大坂なおみの夏の戦いは終わった。そして彼女はその戦いについて、ツイッターを通じてかなり挑発的にも受け取られる言葉で振り返った。

「“政治をスポーツに持ち込むな”と言っていた全ての人たちに(全然、政治的なんかじゃなかったのに)、すごく刺激されて勝つことができた」と。

 白人警官や自警団による暴力によって死亡したとされる被害者の名を、1人ずつ記した7枚の黒いマスク。大坂は1回戦から決勝までの7試合全てで、入退場時とコート上のインタビューでそれを着用した。

 その行為から得ていた力は2種類あったのだ。1つは7人の名を全て世界に見せるのだという使命感、もう一つはその行動を批判する人たちへの反発心からのエネルギー……より俗っぽく言えば<何くそ根性>である。

「一生懸命泣かないようにしていました」

 半年近いツアー中断の間に「シャイでいることはやめた」と決意した大坂は、大会中も「私が嫌いならしょうがない」と強気だった。批判はあっても、それを圧倒するほどの後押しムードに支えられていたことは確かだろう。準々決勝後には、マスクに記された被害者の遺族からのメッセージ動画がコート上で紹介されるという演出も用意された。

 大坂はこう語っている。

「一生懸命泣かないようにしていました。彼らが私のしていることに感動してくれているということが、私にとってはとても感動的でした。私は自分にできるかもしれないことの中から、ほんの小さなことを1つ実行しているだけです。本当にありがたいし、身が引き締まる思いです」

開幕直前『Be Open Campaign』の展開

 そして何より、全米オープンを主催するUSTA(全米テニス協会)が今回打ち出した『Be Open Campaign』は、大坂の抗議行動を許すためのキャンペーンといってもよかった。

 本来、全米オープンを含めたグランドスラム大会では本来、政治的・社会的メッセージを表現するものを選手が身に付けて試合に臨むことを認めていない。しかし、開幕の4日前に発表されたこのキャンペーンの一環で、今回は選手が人種差別、性差別、同性愛者への差別といった問題についてメッセージを発信することを許していたのだ。

 USTAが出した声明を要約する。

「USTAは人種の平等を実現することに努めている。多様性を認め、ともに生きるという我々の方針は、テニスのさらなる繁栄にもつながると信じる。テニスは、人種、性別、性的指向、その他いっさいの特性に関わらず、どこの誰であろうと、参加し、プレーし、競えるスポーツでなくてはならない」

「信条をコート上でも表現できる権利を」

 そのような基本理念を示した上で、こう述べられる。

「先例のないこの時代、アスリートも自身の信条をコート上でも表現できる権利を与えられるべきだと考える。『BLM』がこの前提に立つきっかけではあったが、ある特定の社会問題のみに言論の自由を認めることは、本当の自由といえない。2020年の全米オープンにおいて、選手は皆等しく、自身の意見や社会正義について表現することが認められる」

 さまざまな差別を撤廃しようとするUSTAの理念は、全米オープンの歴史や、会場の中にも随所に見ることができる。

 センターコートの名称は『アーサー・アッシュ・スタジアム』。アッシュは、1968年の全米オープンをはじめ3度グランドスラムを制した黒人プロテニスプレーヤーの先駆者だ。また、オープン化前の1957年に黒人女子選手として初のシングルス優勝者となったアリシア・ギブソンの像も、近年建立された。

ビリー・ジーン・キングと男女同権運動

 また、会場であるナショナル・テニスセンターそのものに名前が冠されているのはビリー・ジーン・キング。12のグランドスラム・タイトルを持つ現在76歳のアメリカの元スター選手だが、その実績と並んで、あるいはそれ以上に、テニスにおける男女差別と戦ってきた功績が大きい。

 全米オープンは1973年にもう男女の同額賞金を実現させたが、これはキングがボイコットを宣言してまで強く求めてきたことだった。ちなみに、グランドスラム大会すべてで賞金が同額となったのは30年以上も先、2007年のことである。キングはまた、80年代初めに同性愛者であることをカミングアウトし、LGBTの権利向上の活動にも積極的に取り組んできた。

 こうした背景を知り、その思想と姿勢でファンに受け入れられながら歩んできた大会であることを理解すれば、ブラック・ライヴズ・マター運動が再燃する中、大々的に『Be Open Campaign』を展開したことは決して不自然ではない。

大坂の要望を全て許したわけではなかった

 一方で、たとえ大坂の要望でも全てを許したわけではなかった。決勝後のリモート会見で「表彰式でマスクを付けるという考えはなかったのか」と聞かれた大坂は、こう答えた。

「それは考えていました。でも大会からは表彰式でマスクをつけないようにということだった。なので、言われた通りにしました」

 表彰式はコートの中で行なわれるものであり、準優勝者も並ぶ。主審もこの場であらためて紹介されて功労の品を受け取り、線審もボールパーソンも労われる。チャンピオンだけのためのものではない。入場の際の着用とは意味合いが大きく異なるだろう。そして大坂は、ルールを守りながら信念と決意を貫いた。

 ただ、実はずっと懸念を抱いていたことがある。大坂がニューヨークで示してきた姿勢は、世界のどこへ行っても受け入れられるだろうかということだ。

「勇気と尊厳を持った彼女を称えていたよ」

 テニスを長年取材するフランスの『レキップ』紙の記者に、パリの空気を聞いてみた。大坂は27日に開幕する全仏オープンを欠場すると発表したばかりだが、その記者からはこんな答えを聞いていた。

「この国では、ナオミは間違いなくリスペクトをもって受け入れられるよ。100%保証する。フランスは市民革命によって『人間と市民の権利』を勝ち取った国だということを忘れないで。フランス人はその内容に誇りと愛着を抱いている。ここでは全てのメディアがナオミのやっていることをずっと支持してきた。勇気と尊厳を持つ彼女のことを称えていたよ」

 欠場は残念だが、この変則的なスケジュールの中、左太股のケガやクレーコートへの調整時間不足などを考慮すれば無理もない。

 そして、抗議行動の継続については全米オープンの優勝会見で大坂自身こう語っていた。

「私は自分の感情に従って、そのときにできることをしているだけです。今はこれが正しいと感じ、するべきだと思いました。だからこの先のことは何も計画してはいません。計画してやるようなことではないと思うし」

 行く先々で、何かをするかしないかはもう関係ないのかもしれない。大坂が目指す新たな女王像を、もう世界は理解したのだから。それを好いても嫌っても、大坂なおみはきっとこの路線を力強く進み続ける。

文=山口奈緒美

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