僕の住むドイツ・フランクフルトは、新型コロナウイルスの流行により州から行動制限が課せられています。ただ、ブンデスリーガが中断した3月中旬の時期に比べると、その制限措置も次第に緩和されつつあります。

 これまではスーパーマーケットなどの食料品店や薬局、銀行、郵便局など限られた業種のみが営業を許可されていましたが、約2週間前からはレストラン、カフェ、バーなどの飲食店以外の小規模店舗で営業が再開されています。ちなみに、飲食店もテイクアウトのサービスは許可されているので、以前よりも街中に人の姿が見られるようになりました。

 ドイツ国内の情勢に沿って、ブンデスリーガもリーグ再開の道のりを模索してきました。そして、5月6日の政府会議で5月中の再開が承認されたことで、ドイツサッカーリーグ機構(DFL)は各クラブへ試合開催への準備を要請。16日からの再開が発表されました。

試合再開と選手の負担の大きさ。

 今回の決定で最も影響を受けるのは、おそらく選手だと思います。

 ブンデスリーガの各クラブはリーグ再開に備えてすでにトレーニングを行っていますが、ウイルス感染拡大防止のために少人数のグループに分かれ、対人プレーなどの接触機会を避ける練習内容に絞っている状況です。

 つまり、選手たちは中断期間に低下したコンディションの再構築を迫られたわけで、実戦でプロフェッショナルに相応しいプレーを見せるためには、その下地作りが必要となります。

 コンディションを取り戻すためには、少なくとも約2週間の準備が必要になるでしょう。5月6日の承認から11日後の5月16日にリーグが再開されるとなると、選手側の負担は大きいと言わざるを得ません。したがって、5月下旬の再開が望ましいと提言するクラブもあります。

 また、1部、2部ともリーグ戦9〜10試合を残すなか、すべてのゲームが無観客での実施が前提となります。なぜならば、ドイツ政府は先に国内での大型イベントを8月31日まで禁止する方針を発表しているからです。

ドイツでほぼなかった無観客試合。

 ドイツは各業種の見本市や展示会、いわゆる「メッセ」を数多く開催してきましたが、そのようなイベントも当然中止されており、世界的に有名な大型イベント、通常9月半ばから10月中旬に開催されるミュンヘンのオクトーバーフェストも中止が発表されています。したがって、多くの観客が訪れる可能性があるブンデスリーガのゲームも当然開催禁止の対象ですが、無観客での開催を条件に試合実施の承認を得る形となりました。

「無観客試合」

 この言葉を聞くと、何かペナルティ的措置のニュアンスが感じられてしまいますよね。例えば、ルールを犯したクラブに対してリーグや連盟が制裁の意味を込めて無観客試合に指定するケースはこれまでもありました。

 ちなみに1963年に創立されたブンデスリーガの歴史では、今年の3月11日に今回の新型コロナウイルス流行による影響で実施されたボルシア・メンヘングラッドバッハvs.1FCケルンの1試合のみです。

 つまり、ドイツのサッカーファン、サポーターの大半はブンデスリーガの無観客試合を体験したことがありません(UEFAチャンピオンズリーグやヨーロッパリーグのゲームではドイツ国内でも実施経験があります)。したがって実際に無観客で試合が行われた場合、どのような反応が起きるのかが気になります。

2014年、浦和vs.清水の無観客試合。

 僕自身は過去に2度、無観客試合を取材したことがあります。最初は一部の浦和レッズサポーターによる差別的横断幕掲示により、Jリーグ初の無観客試合となった2014年3月23日の浦和レッズvs.清水エスパルスでした。

 浦和と清水のゲームは浦和のホーム・埼玉スタジアム2002で実施されましたが、当日のスタジアム周辺は人の気配が感じられず、整然とした雰囲気を醸していました。

 試合2時間前にスタジアムに到着した浦和の全選手が、すぐさまピッチに整列し、当時キャプテンを務めていた阿部勇樹がチームを代表して差別撲滅に向けた宣誓を行いました。

 その後、いつもと同じく両チームの選手がピッチ内でウォーミングアップをしたのですが、観衆を盛り上げるような音楽は当然鳴らず、何万人もの人々が試合を心待ちにする、あの高揚感を得ることはできませんでした。

