フランスのテレビ局・カナルプリュススポール・アフリークで解説者を務めるパトリック・エムボマ(49歳)は、リーガ・エスパニョーラの試合を毎週かかさず見ている。9月13日の第1節、久保建英が後半32分から出場を果たしたビジャレアル対ウエスカ戦もエムボマが解説を担当した。

 ガンバ大阪をはじめ東京ヴェルディ、ヴィッセル神戸でJリーグのキャリアを重ねた日本をよく知るエムボマが、久保の現状と可能性を語った。

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「最高レベルで成功できる資質」をすでに備えている

 まず素晴らしい才能であるのは間違いない。ドリブル、シュートの能力、プレーの視野……。久保は本物のフットボーラーの資質をすべて持っている。19歳という年齢で彼はすでに成熟している。日本人としては驚くべきことだ。

 というのも日本の若者たちは、規則や規範に従うようにという教育を、徹底的に受けているからだ。その道筋から外れたときに、中田英寿や中村俊輔がそうであったように、状況に適応するまでにある程度の時間がかかる。だが、久保は、最高レベルで成功できる資質をすでに十分に備えている。そしてその資質を、中田たちよりももっと若いときに発揮することができる。

 ただ、彼を、溢れるばかりの才能を見せつける《本物の天才》と呼ぶことへの躊躇いは常にある。メッシやネイマール、ムバッペはそう呼んで差し支えない存在だ。だが、久保に対しては、彼らと同じレベルの《本物の天才》と呼ぶことへの躊躇いを感じている。

ライバルを退けて「最低25試合」は出場して欲しい

 久保がラ・マシアで育成された事実は、彼がバルセロナのスカウトの目にかなう才能を持っていたことを証明している。日本人選手がプレーで率先してイニシアチブを執ることは稀だが、久保はラ・マシアでの日々を過ごすうちに自然とそうした気質を身に着けた。成長はバルセロナのルール違反(18歳未満の外国人選手獲得・登録に関する違反)で妨げられたが、日本に戻ってからも彼は時間を無駄にはしなかった。アフリカには存在しない恵まれた環境で、彼は自らの能力をさらに開花させていったのだった。

 Jリーグの主軸となるクラブで、久保は能力を示す機会を得た。スペインの3部でプレーするよりは、Jリーグでプレーする方がずっといい。大人に混じってのプレーはフィジカルコンタクトがユースとは根本的に異なり、プレーのビジョンを豊かにし自分が選択したプレーへの責任感を育む。久保にとっては、レアル・マドリーのリザーブチームですらもはや成長の場ではなかった。

 若い選手の成長プロセスを加速させる際には常に注意する必要があるが、久保のスペイン復帰は非常にスムーズだった。ラ・マシアでの経験がスペインで成功するための条件を自然に彼に刷り込み、マジョルカにレンタル移籍された際にも適応に時間がかからなかった。高いレベルのプレーを維持し続け、将来的に世界のトップクラスに到達しうる資質を見せつけた。今季もビジャレアルへのレンタル移籍はいい選択だった。確実なランクアップであるからだ。

 彼が加入したのは、リーガで常に上位争いに加わっているチームだ。ヨーロッパカップにも毎シーズンのように出場している。そんなチームで、彼には主軸としての活躍が期待されている。ポジション争いは厳しいが、ライバルを退けてリーガで最低25試合は出場して欲しい。ビジャレアルは今季、ウナイ・エメリを新監督に迎えた。有能な指導者ではあるが、久保にとっては1つの懸念がつきまとう。それはエメリが、PSGでもまたアーセナルでも、若手の起用に積極的ではなかったことだ。だが実績は申し分ない。エメリが彼を成長させるのは間違いないだろう。

「日本人である」自体がすでに“チャンス”

 果たして久保にとって、《日本のメッシ》と呼ばれるのはいいことなのだろうか? 才能が認められた選手は、誰もが称賛の言葉と批判の両方を同時に浴びる。久保の場合も、手放しの称賛には懐疑的であるべきかもしれない。《メッシ》ではあるが《日本の》という限定詞がつくことに対して。もちろん彼は、マルコ・ファンバステンよりはずっとメッシに似ている。同じ左利きであるし、体格も大きくない。突破のスピードには目を見張るものがあり、アグレッシブな精神に溢れている。ただ、現時点では、《日本のメッシ》と呼ばれるのは少し割り引いて考えた方がいいかも知れない。

 というのも彼が大いなる才能として認知されているのはまだ日本においてのみで、これからより高いレベルを目指さねばならないからだ。日本の皆さんは気づきにくいだろうが、日本人であるのはそれ自体が1つのチャンスだ。成功すれば、さまざまな契約が舞い込んでくる。その後はとても楽な人生を送ることができる。だが、久保にはそんなレベルを目指して欲しくはないし、そこで安閑として欲しくない。《日本の》という限定詞のつかない本物の《メッシ》、本物の《久保建英》になって欲しい。

文=田村修一

photograph by Getty Images/Hideki Sugiyama