「スポーツクライミングがこういう事態に何ができるのか。社会のなかでどういう役割があって、どんな影響を与えられるのか。普段は時間がなくてなかなか考えられないテーマを、選手たちと毎日のように話をしています」

 そう語るスポーツクライミングの日本代表を率いる安井博志ヘッドコーチの声は、電話口からも力強さが伝わってくる――。

 世界中で甚大な被害をもたらしている新型コロナウイルス。スポーツ界への影響も大きく、3月24日に東京五輪の開催延期が決まったのをはじめ、国内外のあらゆるスポーツイベントは休止が続いている。

 スポーツクライミングにも影響は及んでいる。国際大会は4月から開幕するはずだったが、2月の時点でW杯ボルダリング 中国大会のキャンセルが決まり、その後にすべての大会が延期になった。

 国内大会も2月に『ボルダリング・ジャパンカップ』と『スピード・ジャパンカップ』は開催できたものの、3月に予定されていた『リード・ジャパンカップ』の開催は見送り。3月以降に予定されていたユース年代大会やスピード記録会、各都道府県大会なども相次いで延期となり、現在はすべてのスケジュールが白紙状態となっている。

クライミング自粛の中、できることは?

 7都府県に緊急事態宣言が発令されてからは、街なかのクライミングジムはほとんどが休業し、多くの岩場でもクライミング自粛が求められている。そうしたなか日本山岳スポーツクライミング協会も事務局を閉鎖してテレワークに移行した。

 例年なら4月上旬にスイス・マイリンゲンでW杯ボルダリングが開幕してからは国際大会のために国内外を慌ただしく飛び回る安井ヘッドコーチは、今年は地元・鳥取で過ごしているが、WEB会議などで「国際大会のあるシーズンよりも忙しない」と明るく話す。

「こういう状況ですので、一日に何人もの代表選手からヒアリングをします。体調のこと、トレーニングのことなど、内容はいろいろですね。毎日の検温や、外出自粛、トレーニングは自宅でできるものをしっかり継続するように指示しています。ひとりの選手と1時間以上は話しをするし、協会スタッフなどとのWEB会議もあるので、時間はあっという間に過ぎてしまいます」

いまはピークを作らないようにと指示。

 10代から20代前半の若者が多い代表選手たちを預かる安井ヘッドコーチが重視しているのは、選手たちとのコミュニケーションだ。そのなかで、もっとも難しさを感じているのが、シーズンの見通しが立たないこと。

「選手たちは大会に向けてピークをつくることは慣れていても、ピークをつくらないことは不慣れ。そこが心配ですね。国内大会は日程を決められないし、国際大会はやるかもしれない。仮に今年は全大会が中止と決まれば、例年の短いオフシーズンでは取り組めない各選手ごとの課題を徹底的に強化することができます。しかし、現状では国内大会も国際大会も行われる可能性があるため、極端なことをするわけにはいかない。だから、いまはピークを作らないように指示を出しています」

 4月からのW杯ボルダリングは延期になっているなか、スポーツクライミングの国際統括団体のIFSCは、7月以降の大会スケジュールを5月に、8月以降の大会スケジュールについては6月にアナウンスするとことを公表している。

W杯、世界ユースの日程が流動的に。

 今季の国際大会の日程は、東京五輪が予定されていたことで、4月上旬から7月下旬までにW杯ボルダリング、W杯スピード、W杯リードのほとんどの大会が組み込まれていた。9月以降に開催予定だったのはW杯リード2大会とスピード1大会というイレギュラーな日程だったが、これが新型コロナウイルスの影響によってどう変わるのか。また、8月にはロシアで世界ユース選手権の開催が予定されているが、こちらも流動的な状況にある。

「IFSCの動向は探っていますが、蓋を開けてみるまでわからない。もしも、今シーズンの残りの大会を行うとなった場合、我々にとって一番の問題はW杯リードの代表と、世界ユース選手権の代表を決める大会を開催できていないことです」

安全が担保された時期、場所で育成を。

 3種目それぞれのW杯を戦う日本代表は、2月から3月に行われる3種目それぞれのジャパンカップの成績によって決まり、19歳以下の選手が出場する『世界ユース選手権』の場合は、例年なら3月と5月のユース年代対象大会の成績から選出される。

 今季の国際大会が開催される場合は、W杯リード代表と、世界ユース選手権の代表を決める大会を開催する必要性があるものの、こればかりは新型コロナウイルスの収束がなければ、大会開催の目処もつけようがない。

「仮に一気に収束に向かったとしても簡単に大会は開けないんですよね。大会開催は我々の強化委員会ではなく、競技運営委員会が仕切っているのですが、公共施設を借りるための多くの日が埋まっていて自由には選べない。一方で、ある程度は事前に選手たちに開催日を知らせる必要性はある。そのジレンマや難しさがあります」

 新型コロナウイルスが収束するに優ることはないが、安井ヘッドコーチは最悪の事態も見据えている。

「今年の国際大会がすべて中止になる可能性もあります。その場合には国際大会を目標にして頑張ってきた選手たちには、それに代わるものを提供したいと考えています。まだ私案に過ぎないのですが、健康への安全が担保された時期や場所で、育成の場を設けたいですね。

 幸い、日本代表はボルダリングなら世界上位の顔ぶれが揃っています。高いレベルで切磋琢磨しながら、それを若い選手たちが刺激にする。もちろん、こういう事態にならないのがベストですが、そういうことも想定しています」

日本代表選手が手にした白いカード。

 4月11日、日本山岳・スポーツクライミング協会は1本の動画を公開した。内容は日本代表選手たちが白いカードを手に持って、一日も早い収束を願うというもの。

 例年なら日本代表選手たちは、『スポーツ国際世界平和デー』の4月6日には、W杯ボルダリングの開幕戦の地・スイスで、「発展と平和」の願いの込められた白いカードを手に記念撮影をする。

 今年は叶わなかったなかでも、安井ヘッドコーチと代表選手たちのコミュニケーションから、「いまできることをやろう」と、動画のアイデアは生まれたという。

 すべては、全力でふたたびクライミングを楽しめる日に向けて――。

文=津金壱郎

photograph by AFLO