新型コロナウイルスの全世界的な感染拡大、そして、2020東京オリンピックの延期。予想外の事態によって、私たちはいま、思いもよらなかった生活を余儀なくされています。

 4月上旬、私は周囲との連絡を最小限にとどめ、ほぼすべての時間を自宅で、家族とともに過ごしていました。ソーシャル・ディスタンスを保ちながらの日々の中で、自分自身と向き合う時間を持ち、さまざま考えをめぐらせていました。

 いま、僕たちには何ができるのだろうか――。

 明確な答えは、まだ見えてきていません。

 東日本大震災の時と異なるのは、選手活動そのものが、周りの人に、そして自分自身を感染させてしまう可能性をもたらすこと。アクションを起こすことにリスクが伴う。

 翼が奪われた、という表現が良いでしょうか。

 それでも現段階で言葉にできること、そして私たちが徐々に取り組み始めていることを、この場でお伝えできればと思います。

国際試合で恐れていた事態が……。

 まずは少し――その多くは他の競技の状況と相通じるところがあるはずですが――ここ数カ月のフェンシング界の動きを振り返ることにします。

 2020年2月。

 まだこの段階では、国際フェンシング連盟(FIE)の理事会でも、中国や一部での感染拡大への懸念は共有していたものの、事態はいずれ終息するだろう、と楽観視している人も多くいたように感じます。

 しかしご承知の通り、日を追うごとに事態は深刻の度を増していきます。

 私がFIEの選手委員となり、その後理事を務めるようになったここ7年ほどを振り返っても、ありえないほどのスピードで意思決定がされていきます。

 オリンピックの選考対象の国際試合、そして世界ジュニア選手権大会の中止発表が続々と決まっていきました。

 そして、トップの国際試合で、恐れていた事態が起きます。

 3月9日、男子エペGPブダペスト大会で山田優選手が優勝を果たしたのは嬉しいニュースでしたが、大会に参加した中国と韓国の選手がその後、新型コロナウイルスに感染していたことがわかったのです。

 そして3月12日、FIEは「今後30日間に開催される国際大会は全て延期する」と発表します。

 振り返れば、とても難しい判断だったことと思います。その時点ではまだ、東京五輪の延期は決まっていませんでしたし、五輪出場枠のほとんどが、あと数大会が終わった時点で決まる、というタイミングでもありました。

 それでも、大会延期という苦渋の決断をせざるをえませんでした。

選手たちにとっては、つらい自宅待機。

 私たち日本フェンシング協会も、対応に追われました。

 まず、海外遠征から帰国してくるナショナル・チームの選手たちに、「帰国後2週間の自宅待機」をお願いしなければなりませんでした。

 3月中旬の時点で、日本国内はまだ、今のような外出自粛に至っていませんでした。人々の自粛意識がゆるんだ、とされる3月20日からの3連休よりも前のタイミングです。そうした局面の中で、海外から帰ってきたのだからと「家にいてください、練習場は使用できません」と選手にお願いすることは、大変難しい話でした。

 政府からの要請でもなく、また雇用関係による命令でもなく、協会と選手という関係性の中でお願いするしかありません。選手たちにとっては、つらい自宅待機だったと思います。しかし、その2週間の待機期間を過ぎたころ、新型コロナの国内感染状況はより深刻な状況を迎えていました。練習は再開されることなく、東京五輪の延期が決まりました。

とにもかくにも新たなる一歩を踏み出した瞬間。

 かねてより私たち日本フェンシング協会は、アスリート・ファーストはもちろんのこと、彼らの将来についても思いをめぐらせ、サポートをしていく「アスリート・フューチャー・ファースト」を掲げてきました。

 選手たちが目標を失いかねない状況が訪れてしまったいま、協会として、彼らの未来のために何かできないだろうか……。

 そう考えた私は3月下旬、知人たちにメッセージを送りました。

「読まなくなった本を、選手たちに寄贈してくれないか」――。

 選手たちは練習もできず、さらに人にも会うことができない。そんな中で、図らずも生まれてしまった1人の時間を活用してできることの1つに、読書があります。本を通じて、自分自身の将来に向けて視野を広げることができるはずだ、と考えての声がけでした。

 ありがたいことに、皆さんからビジネス書を中心に1500冊を超える本がナショナルトレーニングセンターに集まり、選手たちに無料で貸し出すことができました。

 残念ながらその後、センターの使用が停止されてしまったので貸出しができなくなってしまいましたが、新型コロナウイルスの影響を受ける中、私たちがとにもかくにも新たなる一歩を踏み出した瞬間でした。

