Jリーガーと○○の二足のわらじ。

 ○○に当てはまるのは実業家だったり、学生だったり、はたまたYouTuberだったり、これまでもいろいろな選手がいた。

 J3に昇格したFC今治のディフェンダー、中野圭の○○にはクラブスタッフが入る。

 練習を終えると選手からFC今治のバックオフィススタッフに立場を変え、主にスポンサー回りの業務を担当する。試合のポスターを持ってスポンサー先に配るなど営業活動が中心だ。昨年から始め、Jリーグに昇格した今シーズンも続けるという。

 試合に出ていない選手なのかと言ったら、そうじゃない。

 32歳、チーム最古参となる6年目。昨年はケガによる出遅れもあって17試合の出場にとどまったが、左サイドバックとセンターバックの両方をこなす主力の1人だ。

 地元愛媛出身でもあり、「ずっとこのクラブにかかわっていきたい。一緒に成長していきたいので何かやれることはないか」とクラブの矢野将文社長に相談したところ「じゃあスタッフとしてやってみないか」と提案を受けたことがきっかけで、昨年からFC今治の社員となった。

現役選手が出向くので、パートナーも喜ぶ。

 スタッフとの掛け持ちにやりがいを感じながら、6月27日に決まったJ3開幕に向けて気持ちを高めている。Jリーガーとしても、バックオフィススタッフの1人としても。

 FC今治はスポンサーをパートナーと呼ぶ。

 元日本代表監督の岡田武史が会長を務めるFC今治のパートナーには、会長のネームバリューもあって大きな企業も名を連ねているが、地元の中小企業も多い。その数、実に300社以上にのぼる。

 中野の役割は主にFC今治のポスターを持って地元のパートナーを回ること。現役選手がわざわざ挨拶に出向いてくるわけだから、先方も喜んでくれる。

“どうなっとんじゃ”と厳しい意見も。

 足を運べば当然ながら試合の話になってくる。

「勝てない時期には激励の言葉がある一方で“どうなっとんじゃ”という厳しい意見をいただいたりします。直接言われることによって試合の結果に対する責任感が増すというところはありますね」

 パートナーからはクラブに対する要望や意見も聞く。その声をクラブに届けるとともに、多くのパートナーに支えられていることを現場の選手たちにもしっかり認識してもらうという“橋渡し役”も担っている。

 彼は行動の人だ。

 外回りの際に、パートナー関係ではない企業や店がポスターを貼ってくれていると、直接感謝の言葉を伝えるようにしている。

 次の営業につながるということもあるが、FC今治を応援してくれる輪が広がっていることを純粋に嬉しく思っているからだ。

“夢を持て”と“目に見えない資本”。

 中野には岡田イズムが流れている。

「岡田さんの話はたとえ同じ内容であっても、聞くたびに引き込まれるし、感じるものが違ってくるので不思議です。

 岡田さんからの言葉で大切にしているのが“夢を持て”。それと“目に見えない資本”。これからの世の中はそういうことが大事になってくるという岡田さんの考えに共感を覚えています」

 夢があるから二足のわらじも厭わない。

“目に見えない資本”とはFC今治の社外取締役を務める、多摩大学大学院の田坂広志名誉教授が提唱した言葉だ。

 共感、信頼、感動といった心の豊かさに目を向けたいとする岡田の思いがある。彼のバックオフィススタッフとしての行動もそこが規範となっている。

 ほかのチームメイトが全体練習後、個人トレーニングや体のケアなど自分の時間に充てるなか、中野は午後7時までスタッフ業務をこなす。外回りの後でPCに日報を書き込んで仕事は終了。

 自宅に戻って4歳、2歳のかわいい子供たちと家族団らんの時間を大切にして、翌朝また練習からスタートするという毎日だ。

大卒後、モンテディオ山形に入団。

 だが忙しい日々に充実を感じており、それがサッカーに活かされているのだと彼は言い切る。

「仕事をすることで、練習により集中できている感覚が僕のなかにはあります。限られた時間で、しっかりやらなければなりませんから。たまに練習中に、きょうはあの会社に行ってみようかなとか考えたりすることもありますけど(笑)」

