ノルディック複合――読者のみなさんはこの種目をご存知だろうか。スキージャンプとクロスカントリースキー、2つの競技で競い合うノルディックスキーの花形種目であるノルディック複合。それぞれの競技で異なる能力を必要とするため、ヨーロッパではこの種目の王者は“キング・オブ・スキー”と賞賛される。(この「ノルディック/北欧の」のスキーとは別にアルプス地方で発達した滑降を主とする「アルペン・スキー」がある)。

 そんなノルディック複合には、有力な選手を輩出し続ける、いわば「名門校」が存在する。早稲田大学だ。今年で創部100年を迎える早大スキー部であるが、ここから多くのオリンピックメダリストが誕生しているところに名門校たる所以がある。

 例えば、1992年のアルベールビルオリンピック、続く'94年のリレハンメルオリンピックでの団体2連覇に貢献した河野孝典、荻原健司は2人とも早大出身である。特に荻原はW杯でも3年連続で優勝するなど、通算19勝を記録。輝かしい実績を残し、まさに“キング・オブ・スキー”として王者に君臨し続けた。

 近年では渡部暁斗(北野建設)が2014年のソチオリンピック、続く'18年の平昌オリンピックで銀メダルを獲得。2017-18シーズンには自身初となるW杯での総合優勝も経験するなど、トップランカーの1人として長く世界の最前線で戦っている。

 このように、日本のノルディック複合を引っ張ってきたのは、紛れもなく早大出身の選手たちなのである。

ノルディック複合に現れた新星。

 そんな早大スキー部から、新たにスターが誕生しようとしている。

 山本涼太、22歳。

 今春早大を卒業したばかりの彼は、2019-20シーズンのW杯において、個人戦で2度の9位を記録するなど総合20位をマーク。同9位でシーズンを終えた渡部に続き、1シーズンを通してW杯を回るのは初めてにもかかわらず、日本人で2番目となる成績を残しているのである。

「『負ける』が前提にあって、という……」

 昨2018-19シーズンにおいて、W杯の1つ下に位置するコンチネンタルカップで最高3位という成績を叩き出した山本は、シーズン途中、満を持してW杯へ挑むこととなった。徐々に結果が出てきたことで、少しずつ自信も芽生え始めていたという。とりあえず10番以内には入れるだろう――そんな考えでW杯に臨んだ山本だったが、結果は最高でも21位と厳しいものだった。

「自分が戦っていかなきゃいけない舞台は、そんなに甘いものじゃないな……」

 W杯を経験したことによって世界とのレベルの違いをはっきりと感じ取った山本は、素直に思いあがっていたことを認めざるを得なかったようだ。「勝てるだろう」という慢心が、間違いなくその敗因だったのだ。山本は世界のトップステージで戦うことによって、初めて自分の実力を俯瞰する機会を得たともいえる。

「だから、まずは挑戦者の気持ちでやろうと思っていました。自分は『負けるかもしれない』じゃなくて、『負ける』が前提にあって、という……。そこからどこまであがけるか、どこまで自分を出せるか、という方向に考え方を変えたことが、昨シーズンから大きく変わった部分だと思います」

渡部「お前はついていけるとでも思ったのか」

 もう1つ、山本の目を覚ますことになった象徴的なエピソードがある。

 1月12日、イタリアのバルディフィエメで行われた団体1回戦に、山本は渡部暁斗と共に「ジャパンI」のチームとして出場した。まずはジャンプで幸先よく首位に立ったジャパンIであったが、クロスカントリーで大きく順位を落とし、9位でレースを終えた……その直後のことだった。

「(団体戦が)初めてにもかかわらず暁斗さんと一緒に出させていただいたんですよね。緊張するじゃないですか。ジャンプは良かったのですが、(クロスカントリーで)走れなくて。(渡部に)迷惑をかけたと思って謝るじゃないですか。そしたら『なんで謝るんだ』って言われて」

「『結果は見えていたし、お前はついていけるとでも思ったのか』と言われた時に、確かに、って思って(笑)。

 現状を考えて、勝てるわけでもないですし。チームのことよりも、自分の最善を尽くすようにすべきなのじゃないかって」

 世界のトップを走る渡部からの「ダメ出し」を受けて、山本はよい順位を出すことよりも自らの「最善を尽くす」ことにフォーカスを置くようになったという。

まずクロスカントリーで「最善を尽くす」と……。

 元々、山本はジャンプを売りにしている一方、クロスカントリーは苦手としている選手でもあった。今シーズンのW杯で、ジャンプのみの総合成績では7位と一桁の順位を達成しているものの、クロスカントリーの成績に限れば41位という結果に沈んでいることからしても、己の弱点は明らかだった。

