以前、取材で親しくなったある高校球児から、突然電話があった。

 なんだろう? と思って出たら、声を潜めるように、

「あのぅ……1つ訊いてもいいですか?」

 と言う。練習自粛中の過ごし方でも訊いてくるのかと思ったら、

「今年のドラフトって、どうなるんですか?」

 いつもなら快活な野球小僧が、言いにくそうにそれだけ言うと、黙ってしまった。

 ドラ1とは言わないまでも、本人がお願いしますと手を挙げれば、今年ぐらいの人材の濃さなら、3位……いや4位までには指名されそうな“腕”を持った高校生だ。

 取材したときには、「自分の中ではプロ一本です!」と威勢がよかったが、こういう状況になって先も見えづらくなり、進路にも迷いが生じていると言う。

 当然のことだろう。本人は何も悪いことしていないのに、本当に気の毒な話だ。

 いくつかの大学からもありがたいお話をいただいて、その中から1つに絞ったものの、そろそろ返事をしなければならない時期が近づいてきて、どうしたらよいのかとても困っているという。

 彼はどこからか、今年のドラフトがあるのか、ないのか……どうもそこから疑わしいと聞いたらしい。

試合がなければ、ドラフトもできない。

 4月25日現在、今年のプロ野球公式戦は、6月をメドに開幕が検討されていると報道されている。とはいえ、コロナ感染の収束具合によってはそこから変更もあり得るわけで、はっきりしない。

 通常「ドラフト」とは、シーズン終了直前に明らかになる「戦力外選手」の人数に合わせて、指名選手の人数が決まる。1球団の「支配下選手」の人数に70名という制約があるからだ。

 しかし、今季のように試合数が半数ほどに減ってしまったり、万が一公式戦が自粛にでもなってしまったら、戦力外通告は難しくなってしまう。プレーの機会が少なかったり、無くなってしまえば、球団も評価のしようがないからだ。

 そうなってくるとドラフトも、たとえば1球団3選手までとか、今季は見合わせとか、通常通りではなくなる。すでにメジャーリーグでは、具体的な検討に入っているとも聞いている。

「ドラフト」は、誰のためにあるか?

 ちょっと考えた。

「ドラフト」とは、誰のためにあるものなのか?

 プロ野球のためにも存するのだろうが、“主役”はむしろ指名される選手たちのほうであろう。

 プロ野球組織のほうは、コロナの様子を見ながら日程と形態を模索していくわけだが、選手たちはそれぞれの一生がかかっている。

 今のような「非常時」ほど、何を優先するのかが問われるが、ドラフトの場合、より優先されるのは「選手」であろう。

 彼らは、ドラフトで指名されたその日に、自分の進路を決するわけじゃない。そこからさかのぼること半年前の、春のちょうど今ごろに、まず最初の「決断」をする。

 不退転の「プロ一本」でいくのか、「進学・就職」なのか。進学・就職なら、「プロ待ち」はお願いできるのか、できないのか。

 かつては、「ドラフトで指名されなかったらウチに」というプロ待ちがいくらでもあったと聞いているが、今は大学も社会人も「受け入れ人数」にカッチリとした枠があって、プロ待ちがなかなか難しくなっているのが実情だ。

選手も、大学や社会人も悩んでいる。

「5月に入ったらプロか大学か決めなくちゃいけないんですけど、ドラフトがあるのかないのか、どうなるかわからないので決められなくて……」

 同じ戸惑いや迷い、悩みに悶々としている高校、大学の選手たちが、日本じゅうにたくさんいるはずだ。

 同様の悩みは、受け入れる側の大学、社会人の現場にも少なからずあるはずだ。

 だとすればプロ野球は、ドラフトについてもっとアマチュア野球界や選手に配慮があってよいのではないか。

 そもそもは、プロ側の事情と都合で、1965年に設定された制度である。

 ならば、いつも根底にアマチュア球児へのいたわりや気遣いがあってしかるべきで、とりわけ今季のような非常時なら、なおさらのことと考える。

悩んでいる選手たちこそが主役では。

 5月になれば、世界の大勢と我が国の現状に鑑みて、この先半年ぐらいの予定は立てる必要がある。ならば、まず優先して「2020ドラフト」の有無と、実施する場合はその形態を決めて伝えるのが、アマチュア球界に対するプロ側の配慮というものではないか。

 ペナントレース実施の発表を求めている人も、ファン、マスコミ、そして球団と関係者……とたくさんいるだろうが、その陰で、思いを言葉にして発信できないままに、人生の重要な岐路を目前にしながら、何も出来ずに悶々としている「立場の弱い者たち」が少なからずいることに、思いを馳せていただければ。

 たいへんなのは、プロ野球界だけじゃない。プロが苦悩していれば、アマチュア球界もまた、同様に混迷の日々を送っているのだ。

 そしてもっと忘れてはならないのは、今は「無言」の彼らこそが、近未来のプロ野球を背負って立つはずの貴重な人材たち……つまり、ドラフトの「主役」だということである。

文=安倍昌彦

photograph by Yuki Suenaga