ほんとに、やっと……ようやく「野球の現場」が、私の前に開けてきた。

 数日前、たまたま所用で電話をくださった仙台市の七十七銀行・小河義英監督との話の中で、次の土曜はオープン戦と聞いた。恐る恐る、おじゃましてもよろしいでしょうかとお伺いを立てたところ、

「気をつけてくださるのなら……」

と、お許しをいただいて、それっ! とばかりに仙台に向かった。

 仙台の中心から、北へおよそ15キロ。富谷市のスポーツセンターの中にある七十七銀行野球場。

 よくある「市営球場」のような、見慣れているはずの景色なのに、このアウェー感はなんだ。

 いつもなら通い慣れた仕事場のように、スーッとグラウンドの中に入っていけるのに、何か少し躊躇するような場違いな感覚に陥るのは、「ブランク」というものなのか。

 4カ月ぶりに足を踏み入れる「野球の現場」は、記者として初めて訪れた取材の場のような、経験したことのない緊張感に襲われた。

 中から顔見知りのスカウトの方が声をかけてくださって、どれだけ助かったことか。

ドラフト候補が両チームに。

 4カ月ぶりの「出勤」は、思いがけず初心者モードで始まった。

 七十七銀行vs.東北公益文科大学。東北のチーム同士のオープン戦である。

 県をまたいでの移動が「まあ、いいですよ」という状況になったとはいえ、スポーツの現場はなおも用心深く、宿泊を伴う遠征はもうしばらく控えましょう、というムードもある。

 一見すると地味な顔合わせのオープン戦に、5球団ものスカウトが足を運んだのは、今秋のドラフトを視野に入れて奮闘する選手が両チームにいるからだ。

赤上優人、まだ伸びしろが大きい。

 東北公益文科大・赤上優人投手(4年・175cm72kg・右投右打・角館高)は、すでに150キロ台に乗せた速球に、スライダー、カーブ、チェンジアップ、フォークと多彩な変化球を交えて攻める力感十分の投球で、この秋のドラフト候補に挙げられる剛腕である。

 リリースのタイミングとボディバランスがきまった時のボールは、どの球種もオッと思わせる威力があるが、もったいないな……と思ったのは、全体にゾーンが高いので球数が多く、カウントを取り戻そうとするボールが甘くなるのを待ち構えられるパターンで走者を許し、失点していることだ。

 今年は、東北のチームも実戦経験が少なく、マウンドから打者に投げ込む感覚が思うように磨けない事情があって気の毒なのだが、早めに体を正面に向けてほぼ真上から投げ下ろす赤上投手のようなタイプは、高く抜けたり浮いたりしがち。ならばこそ一層、リリースの一瞬に丁寧さがあってよい。

 ただ「投げる」ではなく、リリースで指先で念入りにボールをぐいと押し込んで、「投げ込む」感覚を体感できれば。

 今のちょっと重たい投球テンポも、1分間4球ぐらいにテンポアップできればバックも守りやすくなるはずだ。

 東北公益文科大・赤上優人、本格的に投手を始めたのは大学に進んでからと聞いた。まだまだ伸びしろをいくつも持った投手だ。

お目当ては七十七銀行の湯浅翔太。

 その日の私のお目当ては、実は七十七銀行のほうにいた。

 遊撃手・湯浅翔太(23歳・180cm80kg・右投左打)。

 千葉の城西国際大でプレーしていた頃から、180cmを超す長身をきれいに使いこなせるショートだなぁ、と思いながら見ていた。

 城西国際大の佐藤清監督は、早稲田大学の野球部で私と同期だったこともあって、リーグ戦や練習に伺うことが何度もあった。

 大学4年時はプロ志望だったものの指名はなく、それでも仙台の七十七銀行に就職が決まったと聞いた時は「よかった!」と思ったものだ。

 レギュラーで使ってもらえそうだと思ったからだ。

手堅いセンター前にあわやホームラン。

 社会人1年目の昨季、都市対抗でもレギュラー遊撃手として堅実なプレーを見せた湯浅翔太。破綻のないプレーは学生時代からの持ち味だが、プロ志望を貫くなら型破りなプレーも見たいと思っていた。

