「サッカーのあるライフスタイル」

 バランススタイルがそのコンセプトを基軸にファッションを展開して10年。今や店舗は東京・千駄ヶ谷、表参道ヒルズ、名古屋、大阪、福岡に加え、2020年7月に、渋谷・MIYASHITA PARKにも新たに出店する予定だ。海外ブランドに加えD2Cブランドも展開するなど、サッカーとファッションを結び付けた独特の世界観に魅了され、大勢のファンに支持されるバランススタイルの「成長」の軌跡をたどる。

 高畠太志(現取締役)さんがバランススタイルの前身となるバランスマネジメントをスタートさせたのは、2009年9月である。当時は、本田圭佑のマネジメント業務が主だった。

「北京五輪前ぐらいから知人の紹介で知り合った本田選手をマネジメントしていました。その頃は、本田選手の知名度もそれほど高くありませんでしたが、南アフリカW杯に向けて、活躍しそうな予感があったので、マネジメントする会社を設立しました」

本田圭佑のゴールで全てが変わった。

 南アフリカW杯直前まで本田は中村俊輔の後塵を拝し、試合に出られるかどうか微妙な状況だった。だが、南アフリカW杯、初戦のカメルーン戦に出場した本田がゴールを決め、勝利に貢献すると世界が変わった。

「その1ゴールですべてが変わりました。電話やメールが鳴り止まなかったですね」

 本田は「サッカーで活躍してスターになりたい」と語っていた目標を達成。大会後、太志さんは取材の調整や広告折衝などの業務に忙殺された。間近で一夜でスターになった本田の姿を見て、太志さんは「成功」という言葉の意味を実感したという。

 本田との契約は、2012年に終了するが、入れ替わるようにセレッソ大阪の下部組織にいた侑加(現代表取締役)さんの兄(奥谷尚哉さん)の紹介でマネジメント契約した柿谷曜一朗がクローズアップされるようになった。ブラジルW杯が開催された2014年までは本田、柿谷という選手のマネジメント業務が事業の軸になっていた。

オンラインで高価格商品、という勝負。

 だが、本田がブレイクした中、今のファッションにつながる種を太志さんは蒔いていた。

「当時、本田選手がいたフェンロとCSKAモスクワ、そして日本代表のユニフォームの販売をしていました。そのオンラインストアを侑加が作ってくれたんです」

 侑加さんが作ったオンラインストアが事業の幅を広げていくことにつながる。

 イタリア発のガガミラノがその先鋒になった。本田がその時計を気に入ったことで、バランススタイルは日本総輸入元から卸売りを受け、当時、高価格帯商品は向いていないとされていたオンラインストアでの販売へ踏み出す。

「ユニフォームに加えて、選手が愛用している腕時計もサッカーという世界観が合うのではないかなと思い、オンラインストアで販売開始しました。著名人の愛用者も多かったことと重なり、非常に人気になりました」

「『サッカーが好きでファッションが好きなお客さんに、サッカー選手が愛用しているアイテムを提案して行こう!』と、次への展開が始まりました」(侑加さん)

前園、長友、香川が気に入った靴。

 つづいて、カルレス・プジョルの時計ブランドである「CP5」と日本総輸入元契約を締結。さらに「ジャンティバンティ」のバッグ、「アトンランティックスターズ」のスニーカーを取扱っていった。

「ジャンティバンティはバッグにナンバーやイニシャルをカスタマイズできるので、サッカーと相性いいなと思いました。実際に社長とお会いしてみると、同年齢でサッカーが大好きな方で、すぐに意気投合しました。アトランティックスターズのスニーカーは、知人が輸入を始めるということで、声をかけてくれたんです。それも縁だなって思ってスタートしたら前園(真聖)さんや長友(佑都)選手、香川(真司)選手などが愛用し、たちまち人気ブランドになりました」

洋服が最後だった理由。

 時計、バッグ、スニーカーときて、なぜアパレルに手を出さなかったのだろうか。

「オンラインストアの特性上、取扱いアイテムを時計やバッグなどのサイズがない商品に絞っていました」

 しかし、それぞれの商品の人気が出てくるにつれ、顧客から「洋服はやらないのですか」という声が大きくなっていった。

 その声に応えるように侑加さんは、インターネットやSNSを通じてサッカー選手の愛用しているアイテムというコンセプトを軸に「洋服」を探し始めた。

「サッカーが好きな人のファッションってあるんです。例えば、ジャストサイズのデニムに鍛え上げられた肉体が綺麗に見えるシルエットのTシャツなど。クリスティーノ・ロナウド選手のよく着ているスタイルです」

 侑加さんは兄がセレッソ大阪の下部組織で柿谷とプレーしていたことや、芸能人のフットサルチームでキャプテンを務めるなどサッカーに縁があったので、サッカー選手のファッションの傾向を把握していた。最初にインスタグラムで見つけたのは、スカルを花でデザインしたTシャツ(フォワードミラノ)だった。つづいて、イタリアのサングラスのおじさんのTシャツ(スぺンド)を見つけて販売した。これらは人気を博し、今もバランススタイルの定番アイテムになっている。

「選手が着て格好いいモノ」

 2014年、実店舗を千駄ヶ谷にオープンした。

 侑加さんは、当時を振り勝ってこう語る。

「初めての店舗は8坪の小さいお店でした。お客さんが3、4人程でいっぱいになる狭さで、フィッティングルームもありませんでした。でも、実店舗をオープンしたことにより、お客さんとの接点が増えました。その中でも一番の驚きは、『ディズニーランドとバランススタイルに行くために東京に来ました』と北海道や九州から訪れてくれた方がいたことです。こうしたお客さんの声が、もっといい店にしてもっと喜んでいただきたいという私達の動機になりました。

