです。『行ったれ』って感覚の中でも、一歩引いて、冷静に自分を観ているはずなんですけど、まだ僕にはそれがないときがある。だから去年はいいときほど見落としをしないために、あえて自分をネガティブに冷静に観察していきました」

――あえて悪いところを探す感じ?

「いいとこはほとんど見てないですね、去年は。打ってもここがあかんな、投げてもここがあかんな、と」

――具体的には?

「バッティングで僕はテークバックしている一瞬に、自分の間を探りながら行くんですね。『インパクトでちょっと間を作ってあげたら、これが三遊間に行くのか?』、それとも『このまま打ちに行ったら、いい当たりだけどショートゴロになるのか?』とか。その一瞬を、練習からすごく大事にしている。

 だから試合でもこのまま打ちに行ったらショートゴロになるって分かっていても、あえて打ちに行くこともある。それでその通りになると、『そりゃそうだよな』とか確認することもありました。逆に左中間にイメージ通りの強い打球が行っても納得するのではなく、あえて『いまのは体が反応しただけで自分の意図でやっているわけではない』とネガティブに探っていました。自分の精度を上げるために、去年はずっとそういうことをやった感じですね」

――それもメジャーに行くことを考えながらやっていた?

「すべてがという訳ではないですけど、行く時点で迷っていたくなかった。それだけです。メジャーに行っても、絶対に探さなければならないものがあって、苦労してもここを変えなきゃいけないとか、こういう感覚がいるなとか、そういう問題が絶対に出てくると思うんです。だからいま解決できることはやり終えて行きたかった。

 アメリカで出てくる問題はOKだけど、こっちで解決しないまま、迷ったままで、また向こうで問題が起きるというのが嫌だったんです。だから自分が見落としていることがないかと、常にネガティブに自分を観察し続けてきたということですね」

DeNAでいい成績を残したかったが。

――準備できることは、すべて準備できましたか?

「本当は去年、ベイスターズでいい成績を残して行きたかったです。でもまだムリでした。終わってないことがあった。そうやってネガティブになった瞬間に、いろんなものが出てきた感じですね。それを見過ごしてやっていたら、問題に気づきもせずにアメリカでまた同じテーマで苦しまなければならなかったと思います」

――そこはクリアした状態で渡米できる?

「今はスッキリしています」

――2016年に44本塁打して、その後は本塁打数が減っていることを気にする声もあります。そこは数字ではなく、課題を潰してきた結果という意識ですか?

「数字で評価される世界で、数字が出てないのは事実です。ただ、僕がやっていることは、周囲からは絶対に分からないのだろうなとも思います。もちろん結果を出したかったけど、バットマンとしてより高みを目指すために、やらなければならないことをやっていた結果でした」

――意地悪な言い方をすれば、メジャーでもテーマを潰している間に終わってしまう危険性はないですか?

「メジャーに行くのは、自分のバッティングを探しに行くわけでもないし、勝負して数字を出してチームに貢献するために行く。自分の中ではすごくシンプルだと思います」

バット1本だけあれば野球はできる。

――日本では過程が大事だったが、メジャーでは結果を残すことが目標になる?

「だから、バッティングだけでいえば、これからは『その場しのぎ』もあると思います。いままではその場しのぎは我慢してやらずにきましたけど、これからはその場しのぎでも、結果を出さなければならない。そのためにこれまで引き出しを増やしてきたわけだから、それがやっと使える時がきたというイメージですね」

――チームの勝利にどれだけ貢献できるか、という目標は一緒だけれど、これからは日本にいるときとは違った打席へのアプローチになっていくということですね?

「そうですね」

――ボンズのホームランを観て子供の頃からメジャーに憧れ、ずっとメジャーで勝負したい、そのためには何が必要か、とプロに入ってからも模索してきました。その勝負の舞台の入り口に立った。最後にいまの正直な心境を教えてください。

「イメージで言えば、もうバット1本だけ持って勝負しに行くぞ、という感覚です。なんか色々と整えて行くというより、バット1本だけあれば野球はできる。それで勝負しに行くぞ! そんな心境です」

(Number996号『[メジャー挑戦を語る]筒香嘉智「勝負する準備はできた」』より)

文=鷲田康

photograph by Hirofumi Kamaya