ドラフト1位でホークスに入団して6年目を迎えた松本裕樹が、3月14日に行われたオープン戦の広島戦(PayPayドーム)で152キロの快速球を投げ込んだ。

「出てました? じゃあ、自己最速を更新ですね」

 初回、3番の堂林翔太に投じた6球目がそれだった。

「自分ではどの球が152キロだったのか気づきませんでした。自分としては今日のストレートが良くなかった。だけど思っていたよりもスピードが出ていましたね」

 この日は3回で70球を費やして走者も再三背負う苦しい投球だったが、結果的にはソロ本塁打の1失点で切り抜けた。力強い直球で押し切ったのだ。

 正直、こんな松本をプロに入ってから見るのは初めてだった。

「昔の姿とは全然違うからね……」

 イメージで言えば、相手打者の打ち気をかわす投球術に長けていて、それを実践するコントロールの持ち主。

 よく言えば、上手い投手。ただ、先輩投手からは「おじさんピッチング」と揶揄されることもあった。いわゆる若さでどんどん押すタイプではなかった。

 昨年までの一軍通算成績は29試合に登板して4勝7敗、防御率4.29。昨シーズンは7試合1勝1敗、防御率4.01だった。

 正直、物足りなかった。

「昔の姿とは全然違うからね……」

 プロ入り前を知るスカウトたちが複雑な表情を浮かべるのを幾度となく見た。

 松本はもともと規格外のポテンシャルを秘めた選手だ。盛岡大附属高の3年生春にはストレートの最速を150キロに乗せた。さらに多彩な変化球を操ることも当時から評判だった。

大谷翔平を見て、二刀流はあきらめた。

 加えて、野球センスの高さをとにかく評価されていた。投げてもすごいが、打っても大活躍だった。高校通算54本塁打をマークしている。

 岩手といえば、2学年上には花巻東高の大谷翔平がいた。二刀流の先駆者が誕生したことで、松本にも同様の期待がかかった。なかには「今でも打者として通用する力を持っている」と評する者さえいる。しかし、松本の気持ちには周囲の評価に比べればずいぶんと温度差がある。何を隠そう、松本に二刀流を諦めさせたのは大谷だった。

 高校1年の春だった。春季東北大会の準々決勝で花巻東と激突した際に、松本は背番号11ながら先発を任されて大谷と対戦していた。その試合の5回だった。投じた渾身の1球は、大谷のフルスイングの餌食となった。遥か頭上を越えた白球は青森市営球場のバックスクリーンにもの凄い衝撃音とともに直撃したのだった。

「本当にもの凄い打球でした。やっぱり特別です。ああいう人が二刀流をやれるんです。僕のバッティングなんて全然大したことない。もしかしたらソコソコは出来るかもしれないけど、結局ソコソコでしかないですから」

最後の夏に痛めた右ひじ。

 投手・松本は高校屈指の右腕として全国に名を轟かせた。この年の高校ナンバーワンとして呼び声高かったのは安樂智大(済美高→楽天)、即戦力トップは有原航平(早稲田大→日本ハム)と同じ右腕が高評価を集めたが、じつはホークスはかなり早い段階から松本1位指名を決めていた。

 一方で他球団は1位で指名しなかった。松本は最後の夏の県大会でも快速球を連発して甲子園行きを果たしたが、その途中で右ひじを痛めてしまった。

 いざ乗り込んだ甲子園では剛腕には程遠い姿だった。カーブやスライダー、チェンジアップを駆使。それでも当時優勝候補筆頭だった東海大相模高に対して完投勝利したのだ。ホークスはそのセンスにも惚れ込んだが、やはり故障を嫌う球団の方が多かったようだ。

 プロ入り後も1年目は一、二軍ともに登板なし。3年目には一軍で15試合、うち10試合に先発で登板してプロ初勝利を含む2勝を挙げたが、かつての球速は残念ながら見られなかった。

