松岡修造がパラアスリートと真剣に向き合い、その人生を掘り下げていく「松岡修造のパラリンピック一直線!」。第11回目のゲストは車いすフェンシングで東京パラリンピック出場を目指している加納慎太郎さん。

 東京パラリンピックの代表選考試合は、この先も続く……。

「僕は本番に強いので。何か起こせると」

松岡「もう東京パラリンピックの内定はもらっているんですか」

加納「いや、まだなんです」

松岡「では位置としては今、どのくらいにいらっしゃるんでしょう」

加納「パラランキングで言うと、世界の13位です。自分の中では8位以内を目指していて、そこまで行けば本番も自信を持って臨めると思う。オレグコーチが言ったバカドリームじゃないですけど、自分を信じて戦いたいと思ってます」

松岡「そこまでいけばどんな番狂わせだって夢ではないと。たしかに、リオデジャネイロ五輪では太田雄貴さんが世界ランキング1位で臨んだけど、1回戦で負けてしまった。フェンシングは僕の中で、番狂わせが起きやすい競技というイメージがあります」

加納「そうですね。僕は本番に強いので。何か起こせると信じてます」

松岡「いきなり力強いコメントが出ましたね。なぜそう思えるんですか」

加納「ただそう信じているだけです。根拠はありません(笑)」

松岡「根拠のない自信ほど良いものはないですよ。それが生まれると言うことは、自分が勝つイメージがあるからこそだと思う。慎太郎さんの武器は? 他の選手より優っているところはどこですか」

加納「自分の武器は、他の選手よりも練習ができるところ。練習を楽しめることが一番じゃないかと思ってます」

松岡「これは責めているわけじゃありませんよ。楽しむとはどんな感覚でしょう」

加納「剣道と精通しているんですけど、小さいころから父親とキャッチボールをするように剣を振ってきたので、剣を持つと落ち着くというか、楽しめる感覚があるのが自分の強さかなと思うんですね」

「もちろん東京は目標の1つだし……」

松岡「慎太郎さんにとっての、フェンシングの面白さとは」

加納「相手の思考を読んだり、駆け引きをするのが楽しいです」

松岡「車いすが固定してあるから、相手との距離がすごく短い。その中でいかに戦術を読み合うか。そこで勝てる自信があるということですね。今日は『剣の道に導かれた』とか印象的な言葉も出てきました。慎太郎さんにとって、フェンシングとは?」

加納「うーん、それはまだわからないですね。わかっていたら答えが出せると思うんですけど、出てこないので。フェンシングというものが何なのか、まだそれを突き詰めている段階だと思います」

松岡「剣の道がまだ続くとして、今どのくらいを歩いていると」

加納「それもまだわからないです。もちろん東京は目標の1つだし、その先のパリ大会も視野に入っているけど、それも東京が終わらないと見えてこない気がするので」

「コーチには『学ぼうとすると学べない』と」

松岡「先ほどヤフーの方に伺ったんですけど、慎太郎さんは海外に1人で武者修行に出かけていると。それについても話を聞かせて下さい」

加納「アテネは何度か訪れてます。そこに前回のリオ大会で銀メダルを取らせたコーチがいて、その方と昨年の世界選手権で知り合ったんですね。僕が食事中に話しかけて『あなたのところで武者修行をさせて欲しい』と頼み込んだんですけど、やっぱりヨーロッパでのフェンシングの考え方や哲学に触れるのはすごく刺激になります」

松岡「この競技にはヨーロッパの騎士道哲学が流れているから、それを学ぶことに意味があると」

加納「ちょっと違って、コーチには『学ぼうとすると学べない』とよく言われます。『お前は日本で剣道をしてきたんだから、むしろその剣道をフェンシングに生かしなさい』と。『剣道の持ち味や日本の精神力をここに注げばいいんだ』とアドバイスされますね」

