ついにプロテニスのワールドツアーが再開された。男子より一足先に幕を開けた女子のWTAツアー第1戦の舞台は、イタリア・シチリアの州都パレルモ。もともとのツアーカレンダーでは7月20日から行われるはずだったクレーコートの大会だ。

 賞金を削り、選手の行動エリアを厳しく限定し、審判やボールキッズの数を削減し、観客を制限し、選手と大会関係者は4日ごとに検査を行い、握手もなく、ファンサービスもない。

 煩わしさに耐え、楽しみや喜びをあきらめなくてはならないが、これが新しいツアーの運営様式だ。つい決まり事を破ってしまった選手もいて、まだ全員の意識が追いついているとはいえないようだが、注目の大会はなんとか無事にやり遂げられた。

欧米の大会には大物選手がズラリと揃う。

 イタリアはヨーロッパでもっとも新型コロナの感染状況が深刻だった国だ。

 イタリア南部のシチリアは北部に比べて感染者の数が少なく、累計で約3500人、死者は300人以下だという。人口1400万人の東京での感染者数が累計1万6000人あまりで死者数が現在330人あまりというデータ(8月10日現在)と並べると、人口約500万人の島でのこの数字が「抑えられている」といえるのかという判断は難しい。そこで「Go」か「Stay」か……とる行動の違いはその国ごとの事情と国民性によって生まれるものなのだろうか。

 続く今週は、チェコのプラハでのクレー大会と並んで、アメリカにも舞台が広がっている。

 アメリカ大陸での開幕を担うケンタッキー州レキシントンは、昨年までATPチャレンジャーとITF女子サーキットを同時開催していた場所で、それが中止になった代わりに新たなWTA大会として開催されることになった。その大胆な決断に応えるように、WTAツアーの中では格の低い「インターナショナル」のカテゴリーであるにも関わらず、セレナ・ウイリアムズをはじめビーナス・ウィリアムズやビクトリア・アザレンカ、スローン・スティーブンスといったグランドスラム・チャンピオンが多数出場している。

 そしていよいよ来週末からは、会場を本来のシンシナティからニューヨークに移した男女共催のビッグイベント、ウエスタン&サザン・オープンが開催され、8月31日開幕の全米オープンへと続く。

「以前のような感覚で転戦のスケジュールは組めない」

 しかし、今のところひしひしと感じるのはアジアの疎外感である。

 レキシントンの本戦に土居美咲が出場していることは頼もしいが、アメリカとヨーロッパ以外からの出場者はほとんどいない。ランキング的には日比野菜緒も出場できたはずだが、少なくとも日比野は1カ月前の時点でツアー再開には否定的だった。

「まだ始めるのはちょっと早いと感じています。行く先々や帰国したときの一定期間の隔離などを考えれば、以前のような感覚で転戦のスケジュールは組めない。ワクチンができない限りは、それは変わらないと思います」

 日比野だけではなく、男子も含めて日本国内を拠点とするほとんどの選手が似通った戸惑いを抱えている。

イタリア、アメリカができるなら日本でも!?

 そうした状況の中、ふと残念に思えたことは、イタリアが開催できるなら、アメリカができるなら、日本だってアジアだってできたのではないかということだ。

 本来なら秋はアジア・シリーズの時期で、WTAツアーのカレンダーにはもともと中国7大会、日本2大会、韓国と香港でもそれぞれ1大会あった。しかし、7月10日に中国が「原則として年内のスポーツの国際大会は実施しない」という国家としての方針を発表し、その2週間後には男女ともに中国におけるツアー大会全ての中止が告知された。特に女子テニスは中国がもっとも力を入れて大会を招致してきたスポーツであり、2週間のタイムラグには開催への模索と逡巡の跡がうかがえる。しかし、なんとしても開催するのだという姿勢につながるだけのテニスの歴史と伝統は、残念ながら中国にはない。

欧米から果たしてトップ選手がアジアに来るか?

 この中国での決定のあとを追うように、本来の9月から11月に日程をずらしていた東レパンパシフィック・オープンも中止を発表した。公式では唯一「調整中」となっているソウルの大会も、地元記者によると「とても開催できるムードではない。中止の発表は時間の問題」とのことで、アジアの全滅はほぼ間違いない。

 東レPPOの大会関係者によると、あらゆる対策を講じて開催を目指していたが、日本がまだ多くの国からの入国を制限していることが最大のハードルだったという。たとえ11月までに入国制限が解除されたとしても、今週のレキシントンの大会のように欧米からトップ選手がアジアにやって来るだろうか。

 どうしてもポイントや賞金が欲しい選手はリスクを負うかもしれないが、『プレミア』のカテゴリーに属する大会がその格を保つだけの選手を集めることは極めて難しい。

 また、アジアにはトップ選手も惹き付ける異文化があったが、コロナ禍ではそれを楽しむ機会も失われた。それを考えれば、コロナ発生の地である武漢を含めた全ての中国の大会中止はやむをえず、中国なしにアジアのツアーはなりたたないのが実状だ。

欧州なら欧州の選手だけで大会が成立する!?

 そういえば、ノバク・ジョコビッチは自身が率いたエキジビション・ツアーで失敗したものの、コロナ禍の相当早い時期から「ツアー再開はそれぞれの地域ごとに徐々に始めるべき」という意見を発していた。

 その通りだったのだろう。ただし、それは欧米にのみ言えることだ。

 ヨーロッパの大会なら、たとえヨーロッパの選手しか出場しなかったとしても成り立つ。

 6月からEU圏内は制限なしで往来ができるようになり、実際、パレルモの大会は南米からの選手1人を除いてヨーロッパの選手ばかりだった。トップ10プレーヤーこそいなかったが、3人のトップ20プレーヤーが出場している。

やはり欧米の選手がいてこそのツアーなのか。

 現在のWTAランキングではトップ10のうち5人、トップ20のうち12人がヨーロッパの選手である。アメリカとカナダを括った北米勢はトップ20に5人。トップ20以外に元女王とかグランドスラム・チャンピオンとか、いわゆる「美女プレーヤー」といったスター選手も少なくない。

 欧米に属さない選手といえば、トップ10ではオーストラリアのアシュリー・バーティと日本の大坂なおみだけ。

 トップ20にはカザフスタンの選手が1人加わるが、ロシアから国籍を変更した選手が多いカザフスタンを「アジア」に含めることにもやや抵抗がある。

 テニスは南極大陸を除く全ての大陸で男女ともに大会を持つワールドツアーであり、特にアジアにおいての土壌の広がり、選手たちの世界への進出ぶりも目覚ましかった。しかし、欧米の選手がいてこそのアジアのテニス、世界に抱く夢。こうなってみれば、歴然とした格差を感じずにはいられないツアーの再スタートである。

文=山口奈緒美

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