 翌2015年には、アイテムも海外からの仕入れに加え、国内のアパレル商社からブランドを仕入れ、本格的にアパレルをスタートさせた。オンラインストアもリニューアルし、メディア化して情報発信に力を入れた。アイテムは侑加さんが「選手が着ていて格好いいモノ」という狙いから尖ったアイテムを揃え、オンラインと実店舗にてサッカーのあるライフスタイルを表現した

昔から経営者になりたかった。

 2019年には、それまで共同代表だったが、侑加さんが代表取締役に就任した。太志さんは、侑加さんの覚悟を聞いて、取締役に退いた。

「僕は、ワクワク・ドキドキ・楽しい事を企画して、周りの人の喜んでいる顔を見る事にやりがいを感じます。でも、侑加は結果にこだわり、コミットする。やると決めたらとことんやり切る。フワフワしたところがなく、常にゴールを狙うイブラヒモビッチなんですよ(笑)。

 それにもともと彼女が、オンラインストアという1を作ってくれたことで今の事業ができました。この会社をもっと大きくしたい、社長として頑張りたいという強い思いを聞いたので、侑加に任せることにしました」

 侑加さんは、最初からそういう気持ちがあったという。

「昔から経営者になりたいと思っていました。同世代であり、幼なじみである柿谷選手が日本代表として世界で活躍していく姿はとても刺激的でした。大阪人の気質なのか成功したいという気持ちが強いんです(笑)。その気持ちは高校生活を過ごしたニューヨーク時代からありました。

 帰国して、オンラインストアを作ってユニフォームを販売した時、ビジネスの面白さと可能性を感じました。そこからビジネスに興味を持って、やるからには1番になりたいと思ってやってきました。その気持ちは、今も変わらず持ち続けています」

オランダ発の「BALR」との出会い。

 営業面でリードし、毎日のルーティンをこなしていく堅実派の侑加さんと企画や人脈を活かしてフットワーク軽く行動し、侑加さんを後方支援する太志さんは、互いを補完し合う強力なコンビになった。

 社名も2017年に「(株)バランスマネジメント」から「(株)バランススタイル」に変更。本格的にファッションで勝負するシステムが整うと大きなチャンスが訪れる。

「BALR.(ボーラー)」の展開だ。

 オランダ発のブランドだが、販売をスタートするまでに約3年の月日を要した。

 太志さんは、苦笑しながら回想する。

「ブランドの世界観とコンセプトがマッチしていたので、コンタクトしていましたが、先方からは連絡がありませんでした。それでもしつこくコンタクトをし続けたある日、突然、連絡がきたんです。オランダで彼らとコミュニケーションをとっているときに、『何回メールしたのか知っているか』と冗談で言ったら『えっ、何の話?』と言われて……。実は、彼らのメールは僕たちへの返答ではなく、ボーラー側からの新たなアプローチだったのです。つまり、相思相愛だったのですが、ちょっと時間がかかりましたね」

 侑加さんは、コンセプトとデザインの良さに可能性を感じたという。

「ボーラーは、元オランダ代表のサッカー選手3人が、サッカー選手のラグジュアリーなライフスタイルをコンセプトに立ち上げたブランドです。そのコンセプトは私たちと同じですし、サッカー好きなお客さんが絶対に共感すると思いました」

青森山田をサポート、今後は大学も。

 ボーラーはすでに欧州では人気のブランドで、マラドーナを始め、ネイマール、ハメス・ロドリゲス、マルセロなどスター選手が愛用していた。大きな可能性を秘めたブランドゆえ、侑加さんたちもマーケティングチームを結成して、ブランドの世界観を提示し、日本での展開をはじめた。

 サッカーを軸にしたブランドイメージを強烈に打ち出すことで個性が際立ち、サッカー選手はもちろん、他アスリートやアーティストにも浸透し、アッという間に人気に火がついた。

 アパレル事業は順調だが、さらに成長するために新たに取締役CFOに公認会計士の松岡真秀呂氏を招き、経理管理体制の強化を進めている。

 また、サッカー界への貢献活動の幅も広げている。青森山田高校サッカー部をサポートし、プレミアリーグを戦うユニフォームの背中にはバランススタイルのネームが入っている。今後は大学サッカー部までサポートを広げていく予定だ。

 2012年からサポートしている小学生の全国フットサル大会「EXILE CUP」を始め、U-12ジュニアサッカーワールドチャレンジや和倉ユースなどの大会にスポンサーとして協力し、サッカー界の未来を担う子供たちに還元している。その姿勢にバランススタイルのサッカーに対する真摯な姿勢と本気度が見える。

「広辞苑に掲載されるように(笑)」

「これから」について、侑加さんは言う。

「サッカーのあるライフスタイルは楽しい! ということをより多くのお客さんと共感し、楽しいことを創っていきたいですね。そうして、日本だけではなく、世界でも愛される存在になりたいです」

 一方、太志さんは、こう語る。

「『バランススタイル』という言葉が、サッカー選手のファッションスタイルを意味するくらいになりたいですね。広辞苑に掲載されるように(笑)」

 スタート時に一緒に立ちあがった本田は、成長して世界レベルのスター選手になった。それはバランススタイルにとって今も大きな刺激になっている。本田が歩んだ世界へ、サッカーをコミュニケーションにバランススタイルも1歩ずつ歩みを進めている。

文=佐藤俊

photograph by BALANCE STYLE INC