中日からドラフト1位指名された高橋宏斗選手。その素顔がわかる過去の記事を、今回特別に再公開します。(初出:NumberWeb 2020年10月20日)

 果たしてこれを「挫折」と言っていいのか。本当にうちひしがれている人が、怒ってしまうのではないか。高橋宏斗の進路選択は、それほどまでにゴージャスだったことは間違いない。

 スタートは10月6日だった。「慶応大への進学を目指します」。18歳の少年はそう公言していた。高校野球界では名門中の名門、中京大中京のエースにして、ストレートの最速154キロを誇る、世代ナンバーワン投手の評価を得ていた。新型コロナ禍により、出場が決まっていた春の選抜は中止になったが、昨年秋の明治神宮大会を制し、優勝候補の筆頭に挙げられていた。夏の愛知県独自大会、続く甲子園交流試合も勝ちきり、思い描いていた形とは違ったが、ずっと宣言していた通りに「無敗のまま高校野球を終わる」を28連勝で達成した。

「不合格」の知らせが球界に駆け巡った

 そもそも慶応を目指したのも、兄の伶介さんが慶応に進んだことが大きかった。同校から慶応に進んだ先輩も多く、高橋は神宮にあこがれて環境情報学部のAO入試を受けた。ところが、慶応野球部は全国の学力が伴う秀でた高校球児に勧誘の声はかけるもののスポーツ推薦の枠があるわけではない。実力が抜きんでていても、兄が卒業生であっても忖度は一切なし。高橋も承知の上で受験したのではあるが、6日に届いた「不合格」の知らせは中京大中京だけでなく全国の高校野球関係者に衝撃を与えた。その情報が球界を駆け巡った6日の午後は神宮球場で大学野球が行われており、多くのスカウトマンが視察中だった。

「どうなる?」「どうする?」

 ざわついたのも無理はない。高橋の進路選択は慶応進学が最優先。次点がプロ入りだった。つまり、慶応に合格してしまえばプロ側は4年後を待つしかない。ところが、不合格となれば他大学を目指すのか、プロ入りかでドラフト戦略がまったく変わってくる。まず慶応。でなければドラフト1位。冒頭でゴージャスだと書いたのは、どちらに転んでも誰もがうらやむ進路だからである。

「いずれはプロ野球選手になる夢があった」

 一報に接したスカウトマンが右往左往するまでもなく、高橋はすぐに答えを出した。6日夕刻には同校で記者会見。高校生の入試合否を受けて報道陣が集まったところにも高橋の才能が見て取れる。そして高橋はその場でプロ志望届を提出することを表明した。

「予定していた進路とは異なる形にはなりましたが、いずれはプロ野球選手になるという夢がありましたから」

 プロ、高橋双方にとって幸運だったのは、コロナ禍の影響で慶応の合格発表は例年より早く、プロ志望届の提出締切は例年より遅かったことだ。本人の気持ちさえ整えば、切り替えが間に合ったのは大きい。

「慶応に落ちたらプロに行こう」と思った試合

 22歳ではなく18歳でのドラフト1位。高橋の運命が変わったのは10月6日だが、覚悟が定まったのはその1カ月前のことだった。

 9月3日の中日−広島戦(ナゴヤドーム)を、高橋は一塁側フィールドシートで、母とともに観戦している。偶然にも中日は福谷浩司と郡司裕也の慶応出身バッテリー、つまり「幻の先輩」で臨み、広島には堂林翔太、磯村嘉孝の中京大中京OB、つまり「本物の先輩」がいた。

「あの環境の中でプレーする選手を間近で見て、すごく刺激を受けました。あの舞台に早く立ちたいという思いも芽生えたんです」

 試合は中日が6−0で完勝。当日の観衆3958人の中にいた高橋は、この試合を見終わって「もし慶応に落ちたら(他大学ではなく)プロに行こう」と腹をくくったという。グラウンドレベルでの迫力を肌で体感し、見る側ではなく見せる側に立つことへの思いが高まったのだ。

ドラゴンズの指名戦略は確かに変わった

 高橋の「どうなる」問題が即日解消すると、次は各球団の「どうする」問題である。最初に手を挙げたのは地元の中日だ。プロ志望届が出そろった13日に、与田剛監督も出席したスカウト会議が開かれ、高橋の1位指名が内定した。

「高橋君は高校生の中だけではなく、大学生、社会人を含めてもトップクラスの評価だった。プロを志望するとわかった段階で、ドラゴンズの指名戦略は確かに変わりました。なんと言ってもこの1年間、負けていない。松坂(大輔)投手、田中(将大)投手と同じくらいのレベルと位置づけていますし、将来的には最多勝、沢村賞が取れるほどの才能豊かな選手だと思っています」

 高橋の慶応進学を前提に、投手にしろ野手にしろ即戦力重視で戦略を練っていたが、6日以降に全てを白紙に戻し再検討した。その結果を米村明チーフスカウトは、最大級の賛辞で示した。正式公表はドラフト会議直前のようだが、他球団をにらんだ駆け引きやサプライズはなさそうだ。

 競合の可能性は大いにあるが、根尾昂、石川昂弥に続き、ドラゴンズジュニア出身選手の3年連続1位指名となる。プロからの指名に漏れて進学する選手はたくさんいるが、高橋はその逆というレアケース。いずれはドラフト1位だと思えば、日本球界にとっては早い方がいい。

文=小西斗真

photograph by Kyodo News