発売中のNumberDo「ランニングを科学する」では、食事についても様々な知見を紹介している。分子栄養学、完全栄養食、そして「SleepLow食事法」。中でも注目なのが、「ランナー大実験! 油を意識すると『持久力』は向上するのか?」。

 この企画は3人のランナーが、3週間食生活などを変えることで、どれだけた持久力にまつわる数値がどれだけ変化するのかを検証したものだ。記事では3人の驚きの結果を比較して紹介しているが、今回は原稿執筆も担当したライターの中島英摩さんが、自身の試行錯誤の日々を振り返った。

 昨今、市民ランナーたちの話題の中心はシューズだ。ナイキの厚底シューズをはじめとしてテクノロジーの進化は著しく、日本でも大きなムーブメントが起きている。

 しかし、ランナーと「食」の関係は、意外と代わり映えがしない。レース前には「カーボローディング」と言う名目で好きな炭水化物をたっぷり食べ、運動後には筋肉の修復を心配してプロテインなどのたんぱく質を摂る。

 ランナーたちのダイエットと言えば、いまでも話題にのぼるのは糖質制限だ。「最近糖質控えてるんだよね〜」と言ってビールをレモンサワーやハイボールに変えたり、シメの炭水化物やラーメンを我慢したりする。表示を見て、炭水化物やカロリーが低く、たんぱく質の多いものを選ぶ食生活は"ランナーあるある"だと思う。

 かく言う私もその1人で、一生懸命たんぱく質を摂り、夜は米やパスタなどの炭水化物を控える食生活を送ってきた。鶏肉の皮を外す、揚げ物の食べすぎはNG、ドレッシングはノンオイル。そうやって、油=太るものと思ってできるだけ避けてきた。

 そして長い距離のトレイルランニングを好み、何十時間も動き続けるからスタミナには自信があった。

 しかし、昨秋に久しぶりに出たフルマラソンで、まんまと「30kmの壁」に打ちのめされた。30kmどころか20km程度ですっかりスタミナ切れを起こし、思うように脚が動かず、ほとんど気力だけでゴールを目指した。ダイエットもカーボローディングも意味がなかったのか。

油=太ると思って避けていた。

 そんな時、Number Doの誌面で「油」について取材しないかという話が舞い込んできた。

「油……?」

 人間の三大栄養素は、糖質、たんぱく質、脂質。でもなぜかランナーたちの会話には糖質とたんぱく質しか登場しないし、私自身、脂質を意識したことはほとんどなかった。

 サッカーの長友佑都選手が専属シェフを付けて食事法を変えたという話は耳にしていたものの、脂質をエネルギー源となるように食生活を変える“ファットアダプテーション”には懐疑的だった。

 だって油ばかりそんなに食べられないし、かなり厳しい糖質制限をしなければいけないんでしょ?

 だが、専門家に話を聞くと、うまく油を摂取することで、ランニング中もエネルギー源として脂肪が使えるようになるらしい。走っても走っても落ちない、体にたっぷり蓄えた脂肪が燃焼できるようになるならば、それは夢のような話だ。

 本当にそんなことが起きるのか、自ら体を張って検証することにした。

思いのほか使えていなかった脂肪。

 まずは、自分が普段どのくらい脂肪を使って走ることができているかという測定から始まった。3週間の「油優先生活」の前後で脂質・糖質代謝に関連する数値を計測し、どう変化したのかを比較するのだ。

 何だか物々しいマシンに繋がれ、椅子に腰かける。まずは安静時の状態を測るのだが、緊張してすでに息が荒い。次にトレッドミルで運動開始。

 時速3kmのウォーキングから始まり、1分毎に時速1kmずつ加速していき、時速16km以降は傾斜が上がる。運動強度を上げていくことで、代謝の変化を計測するのだ。

 だが、陸上競技経験のない私はキロ4分を切るペースで走ることなんてほとんどなく、もはや恐怖でしかない。「オールアウトするまで走ってください」「辛くなったら手を挙げてくださ〜い」と言われるものの、「オールアウトってどこまで?どういう状態!?」と戸惑いながら、オエオエ言いながら最後はびびって早めに手を挙げ、計測が終了した。

「わりと普通ですね」

 持久力にはかなり自信があったので、トレーナーから放たれた言葉にショックを受けた。100km級のトレイルランニングレースに何本も出ていて、周囲からはスタミナモンスターと言われていたからだ。持久力だけが取り柄で、それなりに良い数値が出るという自信があったのに……!

