「2019-20年シーズンのセリエA第26節」は、日本サッカー史に記しておく価値がある。

 日本代表の最終ラインを守るボローニャDF冨安健洋とサンプドリアDF吉田麻也が、W杯優勝4度を誇る守備の国イタリアで初めて揃って先発出場したからだ。彼らは入団に際し、守備の伝統国へ挑戦する興奮と意気込みを異口同音に述べている。

 冨安や吉田だけでなく世界中のDFにとって、伝統の堅守“カテナッチョ”を誇る、地中海の長靴の国は特別な場所だ。

「カテナッチョ」の起源は、意外にもスイスにある。

 オーストリア人監督カール・ラパンの率いた1932年のセルヴェットFC(スイス)がその端緒だ。

 ラパンは最終ラインに3人のセンターバックと2人のサイドバックを並べた。革新的だったのは、つねに守備の数的優位を作り出すために、マークに特化し自由に動けるストッパー(=リベロ)を1人追加したことだ。

 GKとCBの間で左右に動きながら危険の芽を次々に摘み取るリベロの動きは、城門を閉じる閂(かんぬき)に喩えられた。ラパン率いるスイス代表が、'38年フランスW杯でインパクトを残すと、斬新な新戦術はイタリア半島にも瞬く間に伝わった。

2人の“魔術師”が成し遂げた偉業。

 閂を意味するイタリア語の「カテナッチョ」は、リベロを備えた堅固な守備戦術そのものを指すようになり、ネレオ・ロッコとエレニオ・エレーラ、2人の名将が正確なカバーリングによる理路整然とした守備と効果的なカウンター攻撃を洗練させ、完成の域に導いた。

 ミランの指揮官ロッコはUEFAチャンピオンズ・カップで2度('63年、'69年)、現在のクラブW杯の前身にあたるインターコンチネンタル杯('69年)でも優勝。バルセロナを率いた後、インテル指揮官に就いたエレーラは、チャンピオンズ・カップとインターコンチネンタル杯を2連覇('64年、'65年)する偉業を成し遂げた。

 ともに“魔術師”と呼ばれた2人が'60年代に挙げた大戦果によって、カテナッチョはサッカー強国イタリアの象徴となったのだ。

DFの名選手を生んできたイタリア。

 その後、南米サッカーの隆盛とオランダ発“トータルフットボール”の出現で、カテナッチョの勢いは衰えた。決勝戦でイタリア代表がカナリア軍団に1−4で敗れた'70年メキシコW杯、そしてインテルがアヤックスに0−2で負けた'71-72年シーズンのチャンピオンズ・カップ決勝戦をもって、戦術としての“カテナッチョ”は終焉を迎えたとされている。

 カテナッチョはリベロありきの戦術だと先に書いたが、'80年代以降にイタリアが輩出した世界的名DFは枚挙に暇がない。

 天才的な戦術眼で最終ラインを統率し、ミランとアッズーリの主将を務めたフランコ・バレージとその後継者パオロ・マルディーニ。現在の若手DFには、2000年代のミランでCLを2度制し、優雅なテクニックと激しい当たりを兼ね備えたアレッサンドロ・ネスタに憧れた者も少なくない。

 インテリスタなら'82年スペインW杯優勝の“大叔父”ジュゼッペ・ベルゴミを、ユベンティーノなら同大会でマラドーナやジーコを執拗なマンマークで封じ込めた潰し屋クラウディオ・ジェンティーレの名を挙げるだろう。2006年ドイツW杯で黄金の賜杯を掲げたのも稀代のストッパー、ファビオ・カンナバーロだった。

スペイン代表ですら“たった1回”扱い。

 世界一になったことがない東洋の島国出身の身としては、ワールドカップの栄冠を4度も勝ち取ったイタリア人が羨ましくて仕方ない。

 イタリア人にかかれば、あのスペイン代表ですら“たった1回”扱いで、その事実に誰も異を唱えることはできない。

 だから、彼らの強さの秘密を万分の一でも知りたい、と僕はいつも思っている。

 7、8年前、'90年イタリアW杯でアッズーリを率いた元代表監督アゼリオ・ビチーニに会える機会があった。FIGC(イタリア・サッカー連盟)の技術部長職にいた彼のオフィスで、メモする手に汗をかいたことを覚えている。

「あのとき運さえあれば優勝できた」

 連盟お抱えの代表コーチとして'70年メキシコ大会以来、5度のW杯を経験したビチーニは、U-21代表監督として多くの子飼い選手を育て上げ、フル代表監督に就任すると満を持して自国開催の大会に臨んだ。

 母国の大声援を受け、鬼気迫る堅守を見せたアッズーリは、出場国唯一のグループリーグ無失点を含む3位決定戦までの7試合で5度完封勝ちしたもののアルゼンチンとの準決勝でPK戦の末に惜敗。白髪のビチーニは「悔恨はないが、あのとき運さえあれば優勝できた」と笑った。

 熱戦が続いた大会は“魔法の夜”と呼ばれ、'90年7月3日の準決勝イタリア対アルゼンチン戦で記録した国内最高視聴率87.25%は未だに破られていない。

ビチーニから返ってきた言葉。

 プレッシングかカテナッチョか、ゾーンかマンマークか、矛盾と革新に満ちた時代を生きたビチーニに、イタリア・サッカーとは何でしょうと定義を尋ねたら、穏やかだが力のこもった言葉が返ってきた。

「決して美しくはないかもしれない。だが、込められる情熱は本物だ。サッカーに対して裏切らない、という思いは鋼のように強い」

 サッカーは人生を映す鏡だ。楽しいサッカーがあっていい。でも、人生は楽しいときばかりじゃない。歯を食いしばらなくてはならないときもある。

 我々はそういうときにどう耐え忍び、どう苦境を脱出するかを、カテナッチョの精神に見出すのだ。

 ビチーニは2年前に故人となってしまったが、彼の言葉は今もこの国に生きている。

コンテが掲げた「カテナッチョ4.0」。

 今シーズンから新監督アントニオ・コンテを迎えたインテルは、開幕から2度の1−0(“ウノ・ア・ゼロ”)を含む6連勝を飾った。

 前線をFWルカクとFWラウタロ・マルティネスのカウンターに任せて、後方には3人のCBと2人のSB、5人の本職DFを置く。闘将コンテはEURO2016に臨んだイタリア代表監督時代に「チームを勝たせるためなら恥も外聞もなく守りを固める。カテナッチョを命ずる」と発言したことがある。有力紙『メッサッジェーロ』は、インテルの進化した堅守を現代風に「カテナッチョ4.0」と名づけた。

 そのインテルも今年2月のコッパイタリア準決勝で、指揮官ジェンナーロ・ガットゥーゾ率いるナポリに1−0で敗れた。闘将ガットゥーゾは4-1-4-1で中盤を封じ込め、相手2トップをボールに一切触れさせない戦法で勝ちをつかんだ。

 ガットゥーゾもまた、ドイツW杯で21世紀のカテナッチョを見せつけたアッズーリの1人だ。闘将は、その試合にDFもMFもなくチーム全体で90分間守るという決意を注入したのだ。

 2020年の今、イタリアにおける“カテナッチョ”とはもはや戦術ではなく、ゲームに臨む心構えを指す言葉となった。

 一度かけた閂は何があろうと守り抜く。

 守備の国のカタルシスは、世界中のDFたちにとっても共感できるはずだ。

 “カテナッチョ”は、決して死語にはならない。

文=弓削高志

photograph by AFLO