巨人・澤村拓一投手がロッテ・香月一也内野手とトレードされることが発表されました。Number Webでは過去にクローザーが持つべきメンタリティについて、次のような記事を配信していました。電撃移籍を機に再公開します。(初出・2016年9月2日)

 クローザーの過酷さを痛感したのは、2004年アメリカン・リーグのニューヨーク・ヤンキース対ボストン・レッドソックスのリーグチャンピオンシップ・シリーズ第4戦だった。王手をかけたヤンキースが4対3と1点をリードで8回が終了したときだ。

「このままいったらシリーズMVPは松井になります」

 ボストン本拠地・フェンウェイパークの記者席に当時、ヤンキースの広報だった広岡勲さん(現江戸川大学教授)の声が響いた。

 ヤンキース移籍2年目の松井秀喜外野手はこのシリーズで打棒が爆発。王手をかけることとなった第3戦で2本塁打を含む5安打5打点のシリーズタイ記録をマークし、この試合でも2回に二塁打、6回にも三塁打を放って逆転の立役者の一人となっていた。記者席の日本人メディアだけではなく、米メディアも含めて誰もが広報の声に納得した直後のことだった。

 あの完全無欠の絶対クローザー、マリアノ・リベラが全てをフイにしたのである。

 9回裏に先頭打者を歩かせる。代走のデーブ・ロバーツ外野手に起死回生の二盗を決められ、ビル・ミラー内野手に同点タイムリーを浴びて追いつかれた。そうしてチームは延長戦の末に4対6で敗れたのだ。

 リベラの悲劇はこれだけではなかった。

 続く第5戦。8回にトム・ゴードンが先頭のデビッド・オルティス内野手にソロを浴び、四球と安打が続いていた。そこから1点リードの状態でマウンドに上がったリベラだが、一、三塁に走者を置いた状態から同点犠飛を打たれて試合を振り出しに戻してしまう。最終的には延長14回の激闘の末、オルティスのサヨナラヒットでボストンが勝利した。

 結局このシリーズは、リベラを打ち崩して崖っぷちから生き返ったレッドソックスが3連敗から4連勝して逆転優勝。ヤンキースのワールドシリーズ進出とともに松井さんのMVPも夢と消えたわけである。

「彼も人間なんだ」(ジョー・トーリ前監督)

 当時のリベラは35歳手前だったが、まだまだそのキャリアと魔球と言われた高速カットボールの威力は抜群でトップクローザーとしての顔と実力を誇った選手である。

「マリアノは責められないし、マリアノといえども完璧ではないということである。彼も人間なんだ」

 ヤンキースのジョー・トーリ前監督は後にこう振り返っているが、あのマリアノでもそうだったように、完璧なクローザーなどいないということを教えるシリーズだった。

 極論を言えばクローザーとは、どこかで必ず打たれるものなのである。

 広島の独走となったセ・リーグのペナントレースを決したのは、巨人のクローザー・澤村拓一投手が浴びた一発だった。

澤村が抑えに失敗し、広島が優勝へのレールに乗った日。

 8月7日。首位広島との3連戦で2勝しゲーム差を4.5まで縮めた第3戦の9回2死走者なしから、澤村は菊池涼介内野手に同点ソロを浴びた。巨人はこの一発で追いつかれ逆転サヨナラ負けを喫して、勝てば3.5ゲーム差と詰め寄ったところを、逆に5.5ゲーム差と突き放された。実質的にはここで広島の25年ぶりの優勝へのレールは敷かれたことになる。

 澤村は8月23日からの広島3連戦でも3戦目に1点リードの9回2死から追いつかれて逆転負けを喫している。

 ただ、だからと言って澤村が責められるべきかと言えば、そうとは思えないのだ。

トップのセーブ数を誇る澤村に、観客の反応は……。

 今季の東京ドームで澤村がコールされると、歓声とともに何とも言えないどよめきが巻き起こることがある。

 8月31日時点で澤村は全てリリーフで52試合に登板して4勝3敗、リーグトップの34セーブという成績を残している。そのうちリリーフの失敗は前述の広島戦を含めて7回あり、この数字をどう見るかだが、決して悪いものではないはずだ。

 パ・リーグ最多となる38セーブを挙げているソフトバンクのデニス・サファテ投手も56試合にリリーフ登板して失敗は8度とほぼ同じ数字である。

 ただ、2人の投手で大きな違いは、抑えたときの内容にある。

 澤村がリリーフでマウンドに上がり、走者を1人も出さない完全救援をしたのは18回だった。それに比べるとサファテは全登板の半分にあたる28回は走者を1人も出さずに試合を完了させている。要は澤村はリリーフに成功した45試合のうちでも、27試合は走者を許し、走者を背負ってファンをヤキモキさせてきたということなのだ。

 もともとボールの勢いで相手を制圧するピッチングスタイルで、そこに目をつけた原辰徳前監督がクローザーに抜擢した経緯がある。このタイプの抑え投手には過去にも阪神で守護神を務めた当時の藤川球児投手や横浜(現DeNA)と巨人で活躍したマーク・クルーン投手らがいる。

 彼らも登板して走者を出すたびに「安定感がない」と批判を浴び、藤川は日本代表に選ばれても決してクローザーを任されることはなかった。

 ただ、である。

 彼らが守護神として失格だったかといえば、そうではないのは結果が証明しているのだ。

救援失敗で敗北するのは、クローザーという仕事の宿命。

 藤川は阪神で抑えとなった2007年からの6年間で202セーブを挙げて2度の最多セーブのタイトルを手にした。クルーンも'05年の横浜入団から巨人を退団するまでの6年間で177セーブを挙げて'08年にはやはりセーブ王となっている。

 かつてのマリアノ・リベラや全盛期の中日・岩瀬仁紀投手のような絶対クローザーと呼べる投手は本当に一握りでしかない。彼らですら、ここぞの場面で痛打を浴びてチームが沈んでいった苦い経験は必ずある。

 それがクローザーという仕事の宿命みたいなものなのだろう。

「みんな過剰に期待しすぎなんですよ」

 こう語っていたのはボストン・レッドソックスで昨年までクローザーを務めていた上原浩治投手である。

「抑えの仕事は点を取られないことでもないし、ましてやヒットを打たれないことでもない」

 上原は言う。

「クローザーの役目は1点差でも逃げ切ること、勝つことなんです。2点差、3点差があれば『ホームランは打たれたっていい』くらいの気持ちでマウンドに行かないと、あの緊迫した状況で毎日、毎日、投げられないですからね。それぐらい精神的にタフだってことです。僕に言わせりゃヒットを打たれた、フォアボールを出したってガタガタ文句を言うなって感じですね!」

敗北の奈落の恐怖を知りつつも、投げ続ける。

 8月31日。勝てばマジック22が点灯する西武戦の9回、2点リードで登板したソフトバンクのサファテは3失点で逆転サヨナラ負け。これが今季8度目の救援失敗だった。

 同じ日に広島の中崎翔太投手はDeNA戦で3点リードの9回にマウンドに上がり1イニングを打者3人で片づけて28セーブ目をマークしている。ただ、この中崎とて8月5日の巨人戦では同点の9回にマウンドに上がると負け越している。このときを含めて今季は6度の救援失敗があるのだ。

 自分が打たれれば、チームは敗北の奈落に落ちることは分かっている。それでも彼らはマウンドに上がって、投げ続ける。

 クローザーとは抑えるのは当たり前、ただし打たれるのもまた当たり前の仕事なのである。

文=鷲田康

photograph by Hideki Sugiyama