転機になった、2019年1月。

 そんな松本が、なぜ冒頭のような快速球を取り戻せたのか。

 昨シーズンの松本は7試合1勝1敗、防御率4.01と相変わらず平凡な成績に終わっていたが、6月18日のヤクルト戦(神宮)で151キロを叩き出していた。昨シーズンから球速自体はかなり上がっていた。

「自分で強く意識をしたわけではなかったんですが、結果的に気づけば教わったような体の使い方をしているなと思いました」

 この年の1月、松本はチームの先輩の千賀滉大がプロ1年目オフから師事するアスリートコンサルタントの鴻江寿治氏が主宰する自主トレに参加した。

 鴻江氏が提唱する理論に沿って自身の『あし体』の特徴を生かしたフォームづくりにまい進した。『あし体』は左半身の方が右側に比べて強いとされる。だから右投手の場合は、軸足にためすぎない投げ方が推奨される。一般的な指導では聞き慣れない方法論だが、松本の心の中にはどこか響くものがあったのだろう。現在も左脚を上げた時の立ち姿は昨年の自主トレで習得した形に近いものがある。

 しかし、昨年8月19日の西武戦(京セラドーム)で先発登板した試合途中に腰を痛めてしまい緊急降板。不本意な形でシーズンの幕を閉じることになった。

故障を防ぐ、という新たなテーマ。

 いかに故障を防ぎ、1年間通して戦うか。

 松本は今季を迎えるオフ期間、また新たなことに挑戦をした。通常、プロ野球選手の自主トレは1月から本格スタートするが、12月のうちから約2カ月間のほとんどを広島で過ごした。今度は野球専門のトレーニングジム「Mac's Trainer Room」の門を叩いたのだ。

 同ジムを主宰する高島誠氏は野球パフォーマンスアップスペシャリストとして活動し、オリックスや米大リーグのナショナルズでトレーナーを務めた経歴をもつ。ラプソード(投球用3Dトラッキングシステム)やモータス(投手の肘に装着できるウェアラブルデバイス)など最新テクノロジーを駆使するほか、フランス海軍の軍事訓練を基礎として生まれたパルクールを練習の一環に採用している。

 パルクールとは走る、跳ぶ、登るなど俊敏な動きで心身を鍛え、人間の本能的な運動感覚を養ったり引き出したりするためのトレーニング。壁などの障害物を乗り越えたりもするが、野球の動きに生かすために直径約5センチのパイプ状になったバーの上で、バランスを保ちながら片足立ちや、スクワットに励んだりした。

工藤監督も松本の現状に笑顔。

 自主トレ先から戻った直後の松本は「すぐに結果が出るか分からないけど、自分が頭の中でイメージした動きを、実際に体で表現できるようになったと思う」と話していた。

 ただ、成果がすぐに出たのはボールを見れば明らかだった。松本の投げるボールは2月春季キャンプの時から段違いに速かった。工藤公康監督も「オフの取り組みがよかったと思うよ」と笑顔だった。

 現時点でシーズン開幕がいつなのか決まっていないが、入団6年目で初の開幕ローテ入りへ好位置につけている。

「開幕ローテ入りはずっと意識しています。目標は1年間ずっと一軍で投げ続けること。そのためには開幕からローテーションに入っていないと達成できないですから」

 今年も先発陣の柱になると目されていた千賀滉大や高橋礼がキャンプで出遅れ、現在もリハビリ組におり復帰の目途は明らかになっていない。その両投手が不在でもこれだけ活きのいいピッチャーが競争の真っただ中にいるあたりが、やはりホークスの強さの理由だ。

 松本は開幕ローテ入りへ、今後も必死のアピールを続ける。まだ1年間投げられる保証はどこにもない。だけど、投げている姿だけを見れば2桁勝っても全く不思議ではない。6年目を迎えたドラフト1位右腕の覚醒が本当に楽しみだ。

文=田尻耕太郎

photograph by Kyodo News