7月1日、念願のプロ初勝利を飾ったオリックスの右腕・鈴木優は、ゆっくりと、喜びを噛みしめながら言った。

「6年かかってしまったんですけど、やっと、1勝できてほんとに嬉しいです」

 昨年の覇者・埼玉西武の強力打線を、堂々のピッチングで封じた。

 打者の手元で小さく変化するツーシームを軸に、140キロ台中盤のストレート、スライダー、フォークを駆使して相手を惑わす。西武の4番・山川穂高は、大きく縦に変化するスライダーにバットが空を切り、目を丸くした。

 4回の先頭・森友哉の打席の途中で右手をつってベンチに下がるアクシデントがあったが、すぐにマウンドに戻ると、森、山川を連続三振に仕留めた。

「手をつってからは、僕自身あまり投球内容を覚えていない。集中できてたんですかね」と振り返った。

 結果的に、5回無安打無失点7奪三振という圧巻の投球だった。6月26日に3イニングを投げてから中4日の登板だったため、5回でマウンドを降りたが、6回以降もリリーフ陣が完封リレーでつなぎ、6−0で勝利した。

スポーツ紙の一面に「都立の星」。

 都立高校から高卒でプロ入りした選手としては史上初の勝利。「都立の星」・鈴木は、翌日、スポーツ紙(日刊スポーツ)の関東版の一面を飾った。オリックスの選手が一面を飾るのは数年に一度のレアケースだという。

 しかも、鈴木がもたらしたこの勝利は、開幕から1勝9敗とどん底であえいでいたチームの連敗を7で止める貴重な白星だった。この試合以降のオリックスは、4勝1敗1分と好調に転じている。

 しかし鈴木は、試合後のヒーローインタビューでこう語った。

「僕は正直そんな、連敗止めてやろうっていう立場の選手でもないんで、もう開き直って、楽しんで投げようと思いました」

昨年まで一軍登板はわずか「3」。

 都立雪谷高校から2015年にドラフト9位で入団してから、昨年まで、一軍登板はわずか3試合。順風満帆ではなかったが、この6年間積み重ねてきたことのすべてが詰め込まれた1勝だった。

 以前の鈴木は、リリーフを任されていたこともあり、ストレートとスピードにこだわっていた印象があった。プロ3年目の4月に、ファームの試合で自己最速の150キロを計測した時、「150は目標だったので嬉しい」と満面の笑みで話していた。

「あの頃は、とりあえず自分自身の武器を作るために、まず150キロを出すことを第一に練習していました。ファームの投手コーチ陣とも話した上で、まずは力強いまっすぐを投げようと。当時はまっすぐにすごくこだわりを持って、まっすぐで抑えられるピッチャーになろうと思って取り組んでいました」

 しかしその後、鈴木の姿は変わっていった。課題だったコントロールを向上させ、今では、変化球や高低をフルに活かした配球で打者を抑える姿がある。

 150キロのストレートを手に入れても、それだけではプロの世界で生き残っていけないと痛感したからだ。

「じゃあ次の段階として何が必要だろう、ということで、変化球だったり配球だったりを積み上げていきました」

 もともと得意としていたスライダーやフォークの精度を上げ、4年目はファームで先発として安定した結果を残していた。

ベテラン捕手・山崎勝己の言葉。

 そうして手応えを感じていた鈴木に、さらなる気づきを与えたのが、ベテラン捕手の山崎勝己だった。

「勝己さんに受けてもらった時に、『1つひとつ(の球種)はいいけど、これだけでは、上ではまだちょっと無理やと思うわ』と率直に言ってもらって。『え、じゃあ何が僕に必要ですかね?』と聞いたら、『速い系のゾーンに投げ込める変化球が1つないと、厳しいわ』って。

 その頃、ファームでは普通に抑えていたんですけど、僕の中で『勝己さんが言うんだったら』というのがありました。このままでは、上に呼ばれることはあっても、上で勝ったり、抑え続けるのはちょっと厳しいのかなと。勝己さんに、しかもあの調子のいい時期に言われたからこそ、響いたんですよね」

もし150キロが出ていなかったら…。

 その年のオフ、鈴木は必死で新球種を習得した。一番得意としていたフォークをベースに試行錯誤を重ね、今のツーシームが生まれた。

「僕の中で感覚がよくて、シュート系にしたり、ちょっと落としたりというのができる」というそのツーシームは、初勝利を挙げた西武戦でも生命線として鈴木を支えた。

 150キロのストレートを目指したかつての努力も、もちろんムダではない。

「あれが土台になっているし、もし150キロが出ていなかったら、もう僕はプロの世界にいなかったかもしれない。結果的に『150キロ出ます』というのが1つ、僕のイメージのプラスになって、残してもらえたというところもあると思うので。すべてが、今につながっていると思います」と鈴木は語っていた。

ウィンターリーグでは対応力を磨く。

 昨オフに参加したプエルトリコのウィンターリーグもそうだ。

 食事や練習環境などが日本とはまったく違い、試合ですら予定通りの時間に始まらない。繊細だった鈴木は、そんな環境下で約2カ月間“対応力”を磨き、「自分がコントロールできないことを気にせず、自分ができること、目の前の1試合、1球に集中する」という考えに至った。

 その“対応力”がまさに活かされたのが、6月26日の今季初登板だった。その日は先発した山岡泰輔が初回に3球を投げたところで左脇腹に違和感を感じて降板。その日一軍登録されたばかりの鈴木がマウンドに上がった。

 約1年ぶりの一軍、しかも緊急登板。「去年までならガチガチになっていたと思う」という場面でも、地に足がつき、むしろワクワクしていた。

 初回を0に抑えてチームの窮地を救い、3回2失点と踏ん張ったことが次回の先発のチャンスにつながった。

 この6年のすべてを糧にして、開花の時を迎えた鈴木優。チームに浮上の火をつけた23歳は、まだまだ進化を続ける。

文=米虫紀子

photograph by Kyodo News