日本シリーズが終わり、今年もフリーエージェント(FA)行使期間になりました。12月5日にはFA宣言選手が公示されます。そこで、過去に話題になったFAの「人的補償」に関する記事を再公開します。(初出:2017年12月6日 肩書きなどはすべて当時)

 今年のFAは、例年よりもおとなしかった。国内FAで移籍が決まったのは増井浩俊(日本ハム→オリックス)、野上亮磨(西武→巨人)、大和(阪神→DeNA)の3人。

 海外FA宣言をしたのは平野佳寿(オリックス)、涌井秀章(ロッテ)、大野奨太(日本ハム)、鶴岡慎也(ソフトバンク)の4人だけだ。

 MLBでは、今季も大量の選手がFAになっている。記録専門サイトBaseball Referenceによれば、12月5日現在、162人の投手と172人の野手がFA状態にあり、このほか、すでに23人がFAを経て球団と契約した。

 FA選手は、NPBは7人、MLBは334人。なぜこんなに差があるのか。

落合博満は「宣言をなくせばいい」と言った。

 FAとは、選手が定められた期間選手登録されれば、機構内のすべての球団と自由に入団交渉できる権利を得る制度のことだ。

 期間は、NPBは8シーズン(海外FAは9シーズン)。MLBは6シーズンとなっている。その年限の差もあるが、それ以上に大きいのは、MLBでは年限が過ぎて契約をしていなければその選手は自動的にFAになるのに対し、NPBでは年限が来ても、FA宣言しなければFAにならず、今いる球団が交渉権を保持するという点だ。

 つまりMLBではオフになれば、FA年限が来ていない選手と、長期契約をしている選手を除くすべての選手が自動的にFAになるが、NPBではFA年限をすぎても「宣言」しなければ、選手の身分は変わらないのだ。

 NPBの選手は「FA宣言」があるから、なかなか移籍しない。NPBはMLBよりもはるかに選手の流動性が低いが、その大きな要因が「FA宣言」なのだ。落合博満は「宣言をなくせばいい」と言ったことがある。

 NPBではFAはかなり特別な状況だが、MLBでは当たり前の状態だ。キャリアで一度もFAにならない選手はほとんどいない。

「人的補償」、ものものしい名前だ。

 また日本のFAには、MLBにないいろいろなルールがある。FAで選手を獲得する球団は、FA移籍する選手が高額年俸である場合(ランクA、ランクB)、譲渡する球団に対して補償をしなければならない。補償は金銭だけでもいいが、金銭に加えて選手が1名見返りとして移籍することもある。これを「人的補償」という。

「人的補償」、ものものしい名前だ。「身代金」とか「人身御供」とかいう言葉が浮かんでくるが、事実「人的補償」を巡っては、さまざまなドラマが起こっている。なお、「人的補償」は海外FAにはない。

「人的補償」は、移籍元球団が自由に指名できるわけではない。移籍先球団が「プロテクト」したリストから漏れた選手の中から指名する。

 つまり、FAで選手を獲得する球団は「この選手は要る」、「この選手はとられても仕方ない」という選別をしなければならないのだ。これはなかなか切ない。

 2011年オフにソフトバンクが西武の左腕帆足和幸をFAで獲得した時に、西武は「人的補償」を求める可能性があったが、ソフトバンクは元三冠王の松中信彦をプロテクトリストから外した。チームの至宝である松中を「移籍してもいい」選手にしたのだ。もちろん、プロ野球は実力の世界だからそういうことも起こり得るが、松中の心中察するに余りある。

じつは、活躍する選手が結構でている人的補償。

 ただ現実的には「人的補償」は、出世前の若い選手が選ばれること大半だ。彼らにしてみれば、FA移籍する選手の身代わりで望まない移籍をするのは辛いことだが、じつはそんな中から活躍する選手が結構出ているのだ。

 これまで、FAにともなう「人的補償」で移籍した選手は23人いる。

1996年・川邉忠義 (巨人)→(日ハム) 〇FA選手 河野博文
2002年・平松一宏 (巨人)→(中日) 〇FA選手 前田幸長
2002年・ユウキ (近鉄)→(オリ) 〇FA選手 加藤伸一
2006年・小田幸平 (巨人)→(中日) 〇FA選手 野口茂樹
2006年・江藤智 (巨人)→(西武) 〇FA選手 豊田清
2007年・吉武真太郎 (SB)→(巨人) 〇FA選手 小久保裕紀
2007年・工藤公康 (巨人)→(横浜) 〇FA選手 門倉健
2008年・赤松真人 (阪神)→(広島) 〇FA選手 新井貴浩
2008年・岡本真也 (中日)→(西武) 〇FA選手 和田一浩
2008年・福地寿樹 (西武)→(ヤク) 〇FA選手 石井一久
2011年・高濱卓也 (阪神)→(ロッテ) 〇FA選手 小林宏之
2012年・藤井秀悟 (巨人)→(De) 〇FA選手 村田修一
2012年・高口隆行 (ロッテ)→(巨人) 〇FA選手 サブロー
2013年・馬原孝浩 (SB)→(オリ) 〇FA選手 寺原隼人
2013年・高宮和也 (オリ)→(阪神) 〇FA選手 平野恵一
2014年・鶴岡一成 (De)→(阪神) 〇FA選手 久保康友
2014年・一岡竜司 (巨人)→(広島) 〇FA選手 大竹寛
2014年・藤岡好明 (SB)→(日ハム) 〇FA選手 鶴岡慎也
2014年・脇谷亮太 (巨人)→(西武) 〇FA選手 片岡治大
2014年・中郷大樹 (ロッテ)→(西武) 〇FA選手 涌井秀章
2015年・奥村展征 (巨人)→(ヤク) 〇FA選手 相川亮二
2017年・金田和之 (阪神)→(オリ) 〇FA選手 糸井嘉男
2017年・平良拳太郎 (巨人)→(De) 〇FA選手 山口俊