 そしてこの日の湯浅翔太は、「バットマン」としてキラッと光った。

 プロ5球団がわざわざ足を運んだ第1のお目当ては、おそらくマウンドの赤上優人。その剛腕から、いきなりセンター前を2本。

 カットボールにタイミングを外されて空振りした直後、同じような小さな変化を今度は呼び込んで、逆らわずにボールが来たコースに打ち返したのが「1本目」。

「2本目」は、赤上投手が一塁牽制を3つ続け、真っすぐ以外投げにくい状況で、その真っすぐを狙い打つように再びセンター前へきれいなライナーで弾き返し、エンドランを決めてみせた。

 赤上がマウンドを降りてリリーフ投手の代わりばな、145キロクラスの内角速球をあわやライトポール弾に運んだひと振りは、両腕を見事にたたみ込みながらも“押し込み”を効かせたワザありのワンスイングだった。

24歳の遊撃手をプロが取る時。

 間違いなく力はある。それだけにもったいなさも感じた。

 これだけの技能を持ちながら、それらを「見せようとする意欲」が、さらにあれば……。

 たとえば、試合前のシートノックだ。

 実戦での守備機会は意外と少ないから、スカウトは必ずこの時間を注視している。

 湯浅翔太のフィールディングは上手い。軽やかに打球をさばいて、軽やかにポンと投げて……それで済ませてしまう。そこが、なんとももったいない。

 訊けば本人、「強肩」に絶対の自信を持っているという。

 ならば、たとえば併殺プレーの一塁送球など、ファーストミットが突き抜けるような猛烈なスローイングを見せつけて、ネット裏をビックリさせるのはどうか。

 24歳の遊撃手を、ただ上手いだけでプロはなかなか獲る決断をしない。それも相手が「銀行マン」じゃ、プロの方で遠慮してしまう。

 そこを乗り越えて新天地を求めるのなら、必要なのは相手の度肝を抜くような「意欲」と「殺気」だろう。

プロを目指すなら丸くなってはいけない。

 プロ1年目で24歳になるのだから、求められるのは「即一軍」の能力だ。上手いうえに、何かビックリさせてくれる要素がないと、プロの目は高校生のほうに移ってしまうのだ。

 バッティングだって、そうだ。

 ヒットになりそうもないボールは最初から追いかけず、ヒットになりそうなボールを逃さずしっかり捕まえる。その「打ち方」に文句はない。

 ワザありのセンター前2本に、あわや大アーチの一振りに四球が2つ。結果だけ見ると完璧にも見えるが、もしも熱くプロを望むのなら、最後の打席では「ムチャ振り」が見たかった。

 オレ、ほんとはこんなに振れるんですよ!

 そんな叫びが聞こえるような、タイミングピシャリのフルスイングを見たかった。

 結果は、たとえ内野フライでもよい。その舞い上がった打球の高さで、本人の意欲とヘッドスピードが伝わればよい。狂気と殺気を感じさせてほしかった。

 人の行動は歳を重ねるごとに丸くなっていくものだが、プロを目指す野球選手が同じでは、あまりにももったいない。

「最近は、弟がらみで……」

「最近は、ボク自身のことじゃなくて、弟がらみで取り上げられることが多くて……」

 だからどうだ、とまでは言わない。

 悔しいとか、腹立たしいとか、言えばいいのに。

 お察しの通り、読売ジャイアンツの新鋭内野手・湯浅大選手の兄上である。

「同じ内野手で兄弟なんですけど、背格好も、ユニフォーム姿も、プレースタイルも、ぜんぜん違うので、比べられても……」

 やっぱり最後まで言わなかった。

 その「……」のところに漂う、なにかピリピリッとしたもの。そこが、殺気に変ってくれば。

 もっと誉めてあげたいと思っていたのだが、結局は、口うるさい「お節介アドバイス」になってしまったようだ。

文=安倍昌彦

photograph by Hiroki Kubo