 人間は一般的に安静時のエネルギー代謝では脂質50%と糖質50%を使うものらしく、安静時で脂質45.9%、糖質54.1%の私はモンスターでもなんでもなく、いたって普通の人間だった。残念ながら運動時も思いのほか脂質を使えていない。

 運動を開始すると、身体はエネルギーを必要とするため、脂質・糖質共に代謝量が徐々に増えていく。脂質を最も使っている運動強度を「AeT値」と呼ぶらしい。そこからさらに強度が上がっていくと次第に糖質の割合が増え、脂質代謝量は落ちていき、最終的にはほぼ糖質のみとなる。体内に蓄えている糖質が底を尽きた時、身体はエネルギー源を失い、いわゆるハンガーノック状態になるというわけだ。

 私の「油優先生活」前の測定のAeT値は、キロ7分30秒。このペースならば70%は脂質を使って動くことができるらしい。なるほど、トレイルランニングではロードのようなスピードが出ないので、脂質優位で動けていたのだな、と納得できる。

 しかし、これはあくまで割合であり、脂質代謝比率のほうが高いものの、その時に必要な糖質代謝量も多く、同じペースで1時間あたり142kcal必要としていることがわかった。いままで補給が全然足りていなかったのか……!

走りながらの糖質代謝は限界がある。

 昨秋走ったフルマラソンの記録は3時間27分。キロ4分50秒〜4分55秒のペースだ。これと実験結果を照らし合わせると、キロ5分ペースで走っているときに必要な糖質量は1時間あたり355.9kcal。

 同じペースでも後半は心拍数が上がることを考えると、さらに糖質を必要とするだろう。カーボローディングである程度蓄えられるとしても、私の補給は圧倒的に足りていなかったというわけだ。

 フルマラソンにおけるペースの指標になると言われている「AT値」はキロ4分17秒ペースで、心拍数は141。昨秋からトレーニングを積んだ成果なのか、思ったよりもAT値が高いことに喜んだものの、そのペースで必要とする糖質量は1時間あたり495.36kcalだ。

 ここからさらに記録を伸ばそうとしても、このままの代謝状況ではペースが上がるほど糖質代謝も上がり確実にエネルギーが枯渇していく。だからと言って、走りながらそんなにガツガツとカロリーの高いものを摂取できるはずもない。つまり、もう私に残された選択肢は、脂質代謝を上げる身体になるしかないということだ。

 ここから3週間の「油優先生活」が始まった。

我慢したのはお酒とおやつ。

 今回の測定で、ひとつ私が救われたことは「基礎代謝が高い」ということだ。安静時基礎代謝は1397kcalで、身長体重から割り出した予測値や同世代の女性よりも高い。極端に「食べない」といった誤った食事制限でダイエットすると、この数値が下回るらしい。

 トレーナーからのアドバイスをもとに、私が実践した食生活におけるルールは以下のとおりだ。

・比較的基礎代謝が高いため、カロリー量は気にせず脂質をたくさん摂る
・アボカド、ナッツ、チーズ、バターなどの良質な脂質を意識して摂取する
・糖質は控えめ。ただし、食事量は減らさず糖質を控えた分のエネルギーを脂質で補う
・運動後はプロテインではなくMCTオイルなどの油を摂る
・間食は禁止
・夕食はできるだけ21時まで終える
・夕食から朝食までの時間をしっかり空ける(10〜15時間)

 どんな辛い食生活を強いられるかと思っていたが、「食べて良い」ことには安心した。腹が減っては戦ができぬ、ではないが、エネルギーが足りなければ、日々のトレーニングでいいパフォーマンスを発揮することができない。エネルギー量を満たすために、良質な脂質が摂れるあらゆる食材を探す生活が始まった。

