ここ2週間、NumberWebの「週刊セパ好成績&珍記録まとめ」で取り上げた選手が、翌週大活躍するというめぐりあわせになっている。前々週、巨人ウィーラーを取り上げると翌週には週間の首位打者に。そして前週取り上げた楽天の涌井秀章が、5日のソフトバンク戦でもうちょっとでノーヒットノーランの1安打完封勝利を挙げたのだ。

 8回まで高谷裕亮と明石健志に四球を与えただけの無安打。9回は代打の松田宣浩を三振に打ち取るも、代打川島慶三に2ストライク2ボールから中前打を許した。

 筆者が涌井秀章をすごいと思ったのは、続く今宮健太、柳田悠岐を連続三振に切って取ったことだ。ノーヒットノーランの緊張が途切れて、冷静な気持ちのままマウンドに立ち続けられる投手はいないだろう。崩れ落ちそうになりながらも今宮、そしてリーグ最強打者ともいうべき柳田をともに空振り三振で退けた。あっぱれとしか言いようがない。

 それにしても惜しかった! もし川島に安打を許さなかったら、東北楽天ゴールデンイーグルス16シーズンの歴史で最初の「ノーヒットノーラン」だった。

 20勝投手の岩隈久志も田中将大も成し遂げていない大記録を、移籍1年目の34歳のベテランが達成していたはずなのだ。

楽天の1安打完封は通算4度目。

 涌井の完封勝利はこれで13回目。1安打完封は西武時代の2010年5月7日のソフトバンク戦以来、10年ぶり2回目。涌井はこれで防御率も1位に躍り出た。

 楽天投手の完封勝利は、2005年の創設以来これで57回目(コールドゲーム1試合含む)。今季は涌井が初めて。球団最多は、田中将大18回、続いて則本昂大11回、永井怜7回、岩隈久志4回の順となっている。1安打完封はこれで4回目である。

2009年8月5日 オリックス戦 
藤原紘通
9回1被安打2奪三振0与四球 自責点0

2014年8月15日 ロッテ戦 
則本昂大
9回1被安打9奪三振0与四球 自責点0

2018年5月12日 ロッテ戦 
則本昂大
9回1被安打9奪三振0与四球 自責点0

2020年8月5日 ソフトバンク戦 
涌井秀章
9回1被安打8奪三振2与四球 自責点0

楽天の年度別完封数を見てみると。

 藤原は新人で走者1人だけの準完全試合。しかし完封はキャリアでこの1度だけ。2014年の則本も準完全。エース則本が2度にわたってあと「1」にまで迫りながら達成できなかったノーヒットノーランを移籍1年目の涌井があわや達成、という感じだったのだ。

 則本昂大が、これに刺激されて「次は俺も!」となるか、といえば筆者はそうならないのでは、と考える。楽天の投手起用はここ数年、大きく変わっているのだ。

 以下、楽天の創設以来の完封勝利数である。

2005年 1(有銘兼久)
2006年 3(一場靖弘2、有銘兼久)
2007年 3(青山浩二、田中将大、朝井秀樹)
2008年 8(永井怜2、岩隈久志2、田中将大2、ドミンゴG.、片山博視)
2009年 6(田中将大3、永井怜2、藤原紘通)
2010年 3(岩隈久志、田中将大、永井怜)
2011年 9(田中将大6、永井怜2、岩隈久志)
2012年 5(田中将大3、釜田佳直、塩見貴洋)
2013年 2(田中将大2)
2014年 8(則本昂大7、辛島航)
2015年 1(則本昂大)
2016年 1(美馬学)
2017年 3(則本昂大2、美馬学)
2018年 2(則本昂大、岸孝之)
2019年 1(弓削隼人)
2020年 1(涌井秀章)

田中将大24勝の2013年完封数は……。

 2006年に2代目監督となった野村克也は楽天投手陣の基礎を作ったと言えよう。

 近鉄のエースだった岩隈久志を先発の柱に据え、その背中を追いかけるように田中将大が台頭する。野村監督の基本は「エースが試合を作る」ことだった。ブラウン監督を挟んで就任した星野仙一監督も先発の柱に田中を据えた。その田中は2011年に6完封を記録している。

 しかし空前の24勝0敗という大記録を樹立した2013年の田中はわずか2完封。この年は完封よりも多くの勝ち星を稼ぐことに重点を置いたのだ。

則本の完封数も減ってきている。

 田中の後継者というべき則本昂大は2014年には7完封を記録するが、2015年に監督が星野仙一から大久保博元に交代して以降、個人の完封は激減する。

 これは先発投手を軸とする投手起用から、先発−救援で勝利を目指す投手起用へとチームの方針がシフトしたことを意味する。昨年の完封勝利は新人の弓削隼人1人だけだった。

 1つには、当代屈指のパワーピッチャーである則本昂大の選手寿命を考えたという面があるだろう。2017年にはNPB記録の8試合連続2ケタ奪三振を達成した則本だが、酷使が続けば成績低下を招きかねない。

 事実、2019年に則本は故障で戦線離脱したが、エースをできるだけ長く活躍させることも考えているのだろう。一方でクローザー松井裕樹の成長も大きかった。

 今季から松井は先発に転向。その後釜となるクローザーの選定には苦労しているが、先発完投を理想とする野球から脱却し、救援投手に重きを置いているのは間違いないだろう。

「1安打完封」は表彰記録ではないが。

 8月5日の涌井も、早いイニングで安打を打たれていたら6回、7回あたりで降板していたのではないか。ノーヒットノーランという大記録がかかっていたからここまで投げさせたのだと思う。132球は今どきの感覚ではかなり多い球数でもある。

 NPBでは「1安打完封」は、表彰記録ではない。

 今季は7月3日に巨人の菅野智之、8月1日にソフトバンク石川柊太が記録しており、涌井は3人目だ。NPBがスタートしてから、この記録が通算何人目なのかはNPBは発表していない。

 一方で「記録の神様」宇佐美徹也さんによると、MLBでは「1安打試合」はノーヒットノーランとともに「Most Low Hit-Games」として表現し、それを記録するサイトも存在する(失点した完投試合もカウントされる)。

ノーラン・ライアンはなんと12回も。

 記録サイト「Baseball Almanac」によると剛腕ノーラン・ライアンはノーヒットノーラン7回に加え、1安打試合を12回も記録。火の玉投手ボブ・フェラーもノーヒットノーラン3回、1安打試合を12回マークしている。

 なお日本では金田正一は完全試合1回を含むノーヒットノーラン2回に加え、9回も1安打試合を記録している。

 楽天だけでなく、先発投手の完封自体がレアな記録になっている。つまり昨今のNPBで「1安打完封」は称賛に値する記録だ。だからこそ、NPBは新たな表彰記録に加えてみてもいいのではないか。

文=広尾晃

photograph by Kyodo News(L)/Kiichi Matsumoto(R)