そのニュースを見て素通りしてはいけないんじゃないかと思った。

 今季の開幕からローテーションに入り、7月25日の対西武戦でリーグ一番乗りとなる完封勝利を挙げていた千葉ロッテのホープ・種市篤暉が肘の靭帯を再建するトミー・ジョン手術を受けたというニュースを見たときだ。

 今年は、これでNPB9人目のトミー・ジョン手術者である。

 西野勇士(ロッテ)、東克樹(DeNA)、田島慎二(中日)、堀田賢慎(巨人)、石川直也(日本ハム)、戸田隆也(広島)、近藤大亮(オリックス)、森雄大(楽天)、そして種市である。田島を除けば全て20代だ。トミー・ジョン手術者の数は2018年、2019年を既に超え、20代の選手が軒並み肘にメスをいれている。

 もっとも、投手の肘の靭帯損傷、再建手術というケースは世界的な問題だ。アメリカでも、韓国でも、台湾でも珍しいことではない。今季のメジャーではシンダーガード(メッツ)、クリス・セール(レッドソックス)やバーランダー(アストロズ)らがメスを入れている。

 ただ、諸外国と日本とで大きく違っているのはこの怪我に対する問題意識だ。アメリカでは、投球数制限のガイドライン、ピッチスマートの導入など、とっくにこの問題への対策が講じられているが、日本では全くその動きがない。

 たしかに今年から高校野球で球数制限が導入された。しかし、これは甲子園における投球数について、野球界の外から批判を受けて日本高野連が重い腰を上げたものだ。トミー・ジョン手術者の多寡と関係ない。実は筆者は、5年ほど前、日本人メジャーリーガー、それも甲子園に出場したことがある投手にこの手術者が多いことから「高校野球に問題があるという意識はあるのか」という質問を当時の事務局長に投げかけたことはあったが、「いろいろやろうとしたけど、たち消えになった」と濁されたことがある。

トミー・ジョン手術の執刀医に聞く“急増の理由”

 今こそ、トミー・ジョン手術のニュースを素通りしてはいけないのではないか。

 かつてプロの若い選手がメスを入れるニュースなど聞くことはなかったが、なぜ、頻繁になったのだろうか。

 そう思った筆者は、先日、群馬県の慶友整形外科病院を訪れた。トミー・ジョン手術の執刀医でありながら、指導者などに野球による障害に関する啓蒙活動を行う古島弘三氏の意見を聞くためだった。当日は、偶然にも大瀬良大地の手術が行われた後だったが、古島医師は、忙しい時間の合間を縫って、一つ一つの謎解きをしていってくれた。前編では手術の増加要因について尋ね、後編ではトミー・ジョン手術に至る要因について聞いた。

手術が増えたのは“むしろ野球界の進歩”?

 まず、最初に聞いたのは、トミー・ジョン手術の“低年齢化”があるのかどうか。プロ野球選手でこれだけ若い世代が手術を受けている現状、球界全体の靭帯損傷の低年齢化は気になるところだ。その質問とともに、プロ野球の現況について分析してもらった。

 古島医師は、筆者の仮説をあっさりと否定した。「最近になって低年齢化してきたという印象はないですね」と言ったあと、むしろ野球界の進歩として、昨今のニュースを捉えている。

「特定の球団ですよね、受けている選手って。ここ最近の手術が増えているのは、球団がトミー・ジョン手術を受け入れるようになったということがあるかもしれないですね。昔は、手術したら(選手生命は)終わりだみたいな風潮がありました。手術しても良くなっている人が実際にいるので、信頼感が増して許容する球団が出てきたということでしょう」

田澤純一、和田毅、ダルビッシュ有……

 かつては若い選手が入団して数年で手術するとなると、担当したスカウトが危うい立場になった。球団も獲得してすぐの手術は避けたい風潮も強かった。リハビリやフォームを変えれば良くなるとして、手術は受け入れられなかった。

 確かにトミー・ジョン手術は聞き慣れない言葉でなくなったフシはある。

 古くは村田兆治さん、桑田真澄さんがこの手術をして生還したというニュースが大々的に報じられたが、ほとんど我々が知らないところでおこなわれていた。しかし昨今、松坂大輔(西武)に始まり、和田毅(ソフトバンク)、藤川球児(阪神)、田澤純一(埼玉武蔵H B)、ダルビッシュ有(カブス)、大谷翔平(エンゼルス)など、メジャーリーガーが立て続けに手術をして、その中から田澤、和田やダルビッシュのように、復活を遂げた選手たちの姿を見ることで、トミージョン手術の概念が変わったとは言えるかもしれない。

「肘の靭帯が機能不全のまま投げている投手はいる」

 種市の手術が決まったときに、千葉ロッテのピッチングコーチを務める吉井理人がこの件について言及している。その言葉は、どこか、達観していて、いずれは手術に至ると予感さえしていた風でもあった。吉井は自身のブログの中でこう綴っている。

「今季の大ブレイクを楽しみにしていたのですが、残念です。入団当時から肘の靭帯はゆるく機能していなかったようで、これまでは肘の周りの筋肉で関節のゆるさをカバーしていたのですが、疲労すると今回のような痛みが出てしまうようです。肘の靭帯が機能不全のまま投げている投手はいる(わしもそうだった)が、種市はまだ若いのでしっかり治して、また勢いのある投球を見せて欲しいです。話は変わりますが、肘の故障の原因は小中学生の頃、作ってしまっていることが多いようです。骨や靭帯が出来上がっていない年代の投球は、気をつけなければいけません。高校野球での投球数が取り上げられていますが、もっと下の年代から投球の質(強度)と量(球数)は大人が管理していかなければならないと思います。」

 昨今のトミー・ジョン手術は、成功率が高いものだと認識されていることが、吉井の言葉から理解できるだろう。

「80〜90%の成功率はあるでしょう」

 古島医師は続ける。

「何をもって手術の成功というかにもよりますけど、元のように投げられるという点で言うとかなりの確率だと思います。ただ、トミー・ジョン手術だけじゃないところにも問題を抱えている選手がいるので、そこをどうみるかと言うのはあります。それでも、80〜90%の成功率はあるでしょう。では、氏原さんだったら、何%の成功率だったら、手術を受けようと考えますか。以前は『このままだったら投げられないでしょう、手術した方がいいよ』という診断を下しても球団からGOサインが出なかった。もちろん、手術が増えることは良くないことですが、今の動きは前向きなことと捉えていいと思います。能力のある選手を救う手立てが残っているわけですからね」

 もっとも、この手術を全ての球団が容認しているというところまでには至っていない。いまだに手術するなら契約をしないと考えるチームはあるようで、結果、素晴らしい才能が力を発揮せずに終わってしまう事実はまだ残っているようだ。

「今、肘関節学会に行くと、朝から晩までの野球の発表で埋め尽くされているんですよ。この15年で何とかしなくちゃいけないという気運は高まっていると思います。これだけ認知されたのはメディアの影響も大きいと思います。日本人がメジャーで手術を受けたインパクトは大きい。断たれた夢をもう一度と思ってくれていると思います」

 医学の発展が野球選手を救ってきた。手術者が増えることが歓迎すべきではないが、復活できることに理解を示し、追随するチームが増えてくると願うばかりである。これはプロのみならず、球界全体に言えることである。

(【続きを読む】「小中学校での投げすぎ」「ダメなのはスライダー」トミー・ジョン執刀医に聞く“ヒジを壊す元凶” へ)

文=氏原英明

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