一度火がついた打線は止まらなかった。

 令和2年夏季広島県高等学校野球大会の準々決勝。武田高校は、甲子園出場春夏通算5回、そして山岡泰輔(オリックス)らを輩出している強豪・瀬戸内高校と対戦した。武田高校にとって県8強は2018年秋以来、夏の大会は初めての進出だったが、2回に4連打を含む5安打6得点、3回には7連打を含む9安打9得点を奪うなど、15−3で大勝。同校史上初となる4強入りを決めた。

 観戦に訪れた竹村豊子校長は「夢のようです」と呟いた。無理も無い。武田高校は私学ではあるものの、いわゆる「野球学校」ではないからだ。進学に力を入れた教育方針もあり、平日は夜間にも授業を行うため、野球部の全体練習はわずか50分。グラウンドはある程度広いが、他部との併用で内野ほどのスペースしか使えない日も多い。

 そんな環境の中でも、投手育成では成果を出してきた。

 昨年は最速152キロ右腕の谷岡楓太がオリックスから育成ドラフト2位指名を受け、初のプロ野球選手が誕生するという大きな実績を残し、すでに当コラムで紹介した右腕・久保田大斗(3年)が今年のドラフト候補に挙げられている。それゆえ、どうしても投手陣に脚光を浴びることが多かったが、視察した夏の大会では、打線の厚みが増していた。この夏の4試合だけで48得点を挙げているのだ。

目立ったのは重松マーティン春哉。

 プロ野球のスカウト陣が複数訪れる中、この日、目立ったのは2番を打つ右打者の重松マーティン春哉だ。

 体格は180センチ85キロ。3番を打つ中久保和洋らとともに特進コースの最上位クラスに所属。広島大学進学も視野に入れるほどの秀才だが、「できれば高卒でプロに行きたいです」と、日本高野連と日本野球機構(NPB)が共催する合同練習会にも参加する意向だという。

 第1打席は“なんでもない”ショートゴロで、あと一歩でセーフかという俊足を見せれば、第2打席では左中間を破る打球を放ち、またもや俊足を飛ばして一気に三塁に到達。さらに相手の送球が逸れたことを見逃さず、スッと立ち上がりホームへすぐにギアを上げて走り出し、ヘッドスライディングでホームに生還した(記録は三塁打と相手失策)。第3打席でも右中間への二塁打を放った。

6秒8→6秒2、急成長の秘密は?

 入学当時の50m走は6秒8と決して速くはなかったが、それが今や6秒2。巷では5秒台の俊足選手の名前が取り上げられることも珍しくないが、それはストップウォッチによる手動計測のものが多く、前述の入学時のタイムを含め武田高校では光電管で計測している精度の高いタイムに則したものだ。前述の第2打席でのベース1周は三塁で一度スライディングして止まったにもかかわらず16秒台だった。そのため普通に走っていれば14秒台の可能性もあり、これは高校生でもトップクラスだろう。

 その急成長の要因となったのは、ボックスジャンプやペンタゴンバーを使った瞬発系メニューやランニングドリルだ。武田高校では経験豊富な高島誠トレーナー監修のもとでさまざまなトレーニングメニューや器具を用意しており、重松もその中で課題を武器と言えるまでにした。

 また、自らの動きをフィードバックできるように、あらゆるメニューやプレーを録画している。重松は先輩であり、高校通算34本塁打を放った小野祥嗣(現・近大工学部)に打撃の助言を求めたという。「もっとボールを後ろで見たほうがいい」とのアドバイスをもとに、ボールを呼び込めるようになったことが打撃向上に繋がったようだ。

「時間が少ない分、(練習時は)今日は何をすべきかを決めてからグラウンドにいつも出ています」と重松が語るように、練習時間が短いからこそ「野球について考えること」は、どこよりも漠然とではなく鮮明にしており、時間も割いている。

平日はみっちり授業、雨天延期もあったが。

 それはコンディショニングでも同じだ。常日頃から睡眠と各選手それぞれに合った体重管理と栄養補給を大切にし、サプリメントやプロテインも使って野球に則した体作りをしてきた。そして、イレギュラーな形となっている代替大会でもそれが大いに生かされている。

 例年と違うのは大会上位に進んでも、緊急事態宣言下での休校期間があったことによる遅れから授業があることだ。岡嵜雄介監督は「月曜も50分×7時間の授業があります(笑)。拘束時間も長いし、クーラーで体を冷やさないようにもしないといけない」と難しさを語る。

 また、広島大会準々決勝はすべて8月1日に、尾道市のしまなみ球場で行われたため、第4試合だった瀬戸内と武田の試合が始まったのは18時すぎ。さらに1回裏が始まる直前に雷鳴により中断。雨も降り出しノーゲームになり、翌2日の12時半からに順延となった。

 それでも大勝を挙げたことで「選手たちが万全の準備をしているからこその結果です」と、普段から植え付けられている選手たちの高い意識に頼もしさを感じているようだ。

「新参者らしく思いきって」

 準決勝の相手はプロ注目の大型左腕である高井駿丞を擁する伝統校の広島商。打線も1番を打つ左の強打者・寺本聖一を筆頭に強力だ。

 加えて、岡嵜監督の母校でもあるが「僕はもう武田の人間なので、まったく意識はしません。“新参者”らしく思いきって戦います」と笑った。

 その先に甲子園こそ無いものの、4強に残るは高陽東、広陵、広島商と県内の高校野球を引っ張ってきたチームばかり。そんな名門を相手に、この週末の準決勝・決勝で新鋭・武田がどのように立ち向かっていくのか楽しみだ。

文=高木遊

photograph by Yu Takagi