186センチ95キロという筋骨隆々の体格。トルネード気味に足を高く上げ、大きなテイクバックを取って力強い球を投げ込む。マウンドではメジャーリーガーさながらの雰囲気を醸し出している。

 清水陽介、今秋のドラフト候補の1人だ。

 籍を置く平成国際大学のユニフォームが、1stはレッドソックスを彷彿させるデザイン(スクールカラーの1つである朱色を基調)、2ndはヤンキースに似たデザインということも少なからず関係あるかもしれないが、日本球界には希少な「豪快」という言葉がよく似合う投手だ。

 自己最速は150キロ。変化球は、大島義晴監督が「良い時は大魔神(佐々木主浩)のよう」と評するフォーク、そしてスライダーがある。今秋のドラフト候補にも挙げられるが、昨季までの3年間で公式戦勝利はなく、大学3年時は登板すら果たせなかった。それでも大島監督は「平成国際大で見た投手の中で“エンジン”は一番ですね。佐野泰雄(西武)より1ランクも2ランクも上ですよ」と太鼓判を押す。

サブマリン牧田を育てた大島監督

 大島監督は関東学園大で指揮を執った後、平成国際大が「関甲新学生野球連盟」に加盟した1997年に29歳で監督に就任。それ以来、無名の高校生たちを4年間かけて一人前に育て、または一人前になる土台作りをサポートしてきた。

 過去に輩出した選手を見てみたい。

 メジャーリーグでもプレーしたサブマリン・牧田和久(現・楽天)には、変化球を投げさせなかった。「変化球を覚えるのは社会人になってからでいい」と割り切り、まずは脇の下の高さと膝の高さ、このストライクゾーンの高低に、地を這うようなストレートと浮き上がるストレートを投げ分けることを求めた。

クイック禁止、画像や映像を使って説明

 ストレートの威力を落としてしまうクイックモーションも禁止。当然、相手は盗塁を仕掛けてくるが、大島は「盗塁されてもいいから強いボールを投げろ。何かをしようとしたらリスクはつきもの」と絶対に許さなかった。

 そのかわり、牧田にノートパソコンを買わせ、投球フォームの画像を重ね合わせたり、動画を編集したディスクを渡した。それを見せながら「クイックを試みた時には頭が先に突っ込んでいる」「リリースポイントがこれだけ早くなっている」「だから球威が落ちる」と、丁寧に説明した。

 前述した佐野には「ドラフト上位指名でプロに入れる」と約束して獲得。強豪校出身ではなかったので「とにかく場数が必要」と4年間で全92試合中67試合も登板させ、リーグ最多記録の30勝(24敗)を挙げてドラフト2位で西武に送り出した。

実力者を送り出す関甲新学生野球の名付け親

 ちなみに関甲新学生野球では、平成国際大以外の大学からも多くのプロ野球選手たちを輩出している。上武大から井納翔一(DeNA)、安達了一(オリックス)、白鴎大から大山悠輔(阪神)、岡島豪郎(楽天)、新潟医療福祉大から笠原祥太郎(中日)ら個性豊かな面々がNPBで活躍をしているのだ。

 この要因について、関甲新学生野球連盟の名付け親(関東・甲信・新潟&新連盟の頭文字から命名)でもある大島監督は、中央球界との異なる特徴を挙げる。

「僕は『競争の中央』『育成の地方』と言っているんですけど、ポテンシャルを持った子を我慢強く起用していけるのが地方リーグの良いところだと思うんですよね。毎年、毎年鳴り物入りで選手が入ってくる中央球界の大学は“結果を残す子”が使われるわけです。その競争を勝ち残った子たちは必然とプロが近くなりますよね。一方で地方リーグは公式戦を通してポテンシャルある子をまとめていくイメージです」

