クラブカラーであるオレンジのユニフォームやジャンパーを着込んだ数十人のサポーターが「橙市英雄 歓迎回家」(オレンジ色の町の英雄たちの帰還を歓迎する)、「武漢必勝」などの横断幕を掲げ、ヴィレッジ・ピープルの1979年のヒット曲「ゴー・ウエスト」の替え歌を合唱して迎える。

 スペイン人のホセ・ゴンサレス監督やコーチ陣、選手のひとりひとりに、花束が手渡される。やや緊張した面持ちの者、家族や知人の顔を見つけて破顔一笑する者……。

 4月18日夜、中国1部の武漢卓爾が武漢駅に帰り着いた。104日間という世界フットボール史上最長記録を大幅に更新した(であろう)長い長いプレシーズン合宿の、少なくとも“前半”を終えて。

コロナ禍に弄ばれた3カ月半。

 この3カ月半の間、チームは新型コロナウイルスに弄ばれ続けた。

 昨年12月に武漢で新型コロナウイルスが発見され、1月1日、その発生源とされる海鮮市場が閉鎖された。

 武漢卓爾は、1月2日から中旬まで広州で第一次合宿を張る。旧正月(春節)休みでいったんチームは解散し、1月29日から2月18日までスペイン南部で第二次合宿を行なう予定だった。

 1月23日、ウイルスの感染拡大を理由に、突如、武漢の町が封鎖される。選手たちの多くは、武漢に残した家族を気遣いながら、スペインへ向かう。

 チームは、マラガなどで練習を開始。近隣のプロチームと多くの練習試合をこなしてチームを強化する予定だったが、いろいろな障害に直面する。

 1月中旬以降に中国で感染が広がり、クラブはスペイン滞在を延長することを決めた。ところが3月以降、今度はスペインで感染が爆発的に拡大。中国よりむしろ危険な状態となり、3月16日に帰国する。

4月、ようやく本拠地に戻れた。

 そこからまず深センに入り、2週間の検疫期間を全うした。しかし、4月に入っても武漢は封鎖されたまま。やむなく広東省仏山へ移って第3次合宿を行なった。ようやく4月8日、武漢の封鎖が77日ぶりに解除され、本拠地へ戻ることが可能になった。

 武漢卓爾には日本のファンに馴染み深い選手がいる。2014年途中から'16年までアルビレックス新潟で、そして2017年に浦和レッズでプレーしたブラジル人FWラファエル・シルバ(28)である。

 新潟ではJ1残留に貢献。浦和ではJリーグでチーム2位の12得点をあげ、アジアCLで11試合に出場して9得点と大活躍。とりわけアルヒラル(サウジアラビア)との決勝の2試合ではチームの2得点を1人で叩き出し、優勝の立役者となった。

 そして、2018年1月、浦和に推定約9億5000万円の移籍金を残して武漢卓爾へ。2018年は23試合で22得点をあげて2部優勝と1部昇格に貢献し、昨年は15試合に出場して8得点をあげた。

 彼にはスペインから武漢へと帰れなかった時期に書面で取材をさせてもらったが、このタイミングで再びコメントをもらうことができた。

中国人選手は冷たい視線を……。

――武漢駅へ戻ってきたときの気持ちは?

「本当に長かったな、と思った。夜遅い時間だったのに、多くのサポーターが駅まで出迎えてくれて感激した。これまでの苦労が少し報われた気がした」

――異例の長さとなった合宿期間中、最もつらかったことは?

「いつ終わるのかわからない、という精神的な苦しさ。スペイン国内を転々として、中国に帰国してからも約1カ月間、武漢へ戻れなかったからね。夜、いろいろなことを考えて、眠れないこともあった」

――スペインで、中国のチームということで差別的な扱いを受けたことはあったか?

「僕はそうでもなかったけど、中国人選手はどこへ行っても冷たい視線を浴び、邪険にされることが少なくなかった。見ていて可哀そうだった」

相手は体を当てるのを嫌がった。

――スペイン合宿では、地元のチームと練習試合をしたのか?

「監督がスペイン南部の出身で、多くのクラブとコネがあったのに、プロチームはどこも相手にしてくれなかった。

 アマチュアクラブと3試合やったけど、相手選手は我々と体が当たるのを明らかに嫌がっていた。理想的な強化ができたとは言い難い」

――他の中国選手はどんな様子だったか?

「新型コロナウイルスで死亡した肉親や知人がいる選手が何人かいて、とても落ち込んでいた。全員、中国に残してきた妻子、両親、兄弟らのことをいつも心配していた」

――チームは、ウイルスの発生地を出発し、イタリアと並んで欧州で最も感染が広がったスペインに長期滞在し、またウイルス発生地へ戻ってきた。

「今年のプレシーズン合宿の予定を立てたとき、クラブ関係者はまさかこんなことが起きるとは夢にも思っていなかっただろう。

 誰のミスでもない。運命と考えるしかない」

クラブハウスでは全員、全身消毒。

――すでに武漢でのチーム練習は始まったのか?

「4月22日、クラブのトレーニングセンターで練習を再開した。クラブハウスに入るときは全員、全身を消毒する。感染を避けるため、最大限の注意を払っている」

――2月22日開幕の予定が延期されたリーグ戦の開幕への見通しは?

「6月末か7月初めに開幕する方向で準備が進められていると聞いた。早く安全な状況になって、またプレーをしたい。1年の約半分を準備に使うなんて、もちろんキャリアで初めて。でも、プロとしてクラブ、チーム、リーグの方針に従うしかない」

――武漢の町の様子は?

「まだあまり外出していないけれど、部分的に商店が営業を始めたりしているようだ。でも、ウイルスの脅威が完全に去ったわけじゃないから、住民は非常に警戒している。

 僕も、家とトレーニングセンターの往復と食料品の買い出し以外は、外出しない」

油断は禁物。最大限の警戒を。

――今季、どんなプレーをしたいと考えているか?

「気持ちを強く持ち、しっかり準備をして、自分にできる最高のプレーを見せたい。人的にも経済的にも大きな損害を被った武漢の人たちを少しでも励ますため、ベストを尽くす」

――日本も感染が拡大している。日本のファンへメッセージを。

「日本人は、元々、衛生観念が高く、以前から多くの人がマスクを着用していた。だから、これまでのところ他国に比べて犠牲者が少ないのだろう。

 でも、油断は絶対に禁物。最大限の警戒を続けてください。

 またいつの日か、みんなに会いたいと思っています」

 図らずも今シーズン、武漢卓爾は世界で最も大きな注目を集めるクラブのひとつとなった。運命に翻弄されたチームが、今季どのようなプレーを見せ、どのような成績を残すのか。

 このチームで3シーズン目を迎える元Jリーガー、ラファエル・シルバのプレーにも注目したい。

文=沢田啓明

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