スクデットが決まった瞬間、ユベントスのサッリ監督はグラウンドで歓喜に飛び跳ねる選手たちの輪に加わろうとはせず、彼らに背を向け、一足先にロッカールームへ向かった。

 カメラの前で胴上げなんて恥ずかしくて真っ平だが、そのうちロッカーへ引き上げてくる選手たちを自ら迎えて、労ってやりたい。

 サッリは照れ屋の親分らしい気配りで1人ひとりとハイタッチし、ハグを交わした。

「ワシなんかと一緒にやって、それでも優勝できたんだから、おまえら、本当にすごいんじゃなあ」

 セリエAで9連覇という偉業を達成した選手たちへ漏らした感嘆の言葉は、タイトルの主役は彼らやクラブ組織で自分は脇役だという謙遜であり、“イタリア国内では無冠”という自身への批判への意趣返しでもある。

 クアドラドからスプレーで泡まみれにされても破顔一笑の指揮官は、大瓶の発泡ワインをラッパ飲みし、ようやく手にした勝利の一服に目を細めた。

疲労困憊のまま再開するCLへ。

 しかし、サッリ親分とイタリア王者のシーズンはまだ終わっていない。

 8月12日、ポルトガルで“CLファイナル8トーナメント”が開幕するからだ。

 ただし、その前にユーベはリヨンと一戦交える必要がある。

 欧州コロナ禍によって大会が中断される前の2月26日、敵地でのベスト16ラウンド1stレグをユベントスは0−1で落とした。

 5カ月以上を挟んで迎える今月7日の2戦目では、もちろん準々決勝への逆転突破を狙うが、セリエA全日程を1日に終えたばかりのユベントスは心身ともに疲労困憊だ。

 サッリ親分は、緊張の糸が切れたチームが直近の数試合でリラックスし過ぎていたことを認めた。ユーベは、らしからぬことに37節カリアリ戦と最終節のローマ戦で計5失点。連敗でカンピオナートを終えた。

気がかりなディバラのコンディション。

「(事実上の優勝決定戦となった34節)ラツィオ戦の後、もはや優勝は決まったという気になったもんだから、チーム全体で張りつめていた気持ちが緩んだ。一度抜けたコンセントを全員はめ直さにゃならん」

 リヨン戦に向け、サッリ親分は根性を入れ直すと強調しているが、何よりの気がかりはディバラのコンデイションだろう。

 6月中旬のリーグ戦再開以降、ユーベ攻撃陣の軸はディバラだった。絶対エースとして君臨するC・ロナウドが、再開後に5大リーグ屈指の10得点を決められたのも、サッリがベビーフェイスの10番をゴール脇のベストパートナーとして再生させたことが大きい。

 ディバラは、優勝を決めた先月26日の36節サンプドリア戦で太腿の筋肉異常を感知し前半で交代、その後の2試合を欠場した。

 回復を待つ親分は、カリアリ戦でロナウド/イグアイン/ベルナルデスキの3トップを試したものの、これがまるで機能しなかった。

“王様”ロナウドも意気軒昂。

 ディバラを起用できるか否かはリヨン戦の逆転突破はもちろん、その後のファイナル8トーナメント攻略に直結する。もちろん、リヨン戦にはロナウドも並々ならぬ意気込みで臨んでくるだろう。

 今季のセリエAでも31ゴールを記録して、欧州3大リーグ(イングランド、スペイン、イタリア)それぞれで50得点達成という偉業を成し遂げたが、インモービレ(ラツィオ)に競り負ける形でセリエA得点王を取り逃した。衰えることを知らないゴールへの渇望はCLに向けられる。