 そもそもこのプランは、新型コロナウイルスの流行以前に、福田佑輔強化本部長とも話し、考えていたものでした。「本に囲まれながら、選手たちがコミュニケーションをとれる環境をつくりたいね」と。

 いわゆる『三密』にひっかかるため、今は選手たちがそういった環境で集うことはできないのですが、考えを深めるには適した時間をそれぞれに過ごすことができています。

悩んでいるアスリートも多いはず……。

 多かれ少なかれどんな方もそうだと思うのですが、特に試合がなく満足に練習を行えない状況にあるアスリートはいま、「自分がやってきたことの意味は、いったい何だったのだろうか」と自らに問うている時間が多いと思います。

 そしてその自問自答の中で、これから必要とされるアスリートの未来像も、より明確になってきているはずです。

 競技成績だけでなく、自らがこれまで積み重ねてきたことをきちんと要素として分解し、分析し、培った能力や視点を、社会のニーズに合わせて世の中へ還元していける人。

 そんな人をこそ、すべてのアスリートが目指すべきではないか、と思います。

 もちろん、そのような存在になることは決して簡単ではありませんし、思い立ったからといって一朝一夕にたどり着ける像でもありません。

 たとえば日本フェンシング協会はこれまでも、選手に競技力向上はもちろんのこと、選手自身にプロデュース力、マーケティング力を身につけてもらおうと、各選手のユニフォームに、自分自身のスポンサーのロゴをつけることができる枠を設けてきました。その枠を引き受けてもらう方を探すべく、それぞれに『営業活動』を促す仕組みです。

 ほかにも、選手自らが主体的に情報を発信し、活動していくことを奨励するなかで、日本代表選手で構成されたアスリート委員会(選手会)が主体となった「フェンシングファン感謝祭」といったイベントも数多く開催されてきました。

 こうした選手ひとりひとりの姿勢は、何もアクションを起こさなかった頃よりは遥かに社会性を帯びています。しかし、これからはもっと、その内実が問われてきます。

 コロナ禍によって、たとえばスポンサーの方と改めて交渉をしなければならない局面もでてくるでしょう。誰かに頼ることなく、自分自身でSNSなどを活用し、活発に情報を、自分の考えを発信していくことも求められていきます。

 自らのありようを俯瞰して眺めた上で、あらためて社会のニーズを汲み取り、自身と突き合わせる中で、自分をきちんと世にPRする手段を見つけることができるのかどうか――今こそ、社会は自分に何を期待しているのかを、じっくり内省するチャンスなのだ、と発想を転換することが必要だと思います。

動画「ガチトレ!」をYouTubeで一般配信。

 頼もしいことに、選手たちは、早速いろいろ動き始めています。

 たとえば4月23日、選手たちは日頃行っているコアトレーニングの動画「ガチトレ!」をYouTubeで一般配信しました。結果、のべ1000人を超えるファンのみなさんに、パソコンやスマートフォンの画面を通じて選手と一緒にトレーニングをする疑似体験を提供しました。

 この取組みは、これまでクローズドだったもの=特にお見せするものではないと思っていたものをオープンにしてみた、ということです。でも、こうやってトライした結果、ファンの方々とのタッチポイントを増やすことができました。

 また、メジャーマイナー問わずスポーツの試合がなく、日々のスポーツニュースで報じるトピックスが不足しがちなメディアの皆さんにも、新しいニュース材料を提供し、結果としてフェンシングをPRすることにもつながっています。

 地道なことですが、こういったことを工夫して行っていくことはそのまま、日本フェンシング協会の「突け、心を。」というスローガンの実践につながっていくことでしょう。

アスリートとして生きることの意味。

 もう1つ、この期間に改めて、アスリートとして生きることの意味もじっくり考えています。

 今、このような世界が訪れてしまったことで、私たちアスリートは、単にスポーツが得意で、スポーツに取り組む者、といった存在に甘んじてはならない、と前にも増して思うようになりました。以前よりも、より明確な社会的な役割を担うべきではないか、と考えるようになっています。

 たとえば「STAY HOME」を訴えるにしても、政治家の方が言うよりも人気YouTuberだったり、あるいはサッカーの長友佑都選手のような著名アスリートが発した方が人々に届くことがあります。これは影響力があるかないかの問題でもありますが、実はこういった難局にこそ、スポーツ選手が日頃の鍛錬、幾多の敗北と勝利を経験する中で培ってきた精神力や前向きな姿勢を社会に還元していく好機ともいえます。