松岡「それは深い話ですね」

加納「日本人には日本人の良さがあるじゃないかと。大和魂や礼を学んで、それを車いすフェンシングに落とし込めば良いと言うことに気づかされて、海外に行って改めて日本の良さを学んだ気がしています」

「剣道をベースにした車いすフェンシングを目指して」

松岡「ということは、慎太郎さんのフェンシングには剣道のエッセンスが溶け込んでいるんですか」

加納「そうですね。剣道をベースにした車いすフェンシングを目指してます。礼に始まって礼に終わるのは一緒ですし、相手に対して敬意を払ったり、気持ちで負けてはいけないところも同じ。相手がいくら強くても、自分は勝てると信じて毎回戦ってます」

松岡「でも、世界へ行くとなかなか自分を信じ切れないじゃないですか。僕の経験からしても、世界は強いという思い込みがあるから。そういうのはないですか」

加納「僕の考え方は、負けないための練習をしたから、絶対に勝てると。たとえ前回、ボロ負けした相手でも、次は勝ってやるという気持ちでやってますし、このピストの上には支えてくれた人たちの思いも背負って乗っているので負けられないんです。気持ちで負けていたら、その方たちに対しても失礼ですから」

松岡「今、これを読んでいる読者の中には、どうしたらそんなに強くなれるんだろうと思っている方もいるはずなんです。そういった方へ、何かアドバイスを言えるとしたら」

「たとえ過去は変えられなくても……」

加納「そうですね、やっぱり自分の可能性を信じることが大切なのかなと。ありきたりな言葉なんですけど、それが一番大事なような気がします。僕もよく勘違いをするんですけど、たとえ勘違いでも自分を信じて一歩踏み出せば、状況は変わっていくと思うんですよ。この競技が好きなら挑戦したい気持ちも湧いてくるだろうし、競技に愛情があるなら情熱は自然と出てくるものだと思ってます」

松岡「バイクの事故に遭ってから、10年間は障がいを受容できなかった。でもいまはそうじゃない。もう悔やんだり、過去を振り返ることはないですか」

加納「そうですね、障がいを負って良かったとまでは思わないですけど、自分が挑戦することで未来は変えられると思っている。たとえ過去は変えられなくても、突き進んでいけば未来は良い方向に変えていけるんじゃないかなって」

「バカドリームを実現させたいですね」

松岡「東京パラリンピックという未来は、その目にどう映ってますか」

加納「応援して良かったと思われる選手にならないといけないですし、なにより自分自身が納得したい。もしかしたらそこで障がいを負って良かったと思えるかもしれないですし、この競技をまだ続けたいと思うかもしれない。とにかくみんなで感動を分かち合いたいです」

松岡「しかも東京ですからね。おそらく一生に一度の機会でしょうし、だからこそ僕もこんなに燃えていて、応援にすべてを捧げようと思っている。東京への思いはやはり特別ですか」

加納「バイクで事故をしたときは、まさかこんな未来が来るとは思いもしなかった。だから今も夢のような感じもするんですけど、実際に自分が挑戦できるわけですから、やれることはすべてやって東京にぶつけたい。最後まで自分を信じて、バカドリームを実現させたいですね」

松岡「見据える目標が何色のメダルなのかは敢えて聞きません。その夢が実現するように、僕も全力で応援していきます」

(構成:小堀隆司)

 *本取材は緊急事態宣言が出る以前に済ませたものとなります。

加納慎太郎(かのう・しんたろう)

1985年3月2日、福岡県生まれ。小学生のときに父の影響で剣道を始める。16歳の時にバイク事故で左足を切断。事故後も義足をつけて剣道を続けていたが、2013年、28歳のときに東京2020の開催が決定。パラ競技にはない剣道から、パラ競技種目であるフェンシングに転向することを決意し、練習を始める。'16年ヤフーに入社。SR推進統括本部スポーツ事業推進室に在籍しながら、東京パラリンピックを目指している。

文=松岡修造

photograph by Nanae Suzuki