ドイツサッカーリーグ機構(以下、DFL)は3月13日、新型コロナウイルスの国内での感染状況を鑑み、予定されていたブンデスリーガ1部、2部のゲーム延期を発表しました。

 現状は3月13日から4月2日までに開催を予定していたゲームを延期する形ですが、今後の国内状況によってはさらなる延期、もしくは日程変更やリーグ・レギュレーションの変更なども示唆されています。

 ドイツのアンゲラ・メルケル首相は3月18日の夜、国民やドイツ在住の方々へ向けたビデオ演説を行ない、「事態は深刻」であり、「第二次世界大戦以来、これほど市民による一致団結した行動が重要になるような課題が、わが国に降りかかってきたことはありませんでした」と述べ、学校の休校、食料品店や薬局などを除く店舗の閉鎖、教会などでの集会禁止などの規制について理解を求めました。

ブンデス史上初となる無観客試合。

 ここ数日、僕の住むフランクフルトは穏やかな快晴が続き、気温も20度近くまで上昇して本格的な春の訪れを感じます。でも、新型コロナウイルスの影響は街中の雰囲気を一変させてしまいました。

 ドイツはイタリア、フランス、スペインなどとは異なり、現状では外出制限の措置は取られていませんが、普段は買い物客で賑わう近くの商店街は今、人々の姿がまばらです。

 サッカー関連のメディアに従事している僕にとっては、オンシーズンの週末にサッカーのゲームがない生活に空虚な思いを抱いています。このスポーツへの造詣が深いドイツのファン、サポーターも同様の思いでしょう。

 ドイツではリーグが中断される前に、ひとつの大きな出来事がありました。3月11日、ブンデスリーガのゲームで史上初めてとなる無観客試合、ボルシアMGvs.ケルンが実施されたのです。

異様な雰囲気の「幽霊試合」。

 このゲームは当初2月9日に開催予定でしたが、当地が暴風に見舞われたことで急遽延期となっていました。

 しかし、代替で試合が行なわれた3月中旬はノルトライン・ベストファーレン州の地域を中心に多くの新型コロナウイルス感染者が発生していたこともあり、開催地のメンヘングラットバッハ市が無観客での試合開催を決めたのです。

 翌3月12日にはドイツ国内で開催されるUEFAヨーロッパリーグ(以下、EL)のヴォルフスブルクvs.シャフタール・ドネツク(ウクライナ)、そして、アイントラハト・フランクフルトvs.FCバーゼル(スイス)の2試合も無観客での試合実施となりました。

 ドイツ語では無観客試合のことを「Geisterspiel」 (ガイスター・シュピール) 、直訳すると「幽霊試合」と言うそうです。ちなみに、人影がなくなった町を「ゴーストタウン」とも称しますよね。結局この時期にはドイツ以外の各国でも無観客試合が実施されましたが、その雰囲気は何処か異様で、まさにこの言葉は的を射ていると思いました。

フランクフルトの成績が再び下降。

 そんな中、リーガ中断前のアイントラハトの成績が再び下降していたのが心配です。

 シーズン序盤に好スタートを切ったアイントラハトは、ウィンターブレイク直前に不調に陥り、今年に入ってリーガが再開された後はアドルフ・ヒュッター監督が3-4-1-2から4-1-2-3へシステム変更。一旦はチーム成績が上向きました。

 しかし4バックへ移行してからのチームはお世辞にもゲーム内容が向上したとは言えず、単純にダビド・アブラアム、マルティン・ヒンターエッガー、エバン・エンディッカ、アルマミ・トゥーレという4人のDFをバックラインに並べる布陣で失点を回避する狙いが、ありありとうかがえました。

 成績急下降のきっかけは2月14日のブンデスリーガ第22節、アウェーのドルトムント戦でした。このゲームでは長谷部誠、鎌田大地がともにベンチスタートで出場機会を得られない中、チームは0−4の大敗を喫しました。

 ヒュッター監督はここでウィンターブレイク明け後から固め始めていたスターティングメンバーの再考に着手します。しかし続く第23節、ホームのウニオン・ベルリン戦では長谷部、鎌田のふたりが揃って先発に復帰したものの1−2で試合を落として、連敗を喫してしまいました。

 ただ、このウニオン・ベルリン戦ではホームチームがいつもと異なる雰囲気での戦いを強いられもしました。2月24日の月曜日に開催されたこのゲームで、アイントラハトの熱狂的なサポーター集団がホーム側ゴール裏での応援をボイコットしたのです。

長谷部も鎌田も戸惑いを感じて。

 これはDFLがCLやELのミッドウィーク開催による日程調整、またテレビ放映の都合などを加味したうえでブンデスリーガの月曜日開催を決めたことへのサポーターからの抗議が目的です。

ちなみに、月曜開催に関してはアイントラハトのクラブサイトもサポーター側に同調していて、あえて試合前の選手紹介や舞台を盛り上げる音楽などのアナウンスも自粛しました。