FA移籍でやってきて人的補償で去る切なさ。

 巨人の選手が10人と圧倒的に多いのは、FAで他球団の選手を最も多く獲得しているのだから当然のことだ。

 人的補償の選手を右に記したFA選手と比較すると、さすがに小物感がある選手が多いのは否めない。金銭+人的補償選手でFA選手を手放すのだから、致し方ないところだ。

 しかしなかには、江藤智、工藤公康、藤井秀悟、鶴岡一成のように、自身が過去にFAで移籍しながら「人的補償」で移籍した大物選手もいる。

 プロテクトリストを作るときに、移籍してきた外様選手よりも、生え抜き選手を囲おうとするのが人情ではあろう。しかし、FA移籍でやってきて人的補償で移籍するのは、おのれの凋落を肌身に感じるようで、なかなか厳しい体験だ。

 今を時めく日本一の大監督、工藤公康も過去にはこんなつらい体験をしているのだ。野球殿堂入りした選手で「人的補償」になった経験があるのは工藤だけだ。

 どうもFA移籍や人的補償の話をすると、ことわざや四字熟語が頭に浮かんでくる。「因果応報」とか「栄枯盛衰」という感じか。

阪神から広島に移った赤松は大成功ケース。

 中には全く無名で、「ま、一応とっておこうか」程度でとった「人的補償」が思わぬ活躍をしている例もある。

 2007年の赤松真人は、阪神では同タイプの赤星憲広の陰に隠れてほとんど出番がなかったが、新井貴浩の「人的補償」で移籍した広島ではリードオフマンとして活躍。2010年にはホームラン性の当りをフェンスによじ登ってスーパーキャッチ。このシーンはマツダスタジアムに続くカープロードの壁画に「カープの歴史的なプレー」の1つとして描かれている。

 赤松は今年初め、胃がんの手術を受け治療のため全休したが、球団は彼との契約を更新して支援を表明した。「人的補償」で移ってきた赤松は、すっかりカープの一員となった。「人間いたるところ青山あり」「住めば都」、彼自身も「人的補償」になって良かったと思っているのではないか。

広島は「残り物に福がある」ことを知っているのだ。

 2013年の一岡竜司は、巨人時代は2年で13試合の出場だったが、大竹寛の「人的補償」で移籍した広島では、速球でぐいぐい押すセットアッパーとして頭角を現す。今年は59試合に登板して6勝2敗1セーブ19ホールド、防御率1.85、すっかり「勝利の方程式」の一員になった。

 今年の巨人は、澤村拓一が全休、救援投手の不足に泣いた。巨人にしてみれば「掌中の珠を失った」感があろう。

 広島は「人的補償」でいい素材を見つけるのがうまい。「残り物に福がある」ことを知っているのだ。

 痛快だったのは、2013年の脇谷亮太だ。西武から片岡治大がFAで巨人に移籍するのに伴って「人的補償」で西武に移籍したが、西武ではユーティリティプレーヤーとして大活躍。FA資格を取得するや、今度はFA選手として2年で巨人に戻ってきた。

 そのときには、片岡は衰えてレギュラーから外れていた。これは「主客転倒」か? 脇谷は「故郷に錦」というべきか?

自分の息子を戦力外に。

 11月末、私は台湾でウィンターリーグを見ていた。

 イースタン選抜軍には、ヤクルトの奥村展征が選ばれていた。奥村は、相川亮二がヤクルトから巨人に移籍した時の「人的補償」で巨人からヤクルトに移籍した。イースタン選抜を率いた川相昌弘監督は、奥村が移籍した時の巨人のヘッドコーチだ。

 川相監督は、台湾では奥村をスタメンで起用した。久々に見る元巨人奥村の成長ぶりをどのように感じたか。

 川相監督は今季の巨人では三軍監督だったが、育成枠にいた息子の川相拓也を一軍昇格させることなく戦力外にしている。実力がモノを言う野球界では「親の七光り」は通用しない。我が子に引導を渡す役割を演じた川相監督は、チームは移っても活躍する奥村を「立ち木を見る」思いで見つめているのかもしれない。

「人的補償」は、いい言葉とは思わない。身もふたもない直截的で無機質な言葉だと思うが、この制度をめぐって、さまざまなドラマが起こっていることを見ると、これは「天の配剤」ではないかと思うのだ。

 今年の3人のFA選手も「人的補償」があると予想されている。「悲喜こもごも」の物語がまた生まれることだろう。

文=広尾晃

photograph by Kyodo News