 耳に届くのは選手やコーチングスタッフが発するコーチングや掛け声などで、日本代表の国際AマッチやAFCチャンピオンズリーグなどのゲームで実施される、試合前日の公開練習といった趣を感じました。

原口「どうしても気持ちの部分で」

 当時、原口は無観客試合終了後に正直な思いを吐露しています。

「どうしても気持ちの部分で難しかった。やっぱりサポーターの力で突き動かされている部分が多いと感じました。(無観客試合は)やりにくいですよね、やっぱり。特に僕のような選手は力が出ない。ゴールしたことより、思い通りのプレーができなかったことに悔いが残ります。サポーターの後押しを受けられず力を出せなかった自らの未熟さも含めて」

 プロサッカー選手は、どんなシチュエーションでも全力を尽くして所属チームの勝利を目指さねばなりません。原口自身もその責任は十分に認知しているはずで、だからこそ、彼の言葉には真摯な思いが投影されているとも思いました。

 原口が証言した「サポーターの後押し」というものは抽象的な概念かもしれませんが、四方を囲まれる“舞台”の真ん中に立つ選手たちにとっては、ダイレクトに響くものなのかもしれません。

観衆が選手を見下ろす形の意味。

 元浦和レッズのプレーヤーで、現在はメディアで活躍する福田正博氏はこんな表現でプロサッカー選手の境遇を説明してくださいました。

「一部オペラなどは異なるけど、通常のコンサートやライブは舞台に上がるアーティストを観衆が見上げる形で鑑賞したり、応援したりしている。一方でスポーツは大抵、観衆が選手たちを上から見下ろす形で観ている。選手はいわば評価されているような意識になる。だから、そこで結果を出したとき、選手たちは心から『責任を果たせた』という充実感に満たされるのかもしれない」

 僕が取材したもう1つの無観客試合は、2016年2月21日。トルコ・シュペルリーガのブルサスポルvs.フェネルバフチェでした。

 このときはホームのブルサスポルサポーターがアウェーゲーム応援時にリーグ規定違反行為をしたため、ホームゲームの無観客試合実施を科せられたのですが、なんと前日まで有料試合か無観客試合かの可否が決定していませんでした。

細貝「僕自身も順応しなくては」

 その結果、当日のスタジアム周辺は多くのサポーターが詰めかけて大混乱。しかも僕はトルコでの取材経験が少なく、試合会場もブルサスポルが新設したホームスタジアムでの開催ということで、メディア入口さえ分からずに悪戦苦闘しました。

 ちなみにメディア受付前に立っていた警備員に「メディアだから入れてくれ」と言っても、「どう見てもお前は観光客じゃねーか」と言われて追い返されそうになり、仕方がないので当時ブルサスポルに所属していた細貝萌を通してクラブ関係者を呼び出してもらい、ようやく入場を許されたりもしました。

 細貝は、試合当日に無観客が決まったことについて、冷静に受け止めていました。

「致し方ないかなと。それを気にしても何かが変わるわけでもないですしね。その土地の人々や文化には違いがあるけど、それに触れて僕自身も順応していかなくてはならない。それもまた、サッカー選手として生きている自分にとって貴重な経験になるから」

 細貝の言葉には、新型コロナウイルスと向き合うひとつの示唆が含まれているようにも感じます。

ウイルス後のサッカーはどうなるか。

「僕自身も順応していかなくてはならない」

 現在、世界中で様々な専門家や識者がウイルスに関する見解を明らかにしています。

 なかでも「ウイルス前」と「ウイルス後」で人々の生活に変化が生じる事態は、深刻に捉えねばなりません。今後様々な経済活動が再開されて日常生活が戻っても、ソーシャルディスタンスの徹底など、これまでとは異なる不自由が生じるかもしれません。

 また人々のコミュニケーション手段も、遠隔の手法が用いられる機会が増える可能性があります。

「無観客試合」を経験すれば、原口も痛感した「サッカーの魅力」を改めて認識するのは当然でしょうが、それでも人々の健康を維持し、人生の楽しみのひとつでもあるスポーツを享受し続けるためには、どのように身を処すべきなのか――。

 ドイツ・ブンデスリーガの再開は、この先、世界のサッカー界が指針とする、ひとつのモデルケースになるのかもしれません。

文=島崎英純

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