毎年4月29日、東京の日本武道館で行われてきた全日本選手権は、柔道における伝統と格式ある大会である。

 1948年に始まり、以降、ほぼ欠かすことなく開催され、数々の名勝負が繰り広げられてきた。

 ロサンゼルス五輪無差別級金メダルの山下泰裕、ロサンゼルス、ソウル両五輪95kg超級金メダルの斉藤仁が3年続けて決勝でしのぎを削り、その後は小川直也が7度優勝を飾り、その後も篠原信一と井上康生、鈴木桂治らが活躍。

 昨年まで最重量級の五輪代表選考大会を兼ねていたこの大会は、無差別級で実施されていることも特徴だ。だから重量級の選手が中心とはいえ、軽い階級の選手が出場することもあった。

準決勝では巴投で技ありを奪った。

 そんな特色を持ち長い歴史を重ねてきた中で、思いがけない勝者が現れ、話題となった年がある。

 2012年の大会だ。

 優勝候補にあげられていたのは、前年に優勝していた鈴木、2010年の世界選手権無差別級でテディ・リネールを破り金メダルを獲得していた上川大樹、2010年全日本優勝の高橋和彦らだった。

 さらに世界選手権などで活躍してきた棟田康幸、高井洋平の両ベテランも健在。

 だが、大会は意外な様相を見せる。

 上川も高橋も準々決勝で敗退したのである。

 そんな中、好調を見せたのが加藤博剛であった。初戦となった2回戦で長尾翔太に巴投で一本、3回戦では香川義篤に袖釣込腰で一本勝ち。

 そして準々決勝では棟田を破ると、準決勝で百瀬優から巴投で技ありを奪って決勝に進出する。

40年ぶりに重量級以外の覇者が誕生。

 加藤は本来、90kg超級、つまり中量級の選手。それが2つ階級が上の100kg超級の実力者である棟田や百瀬を倒して勝ち上がったのである。

 1戦ごとに歓声は大きくなっていった。

 迎えた決勝は、準決勝で鈴木を破った石井竜太。鈴木が試合中に負傷したこともあったが、石井もまた、世界ジュニア選手権や国際大会に出場する有望な選手の1人だった。

 しかも193cm、135kgの恵まれた体格を誇る。120kgの百瀬に続き、加藤からすればはるかに大きな相手だった。

 だがひるまない。体格差をいかし圧力をかける石井に対し、果敢に技を仕掛ける。

 勝負が決まったのは1分29秒。石井が仕掛けた技を透かすと胸を合わせ、倒す。隅落で一本。実に40年ぶりの、重量級以外の覇者が誕生した瞬間だった。

国際大会では大きな成果はあげられないが……。

「夢じゃないかと思うくらいに興奮しています。周囲が強い選手ばかりだったので、勝たなくてはならないという気持ちで必死でした」

 加藤も高揚を隠せなかったが、場内の興奮こそ大きかった。階級にかかわらず一堂に会して競う大会ならではの出来事は、あらためて全日本選手権の持つ魅力を伝えるものであった。

 優勝した加藤は、しかし、国際大会ではその後も大きな成果をあげられずに過ごした。オリンピックや世界選手権代表にも縁がなかった。

 ただ、全日本選手権となると、無類の存在感を示してきた。とりわけ近年は常に上位の成績を残している。2017、2018年は3位。

 昨年は、将来を嘱望される191cm、165kgの斉藤立(斉藤仁の息子)や、先だっての国際大会でリネールを破った影浦心らを破り、準優勝。

自分より大柄な選手に対峙する独自のスタイル。

 国士舘高校の後輩の斉藤に勝ったあと、「先輩は偉大だろう。こんなことでめげるなよ」と声をかけたという加藤は、試合後、こう語った。

「今回、最年長(33歳)で出て、決勝まで行かせてもらって申し訳ないです」

 冗談まじりに笑顔を見せたが、「何だろう、加藤流って言うんですかね」と関係者が評するように、「大きい選手が相手だと楽しい」という思いとともに技の工夫やアレンジに力を注ぎ、自分より大柄な選手に対峙する独自のスタイルを築いたからこそだ。

 出場回数は11度、棟田が持つ15度の史上最多出場記録の更新も視野にある加藤は、以前、こんな話もしていた。

「やっぱり全日本は特別な大会です。場内を沸かせて、(全日本の)名物おじさんになりたいです」

 いや、もはや全日本選手権の「風物詩」とも言って差し支えない実績は十分残しているし、小よく大を制す、の柔道の醍醐味の一端も伝えてきた。

 残念ながら、新型コロナウイルス感染拡大の影響で今年は大会が史上初めて延期となった。

 でも、いずれ行われる全日本選手権へと目線は向けているはずだ。

 石垣島出身、千葉県警に勤務する加藤博剛の、再びの雄姿を楽しみにしたい。

文=松原孝臣

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