タイ代表で106試合出場47得点を決めている同国の至宝FWティーラシン・デーンダー(31歳。以下、ティーラシン)が、サンフレッチェ広島に在籍した2018年以来、2年ぶりにJリーグの舞台に戻ってきた。

 当初は練習生として、1月下旬から始まった清水エスパルスの鹿児島キャンプに参加。そのキャンプ中に正式加入が決まると、まずタイで移籍会見に臨み、再来日後には清水のホームスタジアム・アイスタ日本平でも会見を行った。

「Jリーグはアジアでトップクラス。ここが自分のレベルをより高めてくれると信じているし、エスパルスのタイトル獲得に貢献したい」

 満面の笑みで新たな挑戦をスタートさせた。

FC東京との開幕戦で先発。

 タイの至宝の加入は、昨年最終節まで残留争いを演じた清水にとって、今季の戦いを左右する重要な補強となった。というのも、昨季チーム得点王のブラジル人FWドウグラスが、近年の大量大型補強で話題の中心にあるヴィッセル神戸に移籍。その穴を埋める大型FWの補強が急務だったからだ。

 そして迎えた2月23日、FC東京との今季開幕戦。

 昨年リーグ優勝した横浜F・マリノスをコーチとしてけん引した新指揮官ピーター・クラモフスキー監督の下、攻撃的なチームに変貌した新生清水が、昨年2位の強豪にどこまでできるかが注目された大一番。

 同時に、存在そのものが戦術だと言われたドウグラスに代わるだけの逸材と評価されるか、FWで先発したティーラシンにとっても絶好のアピールチャンスだった。

ドウグラスに代わる大砲の一発。

 キックオフ後、1万7000人を超えるファン、サポーターで埋まったアイスタを驚かせたのは、立ち上がりから試合の主導権を握り、一方的に押しまくるオレンジ軍団の勇姿だった。

 そして迎えた後半2分、東京五輪代表候補のDF立田悠悟がカットしたボールを3トップの一角である西澤健太が前線のティーラシンへ。落ち着いて放った右足シュートは、今季リーグ戦でのチーム第1号となる待望の先制点となってゴールマウスに吸い込まれた。

「広島時代にアウェーで来たアイスタは、スタンドの声援やスタジアムの雰囲気が凄く良いと思ったけど、そのサポーターが自分のゴールを喜んでくれたことがうれしかったし、ホーム初戦で決められてホッとした」

 ドウグラスに代わる大砲の一発に、スタンドは大歓声に包まれた。

 残念ながら終盤に逆転を許し、試合には敗れたが、ブーイングかと思われたスタンドは、選手たちに拍手を贈った。昨年優勝争いを演じたFC東京を苦しめた攻撃的サッカーのお披露目に加え、新エースへの今後の期待が込められていた。

「清水ではもっと得点できると思う」

 今回のJリーグ再加入の理由について問われたティーラシンは、真っ先に「世界的に有名なリーグで自分の実力を知りたかったし、ここで自分のレベルをもっと上げたい」と語ったが、理由は他にもいくつかあった。

 1つは2年越しの目標達成だ。2年前の広島では32試合出場6得点を記録したが、目標とした数字は2ケタ得点だった。「Jリーグは技術もスピードもあってレベルが高い。初めて来た広島ではフィットするまでに時間が必要だった」と当時を振り返り、「だけど今は慣れているから、清水ではもっと得点できると思う」と、今季の2ケタ弾達成に自信を覗かせる。

 さらに、期限付きで加入した広島時代と違い、今回の清水は完全移籍での加入となり、まさに退路を断っての挑戦にも本気度が窺える。そして、その先にある目標は指揮官も連日のように繰り返しているチームのタイトル獲得である。

「自分にとってJリーグは以前からの夢の舞台。そのピッチにまた立てる機会を与えてくれたエスパルスのために、ここから貢献していくのが自分の一番の仕事だから」

 覚悟の決意に目を輝かせた。

日本でプレーする選手が増えれば。

 タイの至宝が、Jリーグ再参戦を決めたもう1つの大きな理由が、自分を育ててくれた母国タイのため、そしてタイ代表のためだ。

「何人かのタイの選手がすでにJリーグでプレーしている。そこに自分が参戦することで、Jリーグがタイでさらに人気が上がり、そこでプレーしたいと思う選手がさらに多くなる。結果的にさらに多くの選手が日本でプレーすれば、タイリーグもタイ代表も格段にレベルアップすると思う」

 現在タイ代表を率いるのは、2018年ロシアW杯で日本代表をベスト16に導いた西野朗氏だ。タイ代表の中心選手でもあるティーラシンは「西野さんは、何のための練習なのかを納得させて取り組ませる。われわれ選手の話にも真剣に耳を傾けてくれる人。いま代表は確実に一つにまとまっているし、大きな可能性が出てきたと思う」と語気を強める。

 2022年カタールW杯を目指すアジア2次予選G組で、タイは現在3位。今後の結果次第では最終予選進出の可能性もあり、「残り3試合はすべて勝てると思っている」と至宝はアジア最終予選進出に自信を覗かせた。

タイには伸びしろがある。W杯に出たい。

 そうなると、最終予選では日本代表と戦う可能性がある。もちろんいまは日本代表との差はあるかもしれないが、近い将来世界の舞台を争うライバルになることだってあるだろう。だがティーラシンは「そうなればうれしいけど、まだ差は大きいから、しばらく追いつけないと思う。それは、タイの選手はJリーグを目指して日本に来るけど、日本の選手たちはみんなヨーロッパを目指すでしょ(笑)。だから、しばらくはライバルにはならない」とシビアに分析。

 それでも「西野さんの指導のおかげでもあるけど、タイ代表は確実にレベルが上がっているし、まだ伸びる可能性も大きいと思う。日本に近づけたらうれしいし、やっぱりW杯には出たい」と、世界の舞台でのプレーにも静かな闘志を燃やした。

「良いお店があれば教えて」

 リーグ初戦となったホームデビュー戦で初得点を決めたティーラシンには、一気に周囲の期待が高まってきた。

 残念ながらJリーグは中断の最中で、その姿を見ることはできない。だが、試合はできない状況だが、「この時間を使って周りの選手との連係を高めている。試合が再開したらまた得点を決めるための重要な時期」と、今後の活躍を誓っている。

 そしていまは「初めての場所、初めて一緒に戦う選手とのコミュニケーションを楽しんでいる。そうそう、いま(車での)帰り道においしい食事ができるお店を探しているから、良いお店があればぜひ教えて」と、リラックスムードで2度目のJリーグ挑戦に臨んでいる。

 新天地の清水で、自身のレベルアップ、タイトル獲得、そして母国タイ代表のためにも、タイの至宝がサッカーどころのオレンジ軍団をけん引する。

文=望月文夫

photograph by J.LEAGUE