 サッカー人としてずっと追いかけてきた夢があった。

 それはJリーグで活躍すること。

 松山市出身の中野は高知大を卒業後の2010年に、当時J1のモンテディオ山形に入団。2011年10月16日の柏レイソル戦でリーグデビューを果たした。残り10分での投入であったが、オーバーラップして攻撃で見せ場をつくった。しかし次のチャンスが訪れることはなく、3年で戦力外となった。

「1試合しか出ていないから、凄く覚えています。わずか10分でしたけど、楽しかったですね。いつかあの晴れやかな舞台に戻って、活躍したいという思いはずっと持ち続けてきたつもりです」

定時制高校の体育教師に就任。

 ただ、Jリーグは一度遠ざかる。JFLの佐川印刷で2年間プレーしてベストイレブンにも選ばれた。それなのに気持ちはセカンドキャリアのほうに傾いていた。

 大学時代に体育の教員免許を取得しており、高校時代の恩師から「そろそろ教師になることを考えるべきじゃないか」との言葉を受けた。愛媛は地元開催の国体を控えており、選手や指導者として活動するスポーツ専門員を募っていた。とはいえサッカーを続けたいとの思いは消えなかった。

 実は二足のわらじはここから始まった。

 2015年、岡田がオーナーを務めることになった当時四国リーグだったFC今治でプレーしながら県の職員として高校の部活を指導する生活を送ることを選んだ。翌年には採用試験に合格して定時制高校の体育教師に就任した。

 チームの午前練習が終わったら、午後1時には出勤。午後9時半まで授業をこなしてから夜遅くに帰宅という毎日を送る。

教師との両立は簡単ではなかった。

 彼はクラブの公式サイトにあるプロフィールに「尊敬する人」として妻を挙げている。サッカー選手と教師の両立は思った以上に大変で、子育ても妻任せになってしまったという。

 家族に対する感謝はモチベーションに変わった。心身ともに疲労を感じた日はあるものの、仕事のやりがいがサッカーにプラスに働くというのは新たな発見だった。

「定時制の生徒は働いている子が多い。同世代よりもちょっと大人なので、近い目線でコミュニケーションを取れましたし、自分のことをお兄ちゃん的な存在に見てくれました。試合も見にきてくれたりしましたから。

 教員の仕事は自分には不慣れなことが多く、両立は簡単ではなかったですけど、サッカーをするには良い影響が出たかなって思っています」

 教員との両立を図った3年間、中野は選手としても人間としても成長を遂げる。キャプテンマークを巻き、JFL選抜にも選ばれた。そして「ずっとこのクラブにかかわりたい」との新たな夢が芽生えたことで今度はバックオフィススタッフとの両立を決心する。

「パートナーへの取り組みを通して自分の仕事が、より会社の成長につながっている感触を得られているのがうれしいです。子供が起きているうちに帰れているので、それもありがたいですね」

目標は昇格1年で優勝してのJ2昇格。

 J3での戦いがようやく幕を開ける。

 FC今治は今季、エスパニョーラやグラナダの育成組織で指導経験を持つスペイン人のリュイス・プラナグマ・ラモス監督が就任。攻撃型のベースを発展させつつも、勝負に比重を置いたスタイルを構築しているという。

 開幕戦となるFC岐阜とのアウェーマッチ(27日)に向けて、チームの状態も上がっているようだ。

「これまではリードしている試合で無理に攻めて同点に追い付かれてしまうとか、引き分けで終われずに負けてしまうとか、少し不安定な戦い方がありました。そのところを(リュイス監督が)今はこういうときだからこう戦おうとか随分と整理されてきて、チームとして大人になっていってるのかなという感じは受けています」

 目標は昇格1年で優勝してのJ2昇格。そして、働きながらJリーガーとして上を目指すことは可能だと証明したいという思いもある。

「選手のうちからできること、やりたいことはあると思うし、両方やる相乗効果もあるはず。1人のサッカー選手として、1つの在り方を示すことができたらいいなと思います。そして何よりも今治にもっとサッカーを根づかせていきたいですね。週末にサッカーがあることが日常になるように。そのためにも結果を出して、J2に昇格したいですね」

 二足のわらじは、金のわらじとなりて――。

 根気強く、信じる道を歩んできたからこそ、夢に一歩ずつ向かっていく力強さが中野圭にはある。

文=二宮寿朗

photograph by FC Imabari