フロリダ州が下したWWEへの「特別な扱い」が全米で議論になった。

 フロリダ州政府が、同州オーランドにパフォーマンスセンターを有する世界最大のプロレス団体WWEを「Essential Business=公益に欠かせない重要なビジネス」と位置付けたのである。

 これは、新型コロナウイルス(COVID-19)の猛威の中、市民生活に必需の食料品店や医療施設に次ぐ3つ目のカテゴリーに入るもので、それには全国的なプロスポーツ・エンターテインメントも含まれて、WWEもその恩恵を受けることになったのだ。

 WWEは4月4日、5日とパフォーマンスセンターから無観客で「レッスルマニア36」を2日間に渡って世界中に生配信した。

 ど派手な演出、アンダーテイカーとAJスタイルズのブルドーザーまで繰り出した「墓穴生き埋めマッチ」は映画のアクションシーンを見ているようだった。

 ジョン・シナとブレイ・ワイアットがしゃべり続ける肉体的な接触のほとんどない時空を超えた30分に及ぶ心理戦は、微妙なところまで英語をちゃんと理解できないと、文化の違いもあるので退屈なものにも映ったかもしれないが――。

プロレス興行は市民生活に必要不可欠!?

 WWEはフロリダ州が4月9日に出した決定(これは13日まで市民には公表されなかった)の後、金曜日の「SmackDown」と月曜日の「Raw」のライブ配信を再開した。もちろん、無観客という条件付きで、WWEの持ち物であるパフォーマンスセンターからの中継ではあるけれども。

 WWEは「SmackDown」を放送するFOXと年間約2億ドル、5年契約で約10億ドル(約1080億円)、「Raw」を放送するUSA Networkとも年間約2億6000万ドルで5年契約がある。

 とはいえ、NBA、MLB、PGA、NCAAといったすべてのスポーツイベントが中止あるいは開催をストップしている今、なぜWWEだけが? という疑問は当然だろう。

 フロリダ州知事のロン・デサンティスは「人々はコンテンツを欲しがっている。3月からコンテンツは極端に減っているから」と語っている。

 外出禁止令が出される中、人々が家で楽しめるコンテンツとしてWWEを必要不可欠なものにエントリーしたという理由づけである。ちょうど、新型コロナの感染者がフロリダではピークを迎えると予想されていた時期だった。

トランプ大統領とも特別な関係にあるWWE。

 WWEに対する政治的配慮も語られている。

 WWEのリンダ・マクマホンはトランプ政権誕生時には中小企業長官も務めたことがある。さらに、トランプ大統領はリンダの夫のビンス・マクマホン会長と仲がいいし、WWEのリングに上がったこともある。WWEからは過去にもトランプ陣営に多額の政治献金がなされたし、今回も1850万ドルの献金がなされて、5月1日から大統領選に向けてのフロリダ州でのテレビ広告料として使われることになっている。

 ともあれWWEは、外出制限によるイベント活動停止となる直前で、試合のライブ配信という権利を手にしたわけだ。ただ、週2回のライブ配信を実行するためには、映像スタッフを含めて、それなりの人がフロリダへの移動を繰り返すか、フロリダに留まるということになる。

 さらに、プロレスは最も肉体的に「濃厚接触」のリスクが高いもので、世界レスリング連合(UWW)も注意喚起している。

 WWEは試合ごとの施設の消毒を徹底することを条件にしたようだが、その時点で、すでに2人のスタッフが感染していて、これから先の感染をゼロにすることは難しいだろう。

 極端な例かもしれないが、これから時間が経って、さらに感染が進んで、もしレスラーの半数ほどが感染したら、新型コロナウイルスからカムバックしたレスラーとスタッフだけで試合を進める――ということも決して仮定の話ではなくなってくるのではないか。

巨額なマネーを生み出すWWEという団体。

 フロリダ州は4月18日に市民のストレス緩和に一部のビーチを解放し、5月からは経済を優先する形で、通常のビジネスの再開を容認した。

 4月末の時点で、新型コロナウイルスによるアメリカの感染者数は100万人を超え、死者は6万人以上になった。これはベトナム戦争での死者数を上回る数字である。ニューヨークほど悲惨ではないが、フロリダ州に限っても、感染者約3万3000人、死者は約1200人だ。

 WWEにとっては反対勢力である団体のAEWも、フロリダのジャクソンビルに本社ビルを構えトレーニングセンターもあるため、WWE向けに出された恩恵を同時にうけることになり、AEWも毎週水曜日のテレビマッチ「ダイナマイト」を配信し続けている。

 巨額なマネーを稼ぎ出すWWEは経済的に、フロリダ州にとっては米国の主要企業に匹敵する価値があるという評価だ。

 例えば、テキサス州ではガンやピストルの販売店が必要不可欠なビジネスであるのと同じように。

 ただ、自らの命を削って、感染者の救命に当たっている医療従事者と同列に近い扱いに対しては、「経済の回復」というテーマがあるにしても「馬鹿げている」「あきれてしまう」「市民の健康を考えていない」という声が多く挙がったのも事実である。

 では、日本のプロレスはどうなるのだろう。

あらゆるスポーツイベントが休止の今。

 禁止と自粛要請などの違いこそあれ、日本でプロレスがこのフロリダ州のように、社会的に特別な扱いを受けることはまずないのではないか。

 経済的規模が違うのもそうだが、日本ではスポーツ・エンターテインメントはそういう社会的な評価を与えられにくいという気がする。当然ながら、観客を入れての開催となると、プロ野球、Jリーグ、大相撲なども含めて日本でも当分の間は難しいだろう。

 国際サッカー連盟FIFAはワールドカップ予選を含む年内の公式戦の延期を示唆している。オランダ政府は、無観客を含むすべてのスポーツイベントを8月末まで禁止したことで、オランダ・リーグは早々と打ち切られた。フランス・リーグも今シーズンの中止を決めた。サッカーの母国、イングランド・プレミアリーグはウェンブリーなどの特定のスタジアムで、無観客を条件に残り試合の消化を模索している。そこに、例外的な扱いはない。

なんとか新たな一歩を踏み出したいが……。

 4月15日、日本のプロレスの各団体が集まって、元プロレスラーの馳浩衆議院議員にレスラーの休業補償などを含めた要望書を手渡したが、これから先は容易ではない。

 全日本プロレスは4月6日に、新木場1stRINGで無観客のインターネット配信による「What we can do now」をテーマに開催して以来、休止状態だったが、4月30日から収録試合の配信を始めた。ノアもいち早くインターネット配信用の試合の収録を行ってきたが、他団体は再開のメドがたっていない。新日本プロレスとなると、もう2カ月以上も試合を行っていないのである。

 日本全国に広げられた非常事態宣言は延長を余儀なくされた。それでも、感染の波は何度かにわたってやって来るであろうから、通常生活を続けているスウェーデンのように割り切らない限り、少なくても夏までは観客を入れての興行という形態をとることは難しいだろう。

 各団体はタイミングをみて、まずは無観客試合開催に踏み切らざるを得ない。

 最優先される健康と生命を考えるなら、何もしないのが一番だというのはわかっている。

 コロナと長く付き合わざるを得ないならば、知恵を絞って、どこかで一歩を踏み出さなければ他の企業と同じように、プロレス団体も機能しなくなる。

 待つことが可能な時間はそんなに長く残されてはいない。

文=原悦生

photograph by Essei Hara