タンパベイ・レイズの筒香嘉智外野手が1月16日、出身地の和歌山県橋本市の児童に向けた「トークとエクササイズ体験会」にオンラインで参加した。
イベントはまず子供達の質問に答える形のトークコーナーからスタート。
「朝起きて最初にやることは?」という質問に「嘘はつきたくないので本当のことを言います」と笑みを浮かべ「布団を出て、その場に立って30秒から1分間、自分の体の重心を確認することです」と独特のルーティンを告白。
また休みで和歌山に帰ってきている時にやることを問われると「和歌山のみかんを食べるのと、田んぼを走っています」とくつろいだ雰囲気で地元愛を語った。
また現在大阪府内で行なっている自主トレに触れ「自分の体を自由に扱うエクササイズを中心に練習をしています」とオフの過ごし方を紹介。

そのエクササイズ体験会では自らブリッジや倒立などのやり方を披露。壁に向かっての倒立では「力みなく、手の正しい位置に重心をかけることができれば、自然に壁にピタッとつきます」と指先から背中、お尻、足がピタッと壁に密着した逆立ちのお手本を示すなどのパフォーマンスも行なった。
海外では競争ではなく楽しむことを大切にしている
筒香は2019年1月に橋本市のスポーツ推進アドバイザーに就任。今年で3度目の地元イベントへの参加となったが、コロナ禍の中で参加者は橋本市の小学生を中心に15人前後を4グループに分けての分散開催を余儀なくされた。
それでも筒香が持つ、勝利至上主義への危惧、結果ばかりが重んじられる日本の野球、スポーツ環境への危機感は変わらない。
イベントの最後には自らの言葉でメッセージを発信。
「日本ではスポーツに限らず小さい子供にも結果が求められたり、他の子供と比較されることが多いが、海外では競争ではなく、思い切り楽しむこと、好きになることを大切にしている。結果的にはその方が世界で活躍できる人材を作ることにつながっているので、保護者や指導者にはそういう環境作りを目指して欲しい」と子供を持つお父さん、お母さんと、指導者へと強く訴えた。
「人と比較するのではなく、自分自身の可能性に対する喜び」
また「今日できなかったことが明日はできるようになっているという成長を楽しめるような日々を送ってほしいと思います」と失敗やうまくいかないことに悲観せずに、トライして成長することの大切さも強調。
「エクササイズの目的も、自分の身体を自由自在に扱えるようになること、能力を最大限に引き出せることで、人と比較するのではなく、自分自身の可能性に対する喜びだと思います」と説明した。
もちろんこれは筒香自身も常日頃から心に刻んで取り組んでいることで、特にコロナ禍で不自由な生活環境が続く中で意識的に行なってきたことでもあった。
念願叶って飛び込んでいったメジャーリーグの1年目は、キャンプも中途半端な形で終えて、日本に一時帰国を余儀なくされるなど、準備段階から苦難の連続だった。そんな中で日本に一時帰国した際に、コロナ禍の中でどう生活と向き合うべきかという話を聞くチャンスがあった。
その時に筒香が話していたのは、中学生のときに成長痛などもあり、1年間ほど野球の練習ができない時期があったこと。そしてそのときに現在も続けているエクササイズに取り組み出して、そこで自分の身体を自由に扱うことの大事さを知り、それがその後の飛躍のきっかけとなったということだった。
「結果として先を読む力が備わったりもします」
「実はこれは野球に携わっている人だけでなく、誰にでも言えることだと思うんです」
筒香は言う。
「普段と同じ生活ができないこの時間を使って、例えば自分の身体と真剣に向き合ってみる。すると人が本来持っているセンサーみたいなものが磨かれて、体調の変化にも早く気づいて対処できるようになるかもしれません。結果として先を読む力が備わったりもします。そういうことは社会に出たときに本当に大事なことなので、コロナの影響で不自由な生活が続いていても、この時間を使って、普段はなかなかできないことにチャレンジもして欲しいと思います」
「戦場のような雰囲気が流れていました」
その上で普段とは違う生活を送るからこそ、新しいことに気づく機会があるはずだ、と。
「その気づきの時間にして欲しい」
それがコロナ禍の生活の中で筒香からの子供たちへの提案だった。
もちろん筒香自身も、昨年はその想いの中で試行錯誤をした1年間だったはずだ。
「スピードが全く違う。あとは日本にはないような環境で育っている選手が多いので、ハングリー精神があり、戦場のような雰囲気が流れていました」
子供との質疑応答の中で日本のプロ野球とメジャーの違いを問われると、筒香はこんなふうに答えていた。
試行錯誤の1年目。
ただでさえ今までとは全く異なる環境に身を投じ、その上新型コロナウイルスの影響もあった。様々なことが制約された中で、思うように結果を出せないもどかしさを抱えるシーズンだったかもしれない。
「もうムリだなと思ったときにどう乗り越えましたか?」
それでも「流れの速い川に飛び込むなら、まず先に飛び込んだ方が苦しみながらも流れをつかみ、楽しむことができるようにもなる。飛び込まなければ、楽しい思いも遅れることになる」と独特な表現で去年を振り返り、まず踏み出す勇気を持つことの大切さんを語った。そうして行動することで、野球の技術だけでなく生活や人生でも様々な気づきを得た年でもあった。
「もうムリだなと思ったときにどう乗り越えましたか?」
子供達との質問コーナーでこんな質問が飛んだ。
「もうムリと思わないです」
すぐさま返ってきた筒香の答えだ。
「もうムリだなと思うと、そこで1回立ち止まることになるので、ムリと思った瞬間に次には進めない。必ずできると自分を信じて、信じられるようになるまで諦めずに、毎日、取り組んでいきます」
そのことを子供たちに伝えたかったが、それだけはない。自分自身でももう一度、心に刻み込んだ。
それは自身のメジャー2年目への誓いでもあった。
文=鷲田康
photograph by 提供写真