捕手はグラウンドでただ1人、チームメートの顔を見ながらプレーする。扇の要として全体を見渡し、投手の表情やマウンドでの立ち居振る舞い、野手のポジショニングを確認。グラウンドの指揮官とも言われている。

 野球を始めた小学3年生のときに「プロテクターが格好いい」という理由でキャッチャーを始めた。そこから捕手一筋の広島・會澤翼にとっても、今季見る景色はこれまでとは違う。

 コロナ禍で開幕したプロ野球シーズン、9日までスタンドには観客はいない。投手を鼓舞し、野手陣に冷静に指示を出す声が球場に響き渡る。

先発マスクはリーグトップの11試合。

 景色の変化は異例の環境だけが理由ではない。

 ここまで3試合未消化ながら、スタメンマスク11試合はセ・リーグでトップ(他5球団は阪神・梅野隆太郎10、DeNA・伊藤光8、ヤクルト・嶋基宏8、中日・木下拓哉8、巨人・大城卓三7)。投手同様、捕手も分業制を敷く球団が増えてきた中、広島は會澤のさらなる成長を信じている。

 今年から一軍担当となった倉義和バッテリーコーチが開幕前から「1週間すべてとは言わないけれど、ある程度はアツ(會澤)に出てもらうと思っている。正捕手だし、やってもらわないといけない選手だから」と出場増を明言していた。

 開幕から先発ローテーション6のうち、遠藤淳志を除く5投手と先発バッテリーを組む。開幕カード全3試合にスタメンフル出場はプロ入り初。開幕5試合目までフル出場を続け、その後もスタメン出場から途中交代は2度しかない。

昨季、初めて規定打席に到達。

 広島の正捕手となり、3連覇を経験した。昨年は侍ジャパンの1番手捕手として、世界の舞台で頂点に立った。今や球界を代表する捕手も、規定打席到達は昨季が初。肉体的な負担を考慮して、石原慶幸らと併用されるシーズンが続いた。

 プロ入りからケガとの付き合いだった。入団2年目の2008年に左肩を手術し、'12年8月には鼻骨骨折。正捕手をつかみかけた'14年9月には右太もも肉離れで戦列を離れた。'17年から続けるシーズンオフの護摩行も、そんな自分との決別を期したからだった。

 捕手というポジションは無傷ではいられない。投手が思いきり腕を振れるように身を挺して支える。昨季リーグ3位タイだった死球はここまで同最多の3個。シーズン中は体にあざがない時間の方が短い。一昨年、昨年も公表、公言はしなかったケガはある。

 主力の負傷離脱を避けるため、コンディションに細心の注意を払って休ませながらの起用もひとつだろう。だが、會澤が捕手としてまた一段階レベルを上げるためには、いつかは乗り越えなければいけない壁でもあった。

リード面の苦心が打撃に影響?

 歴史が物語る。近年でも古田敦也、谷繁元信、阿部慎之助と、名捕手と呼ばれた捕手たちはグラウンドに立ち続けてきた者ばかり。パ・リーグでは今年もソフトバンク・甲斐拓也や西武・森友哉はほぼ1人でスタメンマスクをかぶり続けている。捕手は試合に出続けることで見えてくる景色も変わってくる。

 もちろんプラスばかりではない。リード面の苦心が、昨季2割7分7厘だった打率が今季ここまで2割2分2厘となって表れている。3カードすべてに出場すれば、1人の打者と12打席ほど対戦するだけに、頭の中は配球のことで埋め尽くされているだろう。

「打てる捕手」と鳴らした會澤が今後、守備と打撃の両立をどうのように発揮していくのか。打率が低調な中でも今季初打点、2打点目は狙ったような遊ゴロのチーム打撃で挙げたものだった。

女房役と頼られ、兄貴と慕われ。

 新たな経験が視界を広げるとともに、自分の可能性も広げる。

 今の広島は大瀬良大地と鈴木誠也が投打の柱となっている。そんなチームを支える大黒柱が會澤だ。大瀬良はバッテリーを組む女房役としても頼りにし、鈴木誠は「今、一緒にやっていて普通のことですが、一緒に野球がしたい人」とチームスピリットを体現するアニキとして慕う。勝利への意識、チームを思う献身性、言葉と行動が伴う男気がチームメートからの信頼となっている。

 選手会長に就任した'18年は、伸びた襟足を刈り上げ、無精ひげも剃り上げた。ワイルドキャラから一転、チームの見本となるべく身なりから整えた。

 チームは3連覇を経て、まだ転換期にいる。

 再び昇るか、落ちるか――。

 勝ちパターンが確立されず、三塁のレギュラーも決まらず、連勝スタートから開幕12試合目に勝率5割を切った。戦力的な課題や戦術だけでなく、チームとしての成熟度を高めていかなければいけない。會澤が影響力を発揮する機会はまだ多くある。

 本人も自覚はしている。昨年まで務めた選手会長のポストは田中広輔に託しても「変わらずにやろうと思っている」と言っていた。今年は新会長に寄り添いながら、サポートしようとする姿が目立つ。

 先頭で引っ張ってきた役割から、今年は縁の下から支える役割。見える景色が変われば、また言動も変わる。32歳は、まだまだ成長できる。

文=前原淳

photograph by Hideki Sugiyama