 とはいえ試合後、長谷部や鎌田は口を揃えて「いつもと異なるスタジアムの雰囲気に若干戸惑った」と吐露していました。

 アイントラハトのサポーターはドイツ国内でも屈指の熱狂的な集団と捉えられています。国内各地のブンデスリーガの試合を取材してきた僕の体感でも、アイントラハト・サポーターの声量はドルトムントやシャルケなどと並んで非常に大きいと感じますし、その一体感あるサポーティングスタイルにも迫力があると思います。

 2017-18シーズンに30年ぶりにDFBポカール(ドイツ・カップ戦)を制したときは市内中心部のレーマー広場付近に約30万人の市民が詰めかけ、ベルリンでの決勝戦から凱旋してきたチームを熱く祝福しました。

 また、昨シーズンのELで準決勝まで進出した過程での盛り上がり方は尋常ではなく、準決勝第2戦のアウェー、チェルシー(イングランド)戦では試合の模様が放送される市内のレストランやバーが超満員になって軒並み入場規制となりました。

「仲間」を失ったことの代償。

 僕もフランクフルトに居を構える前まではアイントラハトのファン、サポーターがこれほど熱狂的だとは知りませんでした。でも、ホームのコンメルツバンク・アレナで初めて取材をしたとき、その轟音のような歓声とチャント、コールの嵐に驚愕し、このスタジアムで生まれる高揚感に胸を打たれたのです。

 長谷部はよく、ホームゲームで勝利を収めた後に「相手チームはプレーし難そうに感じた」と言います。元々彼は日本でプレーしていたときも浦和レッズという国内屈指の動員力を誇るクラブに在籍していたので、サポーターの存在がどれほど試合内容に反映されるのかを明確に認知しているのでしょう。

 だからこそ、先述したウニオン・ベルリンとのゲームでは本来ゴール裏に陣取る「仲間」の存在を失ったことで、アイントラハトはプレーレベルの維持が困難になったのかもしれません。

両チームの選手が響き渡るだけ。

 アイントラハトはその後第25節のアウェー、レバークーゼン戦も0−4で落とし、3月12日にホームのELラウンド16ファーストレグ・FCバーゼル戦を迎えたのですが、このゲームは先述したように無観客試合となりました。

 つまり今回はスタンドの四方に関係者や警備員以外に誰も存在しない、まさに「ゴーストゲーム」となったのです。

 アイントラハトのスターティングメンバーはGKケビン・トラップ、そして4バックは右からエンディッカ、アブラアム、ヒンターエッガー、トゥーレといつもの布陣。そして中盤はアンカーに長谷部が入り、その前にふたり並ぶ形でセバスティアン・ローデとジブリル・ソウ。そして3トップの形で右に鎌田、左にフィリップ・コスティッチ、そして最前線中央にはアンドレ・シウバが入りました。

 現状ではこれがベストメンバーだと思いますが、ホームのアイントラハトは周囲がシーンと静まり返り、ピッチ内の両チームの選手から発せられる声だけが響く環境の中で苦戦を強いられました。

選手たちに覇気がなかった。

 27分、バーゼルがサムエレ・カンポの左足での直接FKから先制。輪になって歓喜するバーゼルの選手たちの声だけがこだまします。後半に入った73分にはGKのロングフィードをきっかけにバーゼルのケビン・ブアが追加点をマークします。意気消沈したアイントラハトは85分に3対4の状況を作られてファビアン・フライにダメ押しゴールを決められ、総計3失点で正真正銘の完敗を喫しました。

 このゲームで如実に感じられたのは、アイントラハトの選手たちの覇気のなさです。もとより直近のゲームも試合内容が悪かったのですが、それ以上に勝利への気概がうかがえなかったことが残念でした。やはり、普段はそこに居るはずのサポーターが寄り添っていなかったことの影響を深く感じずにはいられません。

スタジアム周辺を歩いてみると。

 まだドイツ国内が、これほどまでに新型コロナウイルスの影響で様々な行動制限がされていない時期に、散歩を兼ねて試合のない日にコメルツバンク・アレナの周辺を歩いてみました。

 試合日には多くのファン、サポーターが利用するSバーンやトラム(路面電車)の「スタディオン」駅は静まり返り、普段は手荷物チェックなどで混雑する入場レーン付近も人影がなく閑散としています。コメルツバンク・アレナは森林に囲まれ、静謐な空気の先で鳥のさえずりと、風に吹かれて木々が擦れる音が聞こえます。

 施設周辺にはアイントラハトの練習場や公式ファンショップなどもあるため、ここは試合日でなくてもスタジアム直近まで行くことができます。

 間近まで歩き、コンコースの隙間からスタジアムの内部を覗くと、1台の小さな芝刈り自動車が来るべきときのために、時速2kmほどの速さでゆっくりと前進していました。

 スタジアムで感じた静と動のコントラスト。

 サッカーという競技においてはチームスタッフ、選手、そしてファン、サポーターの誰もが当事者です。何かが欠ければ、その魅力は失われる。今回の無観客試合を通して、その当たり前の事実を改めて実感しました

文=島崎英純

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