糖質が意外に多いことに気づく。

 油と言っても様々で、肉、魚、液体の油だけでなく、牛乳やチーズ、大豆類にも含まれている。油を飲んだり塊肉を食べたり、ひとつの食材でたくさんの油を摂るのは無理があるわけで、色んなタイプの油を食事に取り入れた。

 始めは急に増えた油に身体が驚いてお腹を下したものの、徐々に慣れていくようになった。また、肌が荒れて吹き出物が出ることもあったが、これは油にばかり気を取られて、脂肪燃焼に欠かせないビタミンが不足していたためだったようで、いつもよりも野菜の量を増やすことで改善された。

 具体的には、ブロッコリー、トマト、アボカド、ゆで卵、鶏肉、チーズのサラダにオイルと塩、もしくはマヨネーズをかけて食べるのが主食。マヨネーズはほかのドレッシングよりも意外と糖質が少ない。あとは納豆や鯖缶なども多用した。

 炭水化物は主に昼食に摂り、食物繊維の多いもち麦などを選んだ。私はどうも朝食を食べないと力が出ないタイプらしく、朝はブラン系のパンとオイルをかけたサラダ、夜に食べ過ぎた翌朝はヨーグルトとバターコーヒーを飲んだ。

 糖質を控えて脂質を増やすために、食生活のなかの糖質も見直すことになった。糖質は、ごはん、パン、パスタだけではない。ジュースやお菓子はもちろんのこと、フルーツも市販のドレッシング、ビールやチューハイなどのアルコール類も炭水化物が含まれていて糖質が高い。

「夕食にお米やパスタを食べないし……」という理由で、自分自身の食生活で糖質の摂取は少ない方だと思っていたが、意外なところにも糖質はたくさん含まれている。これまでずいぶん摂りすぎていたことに気付く。

 好き嫌いのない私にとって、油生活は好みの食材を組み合わせれば楽しむことができたが、大好きなビールと甘いものを我慢することだけは辛かった。飲み会の時にはできるだけセーブして、翌日の朝食で調整。「3週間だけ!」と言い聞かせて耐え抜いたが、最後の1週間はかなり気が緩んでしまった。

スピードばかり求めるランニングは封印!

 かなり頑張って食生活を変えたつもりだったが、体重はなかなか減らなかった。「脂肪を使えるようになる」ならば、どんどん痩せるものだと思っていたが、どういうことだろう。

 そして油生活に慣れると、次第にお腹が減りにくくなり間食もしなくなると聞いていたが、私はいつでもお腹が減っていてお菓子を食べたい欲に駆られていた。

 脂肪を使える身体になるためには、“ファットアダプテーション食事法”だけでなく、“ファットアダプテーション運動法”もセットで行う必要があることも忘れてはならない。脂肪を最も燃焼しているAeT値付近でのランニングがそれだ。

 足の速いランナーほど、速いペースで走りたがる。スピード練を好み、トラックに通い、ペース走も速く、ジョグさえも最後には追い込んで終わりたくなる。しかし、それらはほとんど糖質を使った運動で、身体は一向に脂質代謝を覚えてくれない。いくら走るのが速く心肺機能が高くても、持久力とは話が別なのだ。

 AeT値付近でのランニングとなると、私のペースはキロ6分40秒〜7分だ。心拍は107〜110が目安。正直なところゆっくりすぎて、走っている気がしない。心拍が上がってしまったら、歩いて心拍を下げてからリスタート。走って汗をかいてすっきりしたい気持ちを抑えて走るしかなかった。

 ペースが遅い分、いつもより距離が稼げなくても、ファットアダプテーション期は月間走行距離などという指標は諦めるか、運動時間を増やすほかない。私の場合は登山が趣味で、AeT値付近のペース・心拍に値するので、日頃のスピード練習は変えずに、リカバリージョグと週末ののんびり登山で脂質代謝を回す心拍110程度の低強度運動を取り入れた。

「なんだか最近絞れているね」

 体重の変化はなかったものの、トレーニングについては効果覿面で、2週間経つ頃からはLSDやトレイルランニング、登山などの長時間行動時の補給量が少なくて済むようになっていた。そして、周りからは「なんだか最近絞れているね」と言われるようになった。

 脂肪を使っているか、糖を使っているか。目に見えないから何の実感もなかった。決めたことをただただ3週間こなしたものの、体重など自分で日々計測できる数字に表れておらず、「なんとなくスタミナがついたかも?」という実感がある程度だった。

 しかも、食事でカロリー量を減らさなくて良いというアドバイスを受けていたので、結構な量の油を摂っていたこともとにかく不安だった。全く変化がなかったらどうしよう…!

