いやはや、いつまでたっても「球春」が来ないので、首が長くなってしまった。日本で野球をやらないのなら、MLBでも見ようかと思っていたら、トランプ大統領が一吠えしてあっという間にMLBもスプリングキャンプ、ペナントレースが中断になってしまった。

 NPBはオープン戦が終わっても無観客の練習試合をするのかもしれないが、やっぱりそれでは本物のエンターテインメントとは言えない。具も何も入っていないラーメンをすすっているような、プアな心持ちだ。

 でも、野球の話はしたい。昨日今日の野球の話題が乏しいのであれば、昔話でもしようじゃないかと言うことで、安直ながら例によって番付を作ることにした。

右腕と左腕に分けてみると……。

 野球を投打に分けて、まずは「投手」の番付から。番付作成の妙は「東西の割り振り」にあると思う。今の大相撲は、東が西より0.5枚ほど上と言うことになっているが、その昔は出身地などで東西をイーブンに振り分けていた。

 とはいえこちらも何らかの振り分けをしたい。

 球団の所在地? リーグ別? といろいろ思案したが、野球選手には移籍がつきもののため、やってみるとしっくりこない。

 そこで振り分けるなら「右腕」と「左腕」かな、と思った。2020年時点でNPBの現役投手は568人、このうち左投手は92人。16.2%しかいない。これで振り分けなど無理かと思ったが、やってみると割とすんなりいったのだ。

 やはり野球では「左腕投手」は有利なのだ……と感じた。

 ただ単純に勝利数でランキングすると、昔の投手がずらっと並びすぎて味気ない。

 なので、勝利数+(<セーブ数+ホールド数>×0.5)という計算式を立ててポイントを算出し、番付を作ってみるとこんな感じになった。

(※編集註:NumberWebのホームページ以外でご覧の読者は、https://number.bunshun.jp/articles/photo/842918 をご参照ください)

記録で見た最強投手番付、横綱は?

 左腕の横綱は言わずと知れた金田正一(400ポイント)。昨年10月に惜しくも世を去ったが、400勝はアンタッチャブルだ。セーブもホールドもない時代だったが、横綱の正位は小揺るぎもしない。

 金田ですごいのは1951年から64年まで続いた14年連続20勝だろう。

 これに対する右腕横綱は阪急のエース米田哲也(351ポイント)。金田正一より5歳下で、「ガソリンタンク」の異名をとったスタミナ抜群の投手である。626先発はNPB記録で、米田はキャリア晩年には阪神、近鉄で過ごして2セーブを挙げている。

 両大関の鈴木啓示(318ポイント)、小山正明(320ポイント)も昭和の時代の大投手だ。先発完投型の大エースだった。

救援の岩瀬、先発完投の別所が関脇。

 一方で左腕の関脇には、2018年まで現役だった岩瀬仁紀が入ってくる。こちらもアンタッチャブルな史上最多セーブ記録の持ち主。岩瀬は82ホールドも記録しているので、セーブとホールドだけで244.5ポイント、これに勝利の59を足して303.5ポイントで関脇になった。投手史上初の1000試合登板も光っている。

 右腕の関脇は戦中から昭和30年代まで南海、巨人で投げた別所毅彦(310ポイント)。1947年には47完投のNPB記録を残している。

 生涯先発1試合、完投0の岩瀬と、ミスター完投ともいうべき別所。両関脇は好対照なピッチャーのそろい踏みとなった。

 小結は左腕が江夏豊。阪神時代の1968年にはシーズン401奪三振のNPB記録を樹立したパワーピッチャーだったが、南海に移籍後に野村克也監督のもとクローザーに転身し、最多セーブ6回。合計302.5ポイントである。

 一方で右腕は阪急の山田久志(305.5ポイント)。江夏とは同じ1948年生まれの同級生である。身体を振り子のように揺らしてググっと沈み込んで投げるサブマリンは本当に美しかった。今年のオリックスキャンプでも投手陣を指導していた。同じ東北出身のロッテ、佐々木朗希を励ます姿も報道された。

宮西、藤川ら名リリーフが入幕。

 平幕を見渡すと左腕、右腕ともに現役の救援投手が「入幕」している。ホールド数史上最多の日本ハム宮西尚生(203ポイント)と、40歳になる今年、名球会入りとなる250セーブを目指す阪神、藤川球児(260.5ポイント)だ。

 勝利数に加えてセーブ、ホールドを加味した評価をすることで、2人はすでに歴史的な投手になったと言える。なお十両以下でも救援投手がかなり上位に来ている。これは近年、先発投手の勝利数が減少傾向にあるのと対照的なところだろう。

 平成、令和時代の投手と昭和時代の投手を並列で評価するには、勝利数+(<セーブ数+ホールド数>×0.5)はまずまず妥当性があるのではないか。

昔の“セーブ数”は意外と少ない?

 読者の中には「NPBではセーブは1974年から、ホールドは2005年から導入された。でもそれ以前の投手でも、今の基準に当てはめれば結構すごい数字になるんじゃないか?」と思われるかもしれない。

 ただ調べてみると、意外にそうでもないのだ。セーブ、ホールドには厳格なルールがある。今の指導者は、投手にセーブやホールドを記録させるために、そのルールにのっとった起用をしている。

 そのルールがなかった時代には、当然ながらセーブ、ホールドの条件に関係なく投手を起用する。そのために、のちの基準に照らしてセーブやホールドが付くケースは意外に少ないのだ。

 研究者の調査によれば、セーブ制導入前のシーズン最多セーブは1965年、巨人宮田征典の22、通算では金田正一の96だ(ホールドは未調査)。それほど大きな数字にはならない。

MLBで活躍した投手を加味すると。

 MLBに移籍して活躍した投手をどう扱うかという問題もある。MLBの成績もNPBと同列に考えると、主要な投手はこのような数字と番付扱いになる。

<左投手>
石井一久 184.5ポイント
NPB143勝1セーブ4ホールド
MLB39勝
前頭8枚目相当

<右投手>
上原浩治 250ポイント
NPB112勝33セーブ23ホールド
MLB22勝95セーブ81ホールド
前頭5枚目相当

佐々木主浩 241ポイント
NPB43勝252セーブ1ホールド
MLB7勝129セーブ
前頭5枚目相当

斉藤隆 208ポイント
NPB91勝55セーブ14ホールド
MLB21勝84セーブ39ホールド
十両4枚目相当

黒田博樹 203.5ポイント
NPB124勝1セーブ
MLB79勝
十両5枚目相当

野茂英雄 201.5ポイント
NPB78勝1セーブ
MLB123勝
十両5枚目相当

 彼らを含めたとすると、番付はかなり変わる。しかしMLBで実績を上げた外国人投手の数字なども加味する必要が出てくるし、今回はNPBだけの成績で番付を作成している。

「右腕と左腕の格差がある」とか「近年の投手を見る際にリリーフが優位すぎるのでは」、「勝利、セーブ、ホールドだけでは実力はわからないだろ」など、ご異論はあるだろう。

 実は読者各位から異論、他論が出ることを期待してこの番付を作っている。公式戦が見られない期間だからこそ、誰が最強のエースだったのか――ぜひ議論を戦わせていただきたい。

 マスク、手洗いをして濃厚接触にならないように気を付けながら。

文=広尾晃

photograph by Kyodo News