「相撲? うーん、若貴の頃は観てたんだけどねぇ」

 30代後半から40代の方に今大相撲を観ているかと聞くと、こんな答えが返ってくることが多い。今はどうかと聞くと横綱の名前も怪しいレベルか、良くてたまにテレビで観るという回答であることが殆どだ。

 あの頃の相撲ファンは、一体どこに行ってしまったのか?

 そしてなぜ人は、相撲から離れてしまったのか?

 思えば90年代というのは、プロスポーツにとって激動の時代だ。

 国内から海外へ。そして、多様な競技を楽しむ時代へと変わった。

 あの異常な若貴ブームを経験していても、人は相撲から離れてしまう。むしろ熱量が高すぎたからこそ、別の熱量の高さを求めて彷徨っていったのだろう。大相撲ファンというよりは、若貴とそれを取り巻くライバル力士たちの人間模様を含めて、あれは地に足の着いた人気というよりはブームだったのである。

1991年大相撲、九州場所の土俵入り。若花田(左)と貴花田(左から2番目) ©BUNGEISHUNJU

「人は20歳を超えると、相撲に戻る?」

 一方でもう一つの説として「人は20歳を超えると、相撲に戻る」というものがある。

 相撲のトークライブなどで知り合ったファンに聞くと、多くの人は相撲の原体験を幼少期に持っている。その頃は親や祖父母と共に楽しく観ているのだが、同じ温度感を保ち続けて相撲少年・相撲少女になる事例は稀だ。

 興味の対象が日々変化し、野球やサッカーのように自らプレーする競技やカッコよく映る競技の方に目移りするのは致し方ないことだ。力士の出で立ちや風習などに対してポジティブな印象を持ち続けにくいというのは相撲独特の壁と言えるのかもしれない。

 ただ、成人してから一旦距離を置いた人が何気なく相撲を観ると、新鮮さや面白さにあらためて気づき相撲に戻ってくるという1つの王道パターンがある。面白さを幼少の頃は真っすぐに受け止められたが、多感な時代に様々な感情や思考、周囲の目線などが混ざり合うために「好き」だという気持ちを素直に認められなくなる。複雑な感情や自分の置かれた状況などを踏まえたうえで、それでも自分の「好き」を認められるようになるのが概ね成人してからだというのは大変興味深い。

相撲に戻ってきた「マツコの知らない世界」総合演出

 この両方の事例に当てはまり、一度は大相撲から離れながらも大相撲の魅力に目覚めて発信している方もいる。TBSのテレビ番組「マツコの知らない世界」の総合演出を手掛けていた坂田栄治さんがその人である。

 今年45歳の彼は子供の頃に「世の中が皆相撲を観ていた」と語るように、10代で若貴ブームを経験している。若乃花や貴乃花、曙の取組に手に汗を握り、毎日のように相撲を楽しんでいたと話す。

貴花田(1992年撮影) ©BUNGEISHUNJU

 ただ、次第に興味の対象が別のものに移る。坂田さんの場合は、総合格闘技だった。

 何か具体的なきっかけがあって大相撲を観なくなったのか?と聞いても、特に大相撲に対する感情の変化はなかったが、それ以上にのめりこむ対象を見つけてしまったという。『格闘技通信』を毎週のようにむさぼり読み、安生洋二がヒクソン・グレイシーに血まみれにさせられた時の衝撃を語る坂田さん。「要するに、強い男が好きなんですよ」。大相撲も完全に興味を失ったわけではなかった。タイミングが合えばNHKで相撲観戦するくらいの、どこにでも居るライトなファンだったという。

 だが、坂田さんはひょんなことから相撲に戻ることになる。きっかけは彼が担当していた「マツコの知らない世界」で相撲メシを特集した時のことだ。

 たまたま番組のゲストに来ていた相撲漫画家の琴剣さんと知り合い、相撲部屋で朝稽古を見学することになった。そしてその時、力士達の迫力に坂田さんは自らが相撲を全く知らなかったことを思い知らされる。強い男が好きだという気持ちが揺さぶられた。

 2018年夏場所を現地観戦し、番狂わせを目の当たりにする。会場が一体になる光景に目を奪われ、TVマンとして大相撲の素晴らしさを広めたいという想いを抱いた。

ハマって2年で相撲映画完成

 ここからの動きは驚くほど早かった。

 2018年の年末から大相撲のドキュメンタリー映画の撮影のため半年間境川部屋と髙田川部屋に密着取材し、完成したのが映画「相撲道〜サムライを継ぐ者たち〜」である。

坂田さんが相撲に再びハマって2年で完成した「相撲道」

 そこには大相撲の持つ良い意味での緩い雰囲気も無ければ、力士の持つ楽しさという要素もほぼ無い。坂田さんはコーディネーターである琴剣さんに「古い相撲部屋の雰囲気がある部屋」という条件で取材対象を相談し、その時に候補として挙げられたのが境川部屋だった。ひたむきに相撲に精進する姿を描きたいという坂田さんの要望に大関昇進の口上として「大和魂」というワードを選んだ豪栄道が在籍している境川部屋はうってつけだったのだ。なお髙田川部屋については境川部屋とは異なるテイストの部屋を、ということで紹介を受けたそうである。しかし、どちらも稽古が厳しいことで有名な部屋というのはとても興味深い。

 例えば作中で妙義龍が笑いながら「毎日が交通事故ですよ」と語る。力士にとっての肉体的・精神的に当たり前のことを描けば描くほどに超人性が浮き彫りになる構図だ。このようなショートエピソードを繰り返し見せることによって、視聴者は否が応でも力士が超人であることを認識することになる。

 若貴を経ている方も、ワイドショーが報じる揉め事でしか大相撲を知らない方も、今の大相撲を観ると昔とは異なる感想を抱くことになるだろう。人生経験と価値観の変化によってこれまで気づかなかった相撲が見えることになる。坂田さんの事例は、そういう可能性を示すものではないかと思うのだ。

文=西尾克洋

photograph by KYODO