 2回目の計測も行うことは同じ。計測前に体重を測ると、1kgだけ減っていた。安静時基礎代謝は、予測が1277kcal/dayに対し、1411kcal/dayと1回目よりもさらに向上。身長、体重に対して助成ではなかなか高い数値とのこと。基礎代謝を落とさない食生活を送ることができた証拠だろう。

 苦手なトレッドミルの計測では、前回よりはるかに呼吸の乱れが少なく、足が軽く、オールアウトするまでの時間もかなり粘ることができた。それは数値にもしっかり表れた。

脂質を代謝するゾーンが確実に広く。

 安静時の脂質代謝は45.9%から66.6%まで向上。じっとしていてもそれなりに脂肪を燃やしている体になったというわけだ。前回キロ7分30秒ペースの時、1時間あたりに必要な糖質が142.4kcalだったが、2回目にはわずか22.86kcalとなった。このペースなら、1時間あたりの必要な量が120kcalも少なくなったことになる。

 AeT値は、前回がキロ7分30秒ペース(心拍数107、脂質代謝70.1%)だったのに対し、2回目はキロ5分27秒ペース(心拍124、脂質代謝73.7%)。AeT値のペースが上がったことに注目してしまいそうだが、AeT値はあくまで「最も脂質代謝が高い地点」だ。

 2回目の計測では歩き出して数分で脂質代謝が始まり、キロ8分30秒ペースあたりから脂質優位になり、AeT値を超えても脂質代謝は高かった。さらにAT値(キロ4分のペース)でも脂質を35.8%使えるようになっていた。脂質代謝と糖質代謝の切り替わりが緩やかになり、脂質代謝の高いゾーンが確実に広くなったのだ。

 たった3週間で、劇的な変化だ。数字に表れるとめちゃくちゃ嬉しい。ランニングにおいて自分の実力を測る指標がタイムだけでは辛くなってしまう。この測定で持久力の向上が証明されて、これからの練習のモチベーションがうんと上がった。

 たった3週間でこんなにも結果が出るなど想像以上。これは油優先生活を続けるしかない!

油は敵ではない!

 ファットアダプテーションに懐疑的だった私だが、これは事前の知識が少なかったにすぎないと思っている。

 油をとるために「糖質を制限する」という面ばかりが独り歩きしているが、脂質代謝を上げることのポイントはそこではない。レースで糖質を摂るならば、普段からそれなりに糖を分解できる身体になっている必要があり、糖質を毛嫌いしすぎるのは違う。また、油を意識するからといってゴクゴク油を飲むかというと、それも違う。油といっても色んな食材があって、そのなかからバランス良く選べばいい。油も糖も、決して敵ではない。

 油は持久力向上に効果があると身体を張って証明したわけだが、体質改善のためにトレーニングの質が落ちては意味がない。食生活と運動を組み合わせて行うこの手法は、正しい知識とデータに基づいて行うことが大事だと痛感した。今回は3週間で結果が出たが、身体を変えるには言わずもがな継続が重要であり、間違ってもレース直前に慌ててやるものではない。

 今回のような食事と運動なら無理なく続けられそうな気がする……けれど、炭水化物ってなぜか旨い。丼ぶりにパスタ、ビール、スイーツ。ランニングのご褒美は適度に設けて、油生活をゆるく続けていきたいと思う。

 私以外の2人のランナーの検証結果については、ぜひ誌面でご覧になってください。とても興味深い結果が出ています。

文=中島英摩

photograph by Yuki Suenaga