新型コロナウイルスの影響により、史上初の中止となったセンバツ高校野球。発売中のNumber1002号の野球特集「今だからできること」では、出場予定だった高校にアンケート取材をお願いした。

「今回のセンバツでは、初めて『500球/週』の投球制限が適用されるはずだったが、どう対応しようと考えていたか?」

「高校生投手の育成方針は?」

 こんな「投手」にまつわるアンケートに28校のエース、監督が回答を寄せてくれた。

 そのなかで特に印象深い回答を寄せてくれたのが仙台育英だ。誌面ではその一部しか紹介できなかったため、須江航監督に電話で追加取材をしつつ、徹底した分業制を敷くその投手育成術に迫った。

決勝までの詳細なローテーション。

 センバツでの投手起用をどう考えているか? この質問に対する須江監督の回答は、驚くほど詳細だった。

「1回戦……エースの向坂優太郎で100〜120球程度。有利な試合展開ならば複数の投手でイニングを稼ぐ(初戦の難しさがあり、他の投手を見せたくない。次の試合まで最大で中4日と登板間隔があるため)。

 2回戦……笹倉世凪+阿部恋+伊藤樹または向坂(登板は順不同だが、交代の条件を設けた早めの継投)。

 準々決勝……笹倉と向坂以外の投手で勝ち切りたい。

 準決勝……向坂を中心とした総力戦(ここまで状態の良い投手を、ショートイニングで繋ぐことも視野に入れて)。

 決勝……向坂を中心とした総力戦(準決勝に近い継投を考えている)」

 とにかくリアルなシミュレーションである。どうしてここまで細かく考えられるのか?

 そしてここまで相手に手の内を見せていいものだろうか? 監督の須江に直接尋ねた。

普段から設定している「300球/週」。

「確かにそう思われますよね」

 こちらの疑問に同調しつつも、その狙いを解説してくれた。

「この起用は今後2度とないからです。センバツに関して言えば、代表校が決まった段階で決勝まで戦い方を想定していました。優勝できる力を持ったチームは、私の見立てだとおそらく8校から10校。そこを具体的にトーナメントに当てはめながら、『どう戦うか?』とシミュレーションしました。

 対戦相手に想定しているチームの得点能力や選手個々の力、公式戦の戦いなどで得たデータと、うちの戦力を照らし合わせた上でのベストな布陣だったのが、回答したローテーションでした」

 そもそも、須江にとって「500球/週」の投球制限は十分に許容範囲だった。仙台育英では、普段から投手に「約300球/週」を設定しているからである。

「短期間で多くの球数を投げることが良いとは考えていません」

 そこには、投手の「故障防止」といった、一般論の枠を越えた根拠が存在する。

60球を境にパフォーマンスが落ちる?

 須江が現在の投手起用に至ったのは、仙台育英の系列校である秀光中の監督を務めていた経験が大きい。

 軟式野球部の監督として2006年から指揮を執り、2014年にはチームを全国制覇へと導いた。実績を重ねる過程で、須江の観察眼も年々、研ぎ澄まされていった。そのひとつが、1試合における投手の球質の変化である。

「あくまで私の感覚での話なんですが」と謙遜するが、投手を見続ける上で導き出した法則があるのだという。

 それは、およそ60球を境に、徐々に球質が低下し、ボール球も増えてくるというのだ。

 7イニング制の中学軟式野球では、能力の高い投手であれば80球から100球で完投できる。しかし、60球からパフォーマンスが落ちると判断するなか、ひとりにマウンドを任せるのはリスクが高い。そう須江は考えたのだ。

投げ込み、走り込みでは解決しなかった。

「具体的に言うと、60球の目安を超えると20球ごとに小さな変化が見えるようになるんです。そこにはもちろん疲労も関係してきますから、投げ込みや走り込みなどで体力をつけさせればいいのか? と考えて試したこともあります。

 でも、あまり改善が見られませんでした。高校の監督になってからは、中学生より体ができているので目安を『80球』に上げましたが、それでも球数による変化は中学生に抱いた印象とほとんど同じです」

 継投を重視する須江が選手に求めるのは投球の質であり、自身も投手の適材適所をしっかり見極めている。

月の初めに1カ月分の登板予定を発表。

 シーズン中の仙台育英は、1週間のうち平日に1試合、土日は各2試合の計5試合の実戦を行うが、月初めに綿密なローテーションを組んでいる。

 例えば「〇〇選手は水曜日と土曜日の1試合目に先発で5イニング。日曜日の第2試合に2番手で3イニング」といった具合で登板日を指定する。継投は「1試合を3人以上」がベース。

 現チームの完投は、昨秋の東北大会準決勝の盛岡大付戦での、向坂の1試合のみである。それも、監督いわく「勝てばセンバツがほぼ当確となる大事な試合で継投を考えていたが、8回コールドだったため完投になった」という。

 須江自身は「何が何でも継投、というわけではないんですよ」と断りを入れるが、このような徹底したローテーションは、選手のパフォーマンスをもとに組み立てられている。

 平均球速からストライク率、変化球の精度などの個人的な要素から、被打率、被進塁率といった失点に結びつく項目まで詳細にデータ化。

 そこから、先発、ロングやショートリリーフと、その時期の結果を加味しながら、臨機応変に役割を振り分けていく。当然のことながら、実戦から算出されたこの数値が、ベンチ入りの重要な指標にもなる。

投げる試合に向けて調整できない選手は信頼できない。

 外観のみで論じると「管理野球」だろう。だが、須江の話を聞いていると、選手に自主性を促す上で欠かせないプロセスだとわかってくる。その観点からも専門家たちとの連携を深め、選手たちを守っているという。

 医師やトレーナー、運動機能の向上をサポートする理学療法士ら外部スタッフと、SNSなどのツールを活用しながら選手たちの情報、状態を共有。それを基に個人と定期的に面談をして、週、月単位で目標を設定し、チームで決められた練習以外のトレーニングをセルフプロデュースさせているのだという。

 選手は自分の登板日を知っている。結果も数値化され、課題も浮き彫りとなる。だからこそ、目指すべき道に迷いなく進める。

 須江が選手に望むのは、いわば“血の通った自主性”である。

「裏を返せば、自分が投げる試合や改善点がわかっているにもかかわらず、コンディショニングができないような選手を、私は信頼できませんから。現時点での実力を把握して、レベルアップに必要なトレーニングを自分で決めて実行に移すことが大事なんです。人から言われたことしかできない人間は、きっと野球以外でも苦労すると思うので」

選手の自己管理能力を信じ、全体練習は休止。

 新型コロナウイルスの影響で、4月12日から野球部は活動を休止している。緊急事態宣言が解除されるまでは全体練習を再開しないというが、須江は「今は底上げの期間ですから」と、選手の自己管理能力を信じる。

 今はまだ、夏の大会へ向けてのローテーションを決めてはいない。ただ、6月に入ってから方向性を定め、調整を進める――そういった算段はすでに付いている。

「3年生と2年生に関してはベースがわかっているので、そこまで気にしていません」

 綿密に、合理的に。仙台育英が築き上げた投手の陣形は、簡単に崩れそうにない。

文=田口元義

photograph by Hideki Sugiyama