「まずはみんなについていく。(クロスカントリーのコースの)4周全部を頑張る」というスタンスで、前を走る選手たちに無我夢中で食らいついていくことにした。ただただ自分の体が限界に達するまで、集団についていくことだけを意識した。

 すると、少しずつではあるが成果が出るようになったという。

「まずはついていくところから、でした。でもシーズンの終盤には自分から仕掛けられるようになったり、すごく速い選手についていけるようになったので、クロスカントリーは徐々に良くなっていったと思います」

最終戦で掴んだ確かな手ごたえ。

 今シーズンは、得意とするジャンプでも着実な成長を見せることができたシーズンとなった。

 さかのぼること8カ月前、2019年の8月に行われた「サマーグランプリ」において、山本は予備飛躍ではあるもののジャンプで1位を獲得している。

 ところがこのような順調な成長を見せるジャンプにおいても、「(ジャンプにおける)いい感覚は全く分からない」というコメントをしたのである。そもそも、ジャンプで成績が出るようになったのは、ほんの2、3年前のこと。「これなら飛べる!」というような、確かな自信を得る前に良い成績が出てしまった、という思いがあるようだった。

 しかし、今年3月に行われたオスロでの最終戦において、山本はようやくある1つの感覚を掴むことに成功した。それは「冬のジャンプの感覚」と言うべきものであろうか――山本はこのように説明してくれた。

「夏場のジャンプ台と冬場のジャンプ台って、少し違うんですよ。冬の方が氷である分、アプローチが滑るんですよね。だから冬は(重心を)前に、つっかかった状態で入っていかないと(飛び出すタイミングが)遅れてしまうんですよ。でもその感覚が僕にはなくて。試しながらずーっとやってきて、やっと最終戦で『これだったら飛べるんだ』というのがわかりました」

 世界のトップ選手と違って山本は1年中冬の季節での練習ができるほど恵まれた環境にいるわけではない。夏の日本で必死に練習を重ねる山本には、冬のスポーツたるノルディック複合の世界には、まだまだ見えない壁があった、ということだ。

 そして、もう1つ意識したポイントがあった。

「『もう少しお尻を下げて、低い姿勢で滑らないといけない』というコーチとの共通の認識があったので、(お尻を)少し下げたんです」

 この2つを意識して飛んだジャンプは、シーズン初のヒルサイズを超えた大ジャンプとなり、自己最高に並ぶ2位という好成績を叩き出すことになった。依然としてクロスカントリーで順位は落としたものの、この試合の順位もこれまた自己最高タイの9位をマーク。確かな成長を示して、シーズンの最終戦を締めくくれることになった。

世界上位に同い年の選手たちが。

 その一方で、山本は「1戦1戦やるごとに、先が見えないような感じがして、すごく苦しかった」といった、決してポジティブではないコメントを吐露することもあった。

「(世界トップレベルの)どうやっても追いつけないだろうな、という差を感じてしまって。自分の中ではショックでした……」

 圧倒的な結果を残し総合優勝を達成したヤール・マグヌス・リーベル(ノルウェー)や、同3位のビンツェンツ・ガイガー(ドイツ)は山本と同じ22歳。特にリーベルに関しては「シーズン前から別格だろうな、とは思っていましたが……すごい差になっていて。『あれ、こんなに強かったっけ』っていうのが印象です」と語っているように、同級生に対して大きな後れを取ってしまった格好となったのである。

目標は「五輪で金メダルを取ること」。

 大いなる躍進と、さらなる世界の壁を意識した2019-20年シーズン。しっかりと世界の頂点を見据えた山本の目標は、「五輪で金メダルをとること」で変わらない。

 シーズンが始まる前には、2年後に迫った北京五輪ではメダルが狙えるだろうと想像していた山本。しかし今シーズンを振り返ると、「『五輪で金メダル』という目標に対する自分の実力が伴っていない」ことを痛感した1年だったようだ。

 少し目標値を下げたかのように「北京は『経験』だけで終わるのかなって思います」とコメントしたので、てっきり「なるほど、通過点としての北京なんだな」と思った次の瞬間、思いがけず強気な言葉が飛び出した。

「だから『経験』じゃなくて、どれだけ上の順位で終われるのか、そのためにはどうすればいいのかなって必死に考えている最中です」

 心の中に秘めている山本の熱い思い、いわば「野心」とでも言うべきものが、少し見えたような気がした。

 まだ山本涼太の物語は始まったばかりだ。22歳の若武者の挑戦から目が離せない。

文=山田流之介

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