 また、今回のファイナル8トーナメントは母国ポルトガルにおける集中開催とあって、ロナウドは一層高いモチベーションで臨んでくるはずだ。

“王様”は過去の大会でも、大舞台になればなるほど勝負強さを発揮してきた。あらゆる指導者が頼りにしたくなるのも無理はない。

9連覇達成も色々と隙が多かった。

 果たして、ユベントスの今季セリエA優勝は、誰の功労によるものだろうか。

 9連覇目にあたる今季のタイトルは、過去8年と比べるといろいろ隙が多い。勝点83は連覇中最も少なく、7つも黒星を重ねた。

 得点数76は1位アタランタの98得点に遠く及ばないし、過去10年で最も多い43失点はインテルやラツィオに劣る。

 今年のユベントスは、無敗優勝や最多勝点記録「102」を打ち立てたコンテ時代や鉄壁の5連覇を成し遂げた名将アッレグリのチームとは明らかに違う。

 サッリ親分は矛盾に満ちたカンピオナートを送った。

 国内でどれだけ連覇を重ねても、欧州の頂点に手が届かない名門ユーベは、己の因習に囚われないサッカーと新しい指導者を求めた。

 リバプールがクロップを、マンチェスター・Cがグアルディオラをそれぞれのベンチに招いたように。

規律と堅守ではなく、生身のユーべ。

 だから、サッリ親分は本来練りに練った戦術的な機能美を前面に、観客を魅了しながら勝つために呼ばれたはずだった。だが、ユーベのロッカールームにいる選手たちの多くは、前任者アッレグリが評価していた者かフロント主導で集められたメンバーで、親分が理想とする4-3-3を実現するために集められた人材ではなかった。

“王様”ロナウドに「90分間ハイプレスをしろ」とは言えない。中盤の要にと期待した名手ピアニッチはすでに“完成品”で、「速いテンポの攻守トライアングルを仕切れ」と一から仕込むには歳をとりすぎていた。親分の望むパスワークは中盤が肝なのに、サッリのユーベはドーナツみたいに中盤がスカスカだった。

 時折インテルやラツィオとの直接対決で締まったゲームを見せることがあっても、今季の戦術は固まらず、前も後ろもつねに揺れていた。

 規律と堅守によって築かれたユベントスという名門は、“鉄”でできているはずだ。

 しかし、脆さと弱さをさらけ出し続けたサッリのチームを地元紙や識者は、良くも悪くも“人間くさい、生身のユーベ”と評した。

拍手もブーイングも。ナポリ流の愛。

 親分がユーベ1年目に残した言葉で忘れられないものがいくつかある。

「拍手するのも愛。ブーイングするのも愛。それがナポリ流の愛」

「リーグ戦のどこかでどうせ敗れるのなら、ナポリが相手でよかった」

 前者は入団会見で、古巣ナポリの人びとが敵となった自分にどう反応すると思うか、という質問に答えたもの。

 後者は1月に敵地サン・パオロで敗れた際に漏らし、ユベンティーノたちの顰蹙を買ったものだ。

 どちらも、まるで昭和の演歌か歌謡曲のフレーズのようで、古巣への並々ならぬ愛と憎悪がにじみ出ている。サッリ以外でこれほど人情味あふれるコメントを吐けるのは、ナポリのガットゥーゾ監督くらいのものだ。

理想を引っ込めて、したたかに。

 結局のところ、自らにスクデットをもたらした要素は、雇い主が集めたハイスペックの子分たちが備える個人能力の高さだったことをサッリは知っている。

 斬込隊長ディバラと業界でその名を知らぬ者なしの若頭ロナウドといった、圧倒的な“個”への依存を地元メディアに揶揄されても反論せず、優勝決定直後のインタビューで「スクデットは誰の手柄か」と問われた際は「このタイトルはクラブの功績だ。ガソリンをくれたのは会長だ」と涼しく応えた。

 サッリはヘビースモーカーで言葉遣いは乱暴だが、聡明だ。頭は切れる。

 実績と稼ぎが己の何倍もある子分たちの信頼を得て、ついてこさせるためには、まずは理想より結果を出して納得させなければならない。

 己の理想はひとまず引っ込め、フロントが用意した戦力を腐らすことなく、彼らの顔を立てながらタイトルを勝ち取ることを優先させて、雇い主の信頼も得る。

 サッリ親分はしたたかになったのだ。

リヨンの状態は想像以上によさげだが。

 8月7日、トリノに迎え撃つリヨンは、7月31日に行われた仏リーグカップの決勝戦でパリSGを相手に延長戦まで互角以上に渡り合い、PK戦の末に惜敗した。

 ガルシア監督は「ユーベはCLを制するに値するチーム。だが我々にも抗う自信はある」と手応えをつかんだようだ。

 対する指揮官サッリの関心は試合当日の天気だ。

「ちいと雨が降ってくれんかなあ。こう暑くてはやっとれん」

 冗談はさておき、と親分は続ける。

「この暑い夏場の試合で、0−1の劣勢からひっくり返そうというのだから、難しい試合になるじゃろ。リヨンのフィジカルの状態が思いのほかいいようだが、ワシらはフィジカルよりメンタルの復調に気合を入れねばならん。金曜の試合には、我らの持てる力すべてを注ぎ込む必要がある」

 スクデットは獲った。ビッグイヤーも獲ったる。

 この先、ユーベをワシ流の“サッリ一家”にするため、わしゃやるけえの。

 サッリ親分の目はもう笑っていない。

文=弓削高志

photograph by Getty Images