 大島監督は、その育成力の要因として良好な環境があると語る。

「練習環境に恵まれている大学が多いですね。それなりの球場があって室内練習場があって野球に没頭できます。あと大きいのは“中央が身近にある”ことですね。東京に近いですから(物理的な)距離がありすぎない。東京六大学や東都、社会人の強豪とオープン戦もできますし、観に行くこともできる。だから中央球界になんとかして追いついていくという空気を作りやすいですよね」

大きな道路を走らせないといけない

 では、清水の場合はそのような環境の中、いかにして成長してきたのか。学生時代は映画監督になりたかったというだけあって、大島監督は表現力はとても豊かで面白い。

「デカいエンジンの車で街中を走らせても仕方ないじゃないですか。電柱ぶつけちゃうかもしれないからって慎重にさせても、それじゃあ軽自動車と一緒になっちゃうし。大きな道路を走らせないといけないなって」

 エンジンつまり馬力が豊富な清水の魅力をどう活かすか。そこに苦心したとここまでの3年半を振り返る。

 清水は伊勢崎清明高校時代にエースにはなれなかった。大学では2年春から登板の機会を与えたが、試行錯誤の中で調子が上がらず、そこから長らく公式戦のマウンドから遠ざかっていた。

「結局ウチに来ている選手って、高校までに試合で活躍できていないんです。実績があったら東京六大学野球や東都大学野球に行っているわけですから。でも、もちろんポテンシャルがあるから獲っています。それなのに試合で活躍できないというのは練習の仕方とか技術についての考え方が足りないんです」

 なぜ試合で活躍できないのか? そこを突き詰めて考えられることが飛躍への大きな分かれ道となる。「気持ちが弱いとか、メンタルで片付けるのは好きじゃないです」とも言う。

一生懸命やるが、こだわりが強い

 清水の場合もそうだった。「自主練習は一生懸命やるし良い子なんです。でも、こと投手のことに対してはこだわりが強くて、それが上手い方向に向いていませんでした」と大島監督は昨季を回想した。

 だが、新型コロナ禍による自粛期間が、清水にとって大きなきっかけとなった。

マンツーマン指導で開花、秋季リーグでも好投

 もう4年生。春のリーグ戦も中止となり野球の進路も何も手応えがない。そんな追い詰められる状況になって、自分を捨てて大島監督にすべてを委ね、マンツーマンで指導に当たってもらった。

 まずストライクを入れようとしすぎると、体の開きが早くなったり上体が潰れてしまうことがあったため、位置エネルギーを高く持ってなるべく沈み込まないようにした。また、力を入れすぎるのではなく体全体を使って投げるようにした。

 一方で小さく纏まるのを嫌う大島監督は走者無しでのセットポジションでの投球は禁じ、「観客を楽しませるスポーツなんだから」とワインドアップかノーワインドアップで大きく投げるようにも伝えたという。

 すると、様々な歯車が噛み合うようになり、8月のエキシビショントーナメントで決勝戦の1失点完投勝利など好投を見せ、27日の東京農業大(東都)とのオープン戦ではスカウトが視察に訪れる中で自己最速となる149キロを計測して自信を深めた。そして9月に開幕した秋季リーグ戦でも2試合に先発して11回を2失点12奪三振と結果を残し始めてきている。

「観客を楽しませるような投手に」

 進路志望はプロ一本。「観客を楽しませるような、それこそスタンディングオベーションされるような投手になりたいです」と意気込む。鍛え上げられた体格と150キロに迫る投球をし始めたことで8月以降、複数のNPB球団のスカウトも清水目的で視察に訪れ始めている。

 残るアピール機会は限られているが、大島監督は「打力のある上位校に対して、持っている力以上を出そうとするのではなく、普段やっていることを出して欲しいです」と期待をかけている。

 また1人、観衆を沸かす大器が関甲新からNPBへと羽ばたいていくのか。夢舞台への切符を掴むべく、清水は豪快に腕を振り続ける。

文=高木遊

photograph by Yu Takagi