JリーグMVP受賞者を振り返ってみると――ここ数年、面白い傾向が浮かび上がってきた。

 昨季JリーグMVPに輝いたのは、横浜F・マリノスを15年ぶりのリーグ制覇に導いた仲川輝人(専修大)。そして直近4年間のJリーグMVPでも、'16年は中村憲剛(中央大→川崎フロンターレ)、'17年は小林悠(拓殖大→川崎)と、大卒選手の割合が格段に高まっている。

 ちなみに2015年までの受賞者のほとんどは外国籍選手と高卒選手で占められており、大卒選手は'98年の中山雅史と'01年の藤田俊哉(ともに筑波大→ジュビロ磐田など)の2人のみだ。

同世代が見た大学サッカーの意義。

 第一線で活躍している大卒選手も増えている。

 特にイタリアの名門インテルで長く活躍した長友佑都(ガラタサライ)は、大卒選手のアイコン的存在だ。明大サッカー部時代に中盤からサイドバックへコンバートされたことをきっかけにブレークし、Jリーグ、日本代表、そして海外移籍と順調にステップアップを果たした。

 また現役慶大生Jリーガーとして話題になった武藤嘉紀(ニューカッスル)はFC東京U-18を卒団する際、トップ昇格の打診を断って大学サッカーへ身を投じている。

 Jリーグにも田中駿汰(大阪体育大→札幌)や三笘薫(筑波大→川崎)など、大学在学時から五輪世代の代表に名を連ねていた有望株が数多くいる。

 近年では、高卒プロ入りと天秤にかけ、あえて大学進学を選ぶ選手も増えつつある。メリット、と一口に言ってしまうと味気ないが、大学サッカーで18歳から22歳の青年たちが得られるものは何なのか。これまで大学サッカーを取材してきた同じ大学生世代の1人として、改めて見つめ直してみたいと思う。

レギュラーなら年間約30試合。

 競技面における大学進学のメリットの1つに、実戦経験の積みやすさがある。

 プロの世界で高卒選手が即戦力として扱われるのはかなりハードルが高く、高卒1年目や2年目でレギュラークラスとして出場機会を得られる選手は決して多くない。多くの若手選手は、出場機会を求めて下部カテゴリへのレンタル移籍や、FC東京やガンバ大阪、セレッソ大阪のようにU-23チームを保有している場合はそこでのプレーを強いられる。

 一方、大学サッカーではどの選手にも平等に4年間という時間的制約が存在する。そのため、毎年強制的に選手の入れ替わりが起きるので、比較的出場機会を得やすい。

 ちなみに年間試合数は、地域ごとに多少のバラつきこそあるがリーグ戦が20試合前後ある。それに天皇杯地区予選や総理大臣杯予選などのトーナメント戦を加えると、どこの大学に属していてもレギュラークラスであれば少なくとも年間約30試合は実戦機会が確保される。

相馬勇紀は相手分析、練習メニューも。

 加えて大学サッカーでは、相手チームの分析から戦術の設定まで学生が主体となって行なうことが多い。

「僕たちは学生主体のサッカーだったので、相手の分析を始め多くのことを自分たちで話し合いながら決めていました」とは、現名古屋グランパスの相馬勇紀が早稲田大ア式蹴球部に在籍していた頃の言葉だ。

 相馬は早大時代、敵チームの分析と練習メニューの作成を担当する班に属しており、ミーティングや練習でチームメイトと日常的に議論を交わしていた。

 綿密なスカウティングで敵の弱点をあぶり出し、戦術のすり合わせを行なって実戦に向かうプロセスの経験が、サッカーへの理解を深めたことは容易に想像できる。

 早大だけでなく筑波大蹴球部もまた、学生だけでデータ分析から栄養管理まで様々な角度からチーム強化にあたっていることで知られている。

 監督やコーチから一方的に与えられた戦い方で試合をこなすのではなく、自分たちの頭で考えながら日々抽出される課題に取り組み、次の試合への糧とする。このように、試合に向かうまでのプロセスの濃度は、他の育成年代はおろかプロをも凌駕しうるものだ。

リハビリと並行して学生コーチ。

 無論、名門と呼ばれる大学でも全員がプロを目指しているわけではない。大学がサッカー人生最後の舞台とあらかじめ決めている部員もいれば、何らかの理由でプロを断念して一般企業への就職に切り替える部員もいる。同じ組織内に様々な背景や目的を持った部員が存在することも、大学サッカーを選ぶ魅力の1つだ。

