3月29日、志村けんさんが新型コロナウイルス感染により70歳で亡くなったことは、日本中に大きな衝撃を与えた。筆者にとっても同様で、心に穴が開いたような状態が少なくとも数日は続いた。今でも時々、志村さんのことを思い出してネットで関連動画を探してしまう。

 ネット上で「親戚のおじさんが亡くなったように寂しい」と書かれたものを読み、本当にそんな感じだと思った。志村さんは筆者のような30〜40代の世代にとって、子供の頃にテレビの中でいつも笑いを届けてくれる愛すべき「変なおじさん」だった。

 現実世界の「親戚のおじさん」とは比べものにならないほど、(テレビ画面を通してだが)多くの時間を共有した人も多いだろう。超有名人で自分にとっては遠い存在にもかかわらず、多くの人が志村さんに親近感を感じたのは、笑いを通して過ごした時間の長さや優しい人柄が理由なのではないかと考えたりもした。

志村さんの死と、ジョンソン首相。

 志村さんの死と前後し、筆者が住む欧州に新型コロナの脅威を深く知らしめたのが英国のボリス・ジョンソン首相やチャールズ皇太子の感染だった。首相は3月27日に自身の感染を発表した際、ツイッターで動画メッセージを寄せた。

 症状は軽いとのことだったが、4月5日に入院。一時は容態が悪化して集中治療室に入った。それでも無事に退院でき、感染発表から1カ月後の4月27日には公務に復帰した。

 退院に際してツイッターに投稿した動画では、「ニュージーランド出身のジェニー、ポルトガル出身のルイス」などと自身の治療にあたった看護師らの名前を次々と挙げた。難しい言葉を多用せず、熱っぽく、語りかけるような話しぶりで何度も感謝の言葉を口にする姿は、見る者の胸を打った。

銀河系の礎となったレアル元会長が。

 見えないウイルスの牙はスポーツ界にも例外なく襲いかかっている。

 欧州サッカー界では各国がリーグを中断し、内部に感染者が出るクラブも少なくない。吉田麻也が所属するイタリアのサンプドリアでも選手の感染が発覚した。この記事を書いている4月29日時点ではオランダが今季のシーズン打ち切りを決め、フランスも再開を断念する方針。欧州サッカー連盟(UEFA)の意向を背景に他国は残り試合の消化を目指しているものの、先行きは明るくない。

 奪われた命もあった。

 スペイン1部リーグ、レアル・マドリーの元会長だった実業家のロレンソ・サンス氏。1995年から2000年まで会長を務め、国内リーグで1度、欧州チャンピオンズリーグでは1997〜98年の32シーズンぶり制覇を含む2度のタイトル獲得に成功した。

 クラブの財政難もあり、2000年の会長選でフロレンティーノ・ペレス氏に敗れた。その後、クラブはフィーゴ、ジダン、ロナウド、ベッカムら外国人のスター選手をかき集めた「銀河系軍団」で一時代を築くことになる。

 サンス氏は3月21日、マドリード市内の病院で息を引き取った。76歳だった。4日前の17日に入院したが、病状が悪化。感染の危険があるため家族は面会もできず、葬儀さえ許されなかったという。

 息子のロレンソ・ジュニア氏はツイッターにやり切れない思いをつづった。「こんな最期は父にふさわしくない。あれほど親切で勇敢で、ハードワークをいとわない人はいなかった」

ペップの母の死にライバルも哀悼。

 イングランド・プレミアリーグのマンチェスター・シティは4月6日、名将グアルディオラ監督が母のドロルス・サラ・カリオさんを新型コロナ感染で亡くしたと発表した。82歳だった。「ペップ」の愛称で知られる息子は3月、母国スペインの新型コロナ対策を支援するため、100万ユーロ(約1億1500万円)を寄付したばかりだった。

 訃報に接し、マンチェスター・シティのライバルであるマンチェスター・ユナイテッドや、バルセロナの宿敵レアルも、公式ツイッターで哀悼の意を表明した。

1966年W杯優勝メンバーも。

 元イングランド代表も犠牲になった1人だ。
 1960〜70年代にDFとして活躍したノーマン・ハンター氏。第2次世界大戦中の1943年10月に生まれ、電気技師になろうと15歳で学校を卒業したが、スカウトされてリーズに加入。18歳でトップチームデビューを果たした。

 強靱な足腰を誇ったセンターバック。果敢に相手のボールを奪う姿から、サポーターは“NORMAN BITES YER LEGS”(ノーマンはお前の足にかみつく)の脅し文句を記した旗で相手チームを「威嚇」した。

 ハンター氏は2度のリーグ優勝に貢献するなど、リーズの黄金時代をけん引した。移籍するまでの14年間で公式戦726試合に出場。クラブを象徴するレジェンドに敬意を表し、本拠地のレストランは「ノーマン・ハンター・スイート」と名付けられている。1966年にはワールドカップ(W杯)イングランド大会で代表入りし、出場機会はなかったものの優勝メンバーに名を連ねた。

 ハンター氏の死はリーズが発表した。ウイルス感染による入院から1週間ほど経った4月16日、クラブ公式サイトは「ノーマン、頑張って。みんながついています」と激励のメッセージを送った。だが、その思いが届くことはなく、翌日に帰らぬ人となった。76歳だった。

オリンピアン、NFLの伝説的選手。

 欧州最多の2万6000人以上が亡くなっているイタリアでは、元オリンピアンが命を落とした。1984年ロサンゼルス、88年ソウル両五輪の陸上男子800メートルに出場したドナト・サビア氏。五輪では2大会とも決勝に進み、5位と7位の成績を残している。

 サビア氏は4月8日、生まれ故郷のイタリア南部ポテンツァにある病院で56歳の若さで亡くなった。同国オリンピック委員会は悲しみの知らせとともに、新型コロナによる死は五輪のファイナリストとしては初めてのケースだと伝えた。

 世界で最も新型コロナ感染による死者が多い米国では、ナショナル・フットボールリーグ(NFL)のOBで、伝説的なキッカーとして知られるトム・デンプシー氏が73歳で亡くなった。感染後の合併症が原因という。生まれつき利き足の右つま先と右手の指が欠損していたが、ハンディーを物ともせず、1970年に決めた63ヤード(約58メートル)ものフィールドゴールはその後40年以上、最長記録として君臨し続けた。

心をむしばまれるアスリートたち。

 命を奪われないまでも、心をむしばまれるケースが出ている。

 国際プロサッカー選手会によると、鬱症状を訴える選手の割合が急増した。各国政府による外出規制が強まった3〜4月にかけ、欧米諸国を中心に1602人を調査したところ、男子は13%、女子は22%から鬱病と一致する症状の報告があったという。昨年12月〜今年1月に行った同様の調査では男子6%、女子11%で、ともに倍増していた。

 選手会の医師は「若い選手たちは(外出規制による)突然の社会的孤立やサッカーの中断、将来への不安に直面している」と述べ、社会全体が同様の問題を抱えている可能性を危惧。場合によっては信頼できる周囲の人や専門家に相談することを勧めている。

 徐々にではあるが、欧州各国は外出などの規制緩和に向けた動きを見せ始めている。それはスポーツ界も同様。背景には莫大なテレビ放映権料の存在がある。国際会計事務所KPMGの試算によると、欧州サッカーの5大リーグが打ち切られた場合、損失は計40億ユーロ(約4640億円)に上るという。

 だが、また感染が拡大すれば再び社会は停止し、スポーツイベントのさらなる中断は避けられない。選手や関係者の健康第一を前提に、各団体とも手探りで適切な再開のタイミングを模索している。

文=長谷部良太

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