『Sports Graphic Number』は創刊1000号を迎えました。それを記念してNumberWebでも執筆ライター陣に「私にとっての1番」を挙げてもらう企画を掲載しています! 今回は元『ワールドサッカーダイジェスト』編集長などを務め、現在はプレミアリーグ中継のコメンテイターでもおなじみの粕谷秀樹氏による、最も激しかったマンチェスターダービー回顧録です。

 2012年、プレミアリーグはまだマンチェスター・ユナイテッドの天下だった。

 トッテナムはレドリー・キングが引退し、ルカ・モドリッチはレアル・マドリーに移籍。アーセナルは組織の整備が遅れ、チェルシーはカウンターからポゼッションへの転換期。そして、リバプールは夜が明けていなかった。

 唯一、ユナイテッドに対応しうるのはローカルライバルのマンチェスター・シティだけだった。ダビド・シルバ、サミル・ナスリ、ヤヤ・トゥーレを軸とする中盤、マリオ・バロテッリ、カルロス・テベス、セルヒオ・アグエロを擁する前線は、プレミアリーグどころかヨーロッパでもトップクラスの破壊力だ。

 前シーズンも最終節の後半追加タイムに2ゴールを奪い、奇跡の逆転優勝。ユナイテッドのサー・アレックス・ファーガソン監督(当時)をして、「うるさい隣人」と言わしめるまでに成長していた。

香川らを補強したユナイテッドだが。

「ナメてもらっては困るんだよ」

 2012-13シーズンの開幕前、ユナイテッドのリオ・ファーディナンドは不機嫌だった。メディアの評価はシティが優勝候補最右翼。ユナイテッドは二番手グループのひとつ、という予想が多かったことに腹を立てていたのである。

 ファーディナンドの気持ちはよく分かる。ユナイテッドのキャプテンとして、下馬評でもシティを下回るなんて甘受できない。アーセナルからロビン・ファンペルシを、ドルトムントから香川真司を補強して攻撃力は倍増した。

 ウェイン・ルーニー、マイケル・キャリック、ダレン・フレッチャーも健在だ。ユナイテッドはシティを上回っている、とリオは自信を持っていたに違いない。

 しかし、39歳になるライアン・ギグス、38歳になるポール・スコールズの後継者が育っていなかった。アシュリー・ヤング、トム・クレバリー、アンデルソンでは力不足が過ぎる。したがって、選手層で上回るシティが優勝候補筆頭というメディアの見方は、決して的外れではなかった。

首位攻防戦のダービーを現地で。

 案の定、ユナイテッドは開幕からつまずいた。

 エバートンに0−1。また、6節のトッテナムを2−3で落とし、12節にはノリッチに0−1で敗れている。ただ、15節終了時点で12勝3敗。0ポイントに終わったのはこの3試合だけだ。

 総得点37はリーグトップの決定力であり、シティを9ゴールも上回り、なおかつ2ポイントのリードでリーグテーブルのテッペンに立っていた。

 こうして16節のマンチェスター・ダービーを迎える。首位攻防戦──。

「マンチェスター・ダービー、現地で解説しませんか」

 担当プロデューサーからの電話を、昨日のことのように覚えている。

 断る理由などあるはずがない。二つ返事でOKした。

 チャンピオンズリーグ、UEFAカップ(現ヨーロッパリーグ)、FAカップの決勝は現地から解説した経験があるが、マンチェスター・ダービーは話が別だ。遠足を間近に控えた子供のようにはしゃぎ、それでいていつもより日常生活に気を遣い、酒を控えた(と思う)。

異常なインテンシティ、喧嘩上等。

 体調は万全だ。用意されていた最上階の放送席には、イングランドの12月らしい寒風が突き刺さる。マフラーやダウンジャケット、携帯カイロなどで防寒対策を施していても厳しい環境だ。

 それでも高揚感が上回る。しかもキックオフ早々、ローカルダービーらしいギスギスしたファイトが繰り広げられ、エティハド・スタジアムが異様なムードに包まれていった。

 異常なインテンシティが連続する。両チームとも、ちょっとやそっとのチャージではバランスを崩さない。アントニオ・バレンシアとガエル・クリシがド迫力の1対1を演じた。凄んでみせたマリオ・バロテッリに、ファーディナンドが不敵な笑みで応じている。喧嘩上等の姿勢だ。

前半に畳みかけるユナイテッド。

 16分、ユナイテッドが先制する。

 自陣深めからパトリス・エブラ→ファンペルシ→ヤングとつなぎ、このボールを受けたルーニーがシティDFを引き連れながら右足を振った。当たり損ね……。しかし、運よくギャレス・バリーの股間を抜け、GKジョー・ハートのセーブをあざ笑うかのようなゆったりとしたスピードでゴール左隅に吸い込まれていった。

 29分、ユナイテッドがリードを広げる。

 ラファエウとの連携でシティの左サイドをえぐったバレンシアがクロス。ルーニーがダイレクトで撃つ。このとき、シティDFコロ・トゥーレの判断がほんの一瞬だけ遅れた。もし、バンサン・コンパニが健在であれば……。0−2とされる8分前、頼りになるキャプテンはコンディション不良により、自ら交代を申し出ていたのである。

 30分も立たないうちに2点のビハインドを背負うとは、シティのロベルト・マンチーニ監督も想定していなかったはずだ。

テベス投入とシティ大逆転の予感。

 52分、早くもカルロス・テベスを投入。交代を命じられたバロテッリは不満を露わにし、ベンチに帰らずロッカールームに姿を消したが、喧嘩上等のムードでは一発レッドのリスクが付きまとう男である。そして、この采配が奏功した。

 60分、シティが1点差に迫る。セルヒオ・アグエロのシュートはユナイテッドGKダビド・デヘアに阻まれたものの、セカンドボールを素早く回収したテベスがフリーのヤヤ・トゥーレにパス。グラウンダーの一撃が決まった。

 そして86分、ついにシティが追いついた。テベスの左CKをニアポストでバリーがバックヘッドでつなぐ。パブロ・サバレタがおよそ25mのミドルを突き刺した。

 シティが2点のビハインドを解消し、ユナイテッドはアドバンテージを失った。

 しかも、舞台はエティハド・スタジアムだ。ムードは暴力的なほどホームチームに傾いている。残り時間は少なかったものの、シティ大逆転のシチュエーションは整いつつあったのだが……。

ファンペルシの一撃と涼しい笑み。

 91分、ラファエウがシティ・ペナルティボックスの5mほど手前でテベスに倒された。FK。角度は45度くらいだろうか。壁は4人。ファンペルシがボールをセットした。

 彼の左足から放たれた一撃が、シティの壁をかすめながらファーポストのサイドネットに決まる。ディフレクトして角度が少し変わったのか、GKハートは一瞬、逆を突かれたかのようにも見えた。

 ルーニーが駆け寄る。ファーガソン監督はガッツポーズを繰り返す。ファーディナンドがシティサポーターを煽り、ファンペルシは、涼しい笑みを浮かべていた。

 シティとのダービーマッチは、1−6で敗れた2011-12シーズンの9節が頻繁にクローズアップされるが、ローカルダービーならではのギスギスしたムードは、2012-13シーズンの16節がはるかに上だ。

 競り合いで肘が顔面に入ろうが、背後から露骨に蹴られようが、戦士の心は決して折れない。超一流の成せる業。

 芸術的ともいうべき、見事な喧嘩だった。

文=粕谷秀樹

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