3月22日、中山競馬場で行われたスプリングS(GII、3歳、芝1800メートル)をガロアクリーク(牡3歳、美浦・上原博之厩舎)が優勝した。

 3着馬までに皐月賞(GI)の優先出走権が与えられるトライアルレース。今年は珍しく10頭の少頭数での競馬となった。

人気馬が今ひとつのスタートの中で。

 1番人気に推されたのはヴェルトライゼンデ(牡3歳、栗東・池江泰寿厩舎)。デビューから2連勝後、前走のホープフルS(GI)はコントレイルの2着。勝ち馬は完勝といえる内容だったが、ヴェルトライゼンデ自身も3着に2馬身の差をつけていた。

 距離は2000メートルから1800メートルに200メートル短縮されたが、同じ中山競馬場でGIからGIIになる上に前走の勝ち馬もいないなら、と単勝は1.7倍。圧倒的な1番人気に支持された。

 2番人気はサクセッション(牡3歳、美浦・国枝栄厩舎)。こちらもデビューから2連勝。その後、デイリー杯2歳S(GII)こそ6着に敗れたが、前走のジュニアCは1番人気に応え快勝。4戦3勝でここに駒を進めてきた。

 3番人気がファルコニア(牡3歳、栗東・角居勝彦厩舎)。こちらはデビューから2戦2着惜敗を続けたが、その後、未勝利戦と自己条件を連勝。勢いに乗ってここにエントリーしてきた。

 無観客のスタンド前でスタートを切ると、ファルコニアとヴェルトライゼンデのスタートが今ひとつ。前者は最後方から、後者も中団のやや後方からという位置取りになった。

 ハナを切ったのは5番人気のアオイクレアトール(牡3歳、美浦・古賀慎明厩舎)で2、3番手がシルバーエース(牡3歳、栗東・橋口慎介厩舎)とエン(牡3歳、公営・河津裕昭厩舎)。比較的人気のない3頭が馬群を引っ張る形になった。

早めに先頭に立ったガロアクリーク。

 向こう正面でヴェルトライゼンデは中団。その直後にガロアクリークがいて、最後方から上がって来たファルコニアがそのすぐ後ろ。更に後ろにサクセッションが続いた。

 前半1000メートルの通過ラップは63秒2。明らかなスローペースに我慢し切れないという感じでファルコニアが外から進出。3コーナーではシルバーエースと共に逃げるアオイクレアトールの直後につけた。

 その3頭が先行争いをしながら4コーナーをカーブすると、その外にヴェルトライゼンデとガロアクリーク、更に大外をまくってサクセッションが上がって、直線へ向いた。

 坂下では内で先頭争いをしていた3頭を外から伸びて来た3頭がまとめてかわす勢い。中でも早目に先頭に立ったのがガロアクリーク。その内に入ってヴェルトライゼンデが喰らいつくが、かわすまではいかない。

 最後の最後にサクセッションが大外から伸びたが3着まで。1分49秒8の時計で最も早くゴールに飛び込んだのはガロアクリーク。1と4分の1馬身遅れの2着がヴェルトライゼンデで、サクセッションはそこから更に1と4分の3馬身遅れてのゴールとなった。

父は名短距離馬キンシャサノキセキ。

 4戦2勝となったガロアクリークは、これで皐月賞への出走権を手にした。

 父は短距離馬として活躍したキンシャサノキセキ。ガロアクリーク自身はデビューから3戦、2000メートル→2000メートル→2200メートルと走り、距離を短縮してきたここで初めての重賞制覇。血統的に距離短縮が良かったのか? と上原調教師に聞くと、彼は次のように答えた。

「ここまで長めの距離だと少し掛かってしまうような感じがありました。でも今回は緩い流れにもかかわらず折り合ってくれました。いつもこの感じで走れれば2000メートルでもこなせると思います」

南アの天才騎手ヒューイットソン。

 騎乗したのはライル・ヒューイットソン騎手。彼が南アフリカで生まれたのは1997年10月30日の事。現在まだ22歳で、父のカール氏も元ジョッキー。自身もデビュー2シーズン目の2016〜17年に見習いリーディングを獲得した天才騎手である。

 '18〜19年シーズンは実に219勝を挙げ、2年連続となる南アフリカリーディングを獲得。GIもすでに6勝を挙げ、かの地では“天才”の呼び名をほしいままにしている。

 JRAで短期免許を取得したのは今回が初めてで、JRA重賞制覇はもちろん初めて。ガロアクリークの距離適性に関しては次のように言った。

「最終追い切り、そして今回のレースと乗せていただき、距離に関してはギリギリ2000メートルまで大丈夫という感触を得ました」

 今回は6番人気での勝利となったが、このあたりに関しては「自信があった」と言う。

「追い切りの時に状態の良さを感じたし、能力の高い馬とも思いました。だからここでも好勝負が出来ると自信を持って乗りました」

池添に最高の形での恩返し。

 ここで再び指揮官・上原調教師の弁。

「もともと良い馬なのは分かっていました。ただ、どうにも子供っぽい面のある馬だったんです。前走は2200メートルを使ったけど、騎乗した池添(謙一)君が『少し長い』と言っていたので、1800メートルにしたら良いパフォーマンスを見せてくれましたね」

 2着のヴェルトライゼンデが池添騎手騎乗だったのだから、最高の形での恩返しが出来たのかもしれない。

 また、折り合いに関して、調教などでなにがしかの教育をしたのかと聞くと、これにはかぶりを振って答えた。

「以前はガーッと走って行ってしまう面があったけど、今回は大丈夫でしたね。調教で何をしたというわけではないですけど、レースを経験しながら落ち着きが出たのが良かったのかもしれません」

「ダイワメジャーと同じに」

 初コンビとなったヒューイットソン騎手には何か指示を出したのか? と問うと、これには笑いながら答えた。

「(皐月賞の権利がとれる)3着以内には絶対に来てね、とだけ伝えました」

 その鞍上が「調教に乗って状態の良さを感じた」と言っていた事を伝えると……。

「前走は少し太かったけど、今回はしっかり絞れてきましたからね」

 実際、前走がデビュー以来最重量タイの506キロだったのに対し、今回は逆に最も軽い496キロ。鞍上がゴーサインを出してから反応良く動いたのも素軽い体になっていたからなのかもしれない。

 改めてこの結果を受けて、上原調教師は厩舎の先輩馬の名を挙げながら語った。

「人気薄のスプリングSで権利を獲得して皐月賞というのはダイワメジャーと同じです。本番の結果も是非、メジャーと同じになって欲しいですね」

皐月賞と若き日のデムーロ。

 2004年のダイワメジャーは11番人気のスプリングSで3着。ギリギリ権利を獲得すると、本番の皐月賞では10番人気の低評価を覆して優勝。その後、天皇賞・秋(GI)や安田記念(GI)を勝つほどの名馬に育っていった。

 ちなみに皐月賞で手綱をとったのはミルコ・デムーロ騎手。前年にはネオユニヴァースで皐月賞と日本ダービー(GI)の二冠を制していたものの、当時の日本ではまだ短期免許を取得して売り出し始めた若手外国人騎手の1人だった。

 現在のヒューイットソン騎手にそんなイメージがダブるのだが、果たしてこの後、鞍上鞍下ともどのような物語を展開していくのか。注目したい。

文=平松さとし

photograph by Satoshi Hiramatsu