 そして大学のサッカー部は、選手としての道を断念したとしても、自発的に動けば成長の糧が見つけられる場所でもある。

 現徳島ヴォルティスの武田太一と、FC東京U-18時代に2種登録された経験を持つ蓮川雄大。早大でチームメイトだったこの2人は、大学最終年だった昨季の前期リーグ戦でシーズン絶望の怪我を負い、思わぬ形で大学サッカー生活に幕を下ろすこととなった。

 それでも「怪我人という立場でも、今の厳しいチーム状況を変えるためにやれることをやらなければいけない」と、降格危機に瀕していた早大の状況を危惧した2人は、リハビリと並行してトップチームとセカンドチームそれぞれの学生コーチに就任した。良き相談相手としてチームメイトを支え、1部残留という結果をもたらした。

 ピッチに立てない時でも、組織のためにできることを探り続ける。彼らの強い当事者意識と自ら考えて動く習慣が、こういったピッチ外での行動に表れていた。

元Jリーガー外池監督の問いかけ。

 学生たちが主体的にチャレンジしやすい環境の醸成は、指導者によるところも大きい。

 現在早大ア式蹴球部で監督である外池大亮氏は現役時代は甲府などで活躍し、引退後はサラリーマンとして10年間企業に勤めた経歴を持つ。

 就任1年目で母校を関東大学リーグ優勝に導いた指揮官は常日頃から学生に対して、競技面だけではなく社会の一員として必要なことを問うように働きかけている。

 特に精力的に取り組んでいるのが、Twitterを使った発信。顔を突き合わせている時だけでなく、Twitterというオープンな空間でも学生たちと積極的に関わっており、自発的な行動を引き出すための動機作りや大学サッカーの意義の問いかけを行なっている。

理不尽な体育会系はとっくに終わり。

「ひとつひとつの行動や活動を自己完結させずにさらけ出し、世間の反応などの評価を導きだしてほしい。それは将来必要になってくるビジネス感覚などに紐づいていくことになります。

 昔は大学生にも社会人にもステレオタイプがあり、体育会系は理不尽なことも文句を言わずにやる、というのが必要な時代でした。でもその時代はとっくに終わり、体育会の新しい姿が生まれつつあります。なぜ大学でサッカーをするのか、この時間をどうやって次に生かすかを自分たちで考えて、最終的にサッカーをしてよかった、と思ってほしい。

 結果的にJリーガーになれなかったから今までやってきたことは全部無駄だった、と思ってしまうのは不幸ですし、サッカーの本質はそこではないと思います」(外池氏)

 行き先がプロであろうがなかろうが、サッカーをやめる時は必ずやってくる。「サッカーこそ自分の人生」と言い切れるキャリアは理想だが、それを実現できるのはほんの一握り。大半の選手にとってサッカーは、豊かな人生を送るための手段の1つに過ぎない。

サッカー以外の新しい武器を。

 高校年代までサッカー漬けだった選手たちにそのことを認識させ、サッカー以外の新たな武器を身につける時間を与える。大学での4年間には、そういった意味合いも含まれているのだろう。

「1人の人間として大きく成長できた」

 相馬を始め、大学生活を終えた選手たちは口を揃えてこう語る。

 4年間を通して彼らに共通して植え付けられたのは「サッカーだけをしていてはダメだ」という意識。サッカー選手である以前に社会の一員であることを自覚した上で、人として成熟するために新たな学びを求めなければならない。

 多種多様な人間が混在し、様々な価値観に触れることができる大学は、そんな学びを得るのにうってつけの環境である。

「人生の夏休み」と揶揄されても。

 大学生活は「人生の夏休み」と揶揄されることもあるが、勉学と部活動を両立させるのは容易ではない。限られた時間の中で自身のあるべき姿を問いかけ、答えを導き出し、実践に移す。

 常に自問自答を繰り返す濃密な4年間を過ごせば、若者はひと回りもふた回りも大きくなる。

 2020年の大学サッカーは、新型コロナウイルスの影響によってJリーグなどと同様、日程が大きくずれ込む状況となっている。

 それでも、学ぶべきことはピッチの外にも転がっている。そのことに気がついた瞬間、大学でサッカーをやることに大きな意味が生まれるはずだ。

文=森迫雄介

photograph by Kanae Ishiguro