 今は、多くの人が我慢に我慢を重ねており、ストレスも溜まり、メンタルも不安定な状況にある方が多いはずです。でも、そういうときにアスリートは、呆れるほどポジティブであっていいと思うし、どこまでも前向きなメッセージを発し続けていい存在だと思うのです。

 外で思いっきり運動ができないお子さんも、突き抜けた前向きアスリートの姿を見て、憧れるかもしれない。今は直接会えなくても動画配信やさまざまなツールでコミュニケーションをとりながら一緒にトレーニングをすることもできます。

 そうやってつながることができれば、この難局を乗り越えたその先には、お子さんが憧れているそのアスリートの試合を、生で見られる日がやってくることでしょう。そしてアスリートは、これまで溜めに溜め込んだ情熱と技術をフルに発揮して、渾身のプレーを見せるはずです――それはきっと、双方にとって感動的な瞬間になると私は確信します。

 スポーツは、アスリートは、そのポジティブな力や姿勢を、さまざまな手段を通じて、今こそ人々に見せていくべきだと強く感じます。

ポスト・コロナ時代の「観戦」、そして「感動」。

 今、ポスト・コロナのことを少し記しました。

 いつの日か、すべてが元のように戻るのか、と言えば、そうではないでしょう。

 ポスト・コロナの時代において、「観戦」のあり方は一体、どんな変容を見せるか。

 私はこのテーマについても、考え続けています。

 ライブやエンターテインメントは現在、興行を軒並み自粛せざるをえない状況です。それが、小規模ながらでも徐々に開催が許される状況になってきたとき、何ができるのか。

 私たちはこれまでも、モーションキャプチャーとAR(拡張現実)技術を使って剣先の軌跡を可視化する「フェンシング・ビジュアライズド」の開発とアップグレードを、ライゾマティクスさんはじめ、さまざまな方と力を合わせて進めてきました。そして昨年12月の高円宮杯で、二度目の実践導入を行っています。

 今後はまず、この「フェンシング・ビジュアライズド」を低コスト化し、通常の大会でも導入できるような仕組みをつくっていかなくてはなりません。

 そして、これまでさまざまな角度から競技大会の枠組みを再構築し、より質の高いエンターテインメントを目指して進化を続けてきたさまざまな取り組みは、「ソーシャル・ディスタンス」ルールのもとに開かれるかもしれない今後の大会においても、他のスポーツとは違う価値と意義をもたらしてくれるはずです。

 ポスト・コロナ時代の「観戦」、そして「感動」。

 その方法を、毎日のように考え続けています。

競技を通じて培ってきたものを再確認しよう!

 最後に、先の見えない日々の中でモヤモヤとしている方に、私から心ばかりのメッセージをお伝えしたいと思っています。

 たとえば目に浮かぶのは、一生懸命に部活に打ち込んできたのに、引退を賭けた夏のインターハイが中止になってしまった、高校三年生の姿です。

 自分がこれまで過ごしてきた日々は一体何だったんだろう……。

 失意を感じている人も多いと思います。

 私もインターハイに成長機会をもらった1人の人間です。選手たちの気持ちは痛いほどよくわかります。

 しかし今こそ、考えてみてほしいのです。

 自分が競技を通じて培ってきたものは、決して試合の有無や、勝った負けたで左右されるものではないはずです。

 もっと大きなものを、あなたはこれまでの日々の中で、学んだことでしょう。

 今はそれを自分なりに考え、言語化することに取り組んでみてほしい、と思います。

 自分の経験を誰かに伝える能力は、大人になってからも必ず、あなたの力になってくれるはずです。

 実はこの力は、既に大人となってしまった私たちにとっても、とても大切なものです。

 ちなみに、もし私が今、高校生であったり、現役のアスリートだとしたら何をするかといえば、私は徹底して基礎的なトレーニング(特に下半身)をするだろうと思います。より長時間戦えるための体力、ベースを鍛えておく、ということです。

 今は、それぞれのベース(基礎)を強くすること。そのための時間を生きている、と思えばいい。

 それぞれに、それぞれの場所で、頑張っていきましょう。

(構成・宮田文久)

文=太田雄貴

photograph by FJE/Japanese Fencing Federation