いつもと変わらない、柔和な笑顔が、自信の表れだった。

 ヤンキース田中将大が8月1日、本拠地ヤンキースタジアムのマウンドに帰ってきた。レッドソックス相手に3回途中まで2失点(自責1)。事前の予定通り、メドとされた50球を超えた51球の試運転で今季のスタートを切った。

 ここまでフリー打撃登板などで調整してきたとはいえ、本格的な実戦登板は3月のオープン戦以来、約5カ月ぶり。打者との対戦感覚は「なくなってますよ」と笑う一方、速球は最速94マイル(151キロ)を計測するなど、力強さを感じさせる初登板だった。

「これからギャップを埋めていかないといけないですけど、その中で今持っているものは出せたと思う。ここから確実に上がっていくと思うので、1つずつステップを踏んでいければいいと思います」

打球直撃もその後は順調に回復。

 新型コロナウイルスの感染拡大で、公式戦開催が延期されただけでなく、不測のアクシデントで調整が大幅に遅れた。サマーキャンプが始まった直後の7月4日、実戦形式の練習に登板した際、ジアンカルロ・スタントンがはじき返した時速112マイル(約180キロ)の打球を頭部に受け、マウンド上で昏倒した。

 病院へ直行すると「軽い脳振とう」と診断され、その後は安静期間が必要となり、戦列離脱を余儀なくされた。それでも、その後は極めて順調に回復し、実質的には先発登板を1回飛ばすだけでローテーションに復帰した。

 とはいえ、突貫工事の急仕上げで無理に戻ったわけではない。通常のシーズンであれば、マイナーで数試合の実戦登板をこなし、徐々に球数を増やすプロセスをたどるはずだった。だが、マイナーリーグが中止となった今季は、それもままならない。復帰登板が50球限定の「試運転」になったのも今季ならではだった。

1勝の価値が倍増するシーズン。

 60試合の短期決戦。当初は、開幕から100%の状態で突き進む覚悟だった。ただ、自らがアクシデントに見舞われた以上、調整ペースを軌道修正するしかない。

 しかも、同地区内のみの対決で、さらにコロナ禍の影響で試合延期や日程変更が続出する事態。ベンチ入り枠が拡大した一方で、7イニング制のダブルヘッダーが増えることは確実視され、過去のセオリーや球界内の常識が、必ずしも通じるとは限らない。

「ただでさえ、調整不足の中、開幕したわけじゃないですか。投手の起用法、球数とか、新たなものが出てくるかもしれないですし、その中で自分ができることを見つけてチームに貢献できればいいと思っています」

 例年通りであれば、トレード期限として設定される7月31日までに大型トレードが続々と成立し、「勝ち組」と「負け組」の色分けが顕著となるはずだった。ところが、今季は102試合を消化して、全30球団が勝率5割で並んで開幕した状態。しかも、ポストシーズン出場枠が各リーグ5チームから8チームに拡大されたことで、最終戦までもつれ込む可能性は高い。

 裏を返せば、1勝の価値が倍増し、消化試合は激減する。どのチームにもチャンスがあり、気が抜けない戦いは続く。

力まず、本来の投球スタイルで。

 ただ、調整途上の田中は、目先の試合だけを見ているわけではない。

「マウンドに上がったら自分の投球をするだけ。1試合、1勝の重みもショートシーズンになればなるほど上がってくると思います。ただ、それで力んでやろうとすると、自分の本来のスタイルから離れてしまうことになりますから、そういう気持ちはないですね」

 短期決戦の特殊なシーズンとはいえ、田中が見据えるのは、過去メジャー6年間で未だ届かぬ世界一。

 今は、エンジンを徐々に温めるアイドリング状態で、アクセルを踏み込むのは、この先――。

 不測の事態を、表面的で一時的なマイナス材料と考えないところに、田中の本当の強さがある。

文=四竈衛

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