21日夜(ブラジル時間)の英タイムズ紙による「日本政府内部で東京五輪・パラリンピック中止を決め、2032年開催を目指す」という報道は、ブラジルでも反響を呼んだ。

 この報道の直後、知人のブラジル人スポーツ記者から日本国内での反応を聞かれた。とりあえず、橋本聖子五輪相の「そういう報道があったことは承知しておりません」、「政府としては、全力で今夏の開催に努力していきたい」というコメントを伝えた。

 翌22日のテレビのスポーツニュースや社会ニュースではこの話題が取り上げられて「日本政府、IOC、JOCは記事の内容を全面的に否定し、開催を明言した」と伝えていた。

 ただし、常日頃、日本の社会、政治状況が逐一報じられているわけではなく、日本がかなり切迫した状況にあることはほとんど伝わっていないという印象を受けた。

南米諸国では五輪への関心は高くない

 世界有数の五輪人気を誇る日本からは想像しにくいだろうが、そもそもブラジルをはじめとする南米諸国では国民の五輪への関心は高くない。「スポーツと言えばフットボール」という国がほとんど。ブラジルは男女のバレーボール、ビーチバレーなども世界トップクラスだが、フットボールと比べると競技人口も一般的な関心もずっと落ちる(リオ五輪ではネイマールらを擁した男子サッカーが初の金メダルを獲得)。

 2016年に南米初となるリオ五輪を開催するに際しては、多くの競技施設を新たに建設したり、大幅に改修する必要があった。しかし、実はかなり早い時期から、大会終了後、多くの競技施設が「ホワイト・エレファント」(無用の長物)と化すことが危惧されていた。

 一部のスポーツ関係者は「リオ五輪でブラジル選手が活躍して注目を集めたら、関心が高まって競技人口も増えるのではないか」という希望的観測を唱えたが、そうはならなかった。

リオ五輪後、競技施設の一部は廃墟化

 ブラジルは、五輪前もその後も「スポーツといえばフットボール」の国のまま。リオ五輪用に建設された競技施設の多くが有効利用されておらず、一部は全く使用されず廃墟と化してしまっている。

 また五輪開催を機にリオ市内の地下鉄の路線が延長され、高速道路が整備され、旧市街が再開発されるなど、プラス面もあった。その一方で、五輪に向けた多額のインフラ投資と大会後の景気の低迷のためリオ州政府の財政が悪化し、そのことが治安の更なる悪化も招いた。

 このようなリオ五輪の後遺症もあって、国民の五輪への関心は一層低下した感がある。「一度は延期された東京五輪が、あと数カ月後に本当に開催されるのか」と懸念する人自体が少ない。

夏季五輪5回現地取材のブラジル人記者の意見

 それでも、かつて主要メディアの記者として夏季五輪を5回、現地取材し、2019年から「毎日がオリンピック」というサイトを主宰するマルセロ・ラグーナ記者は東京五輪開催について以下のように語る。

「日本はスポーツの国際大会開催の経験が豊富で、優れた組織力を有する。日本国内でも新型コロナウイルスの感染が再び広がっていると聞くが、世界的にみればまだましな方だろう。

 外国人を含む観客を入れると感染のリスクが大きいだろうが、無観客であれば開催は十分可能ではないか」

 さらに、次のように付け加える。

「五輪を愛する自分としては、是非とも開催してもらいたい。

 このような困難な状況であるからこそ、大会を開催し、成功させることは五輪運動の根本精神の体現だと考える。今、このような状況で五輪を開催できる国があるとしたら、日本をおいて他にないのではないか」

感染者884万人のブラジルから見れば日本はマシ?

 昨年の3月中旬以降、新型コロナウイルス感染が爆発的に広がり、1月24日時点で感染者が884万人、死者が21万7000人を超えたブラジルからみれば、日本の感染状況は取るに足らないと映る。

「今後、東京が解決すべき問題があると考えるか」とラグーナ記者に尋ねると、以下のような答えが返ってきた。

「日本では、五輪種目のほぼすべてにおいて一定数以上の競技人口があり、競技会を観戦する人もいる。ブラジルのように多くの競技施設が無用の長物となる可能性は少ないのではないか。

 とはいえ、新型コロナウイルスの感染拡大という問題は、五輪の歴史において一度もなかった。仮に五輪を開催し、見事に成功させたとしても、当初、予想されたような経済効果が見込めるはずがない。多額の経済的損失を乗り越えなければなるまい。その点は、前回大会開催国として非常に気の毒に思う」

ブラジル男子柔道監督の藤井裕子さんにも聞いてみた

 一方、ブラジル選手団の当事者の思いはどうか。

 2013年からブラジル柔道代表の技術コーチを務めて2016年リオ五輪で女子57kg級のラファエラ・シウバの優勝などに貢献し、指導力を高く評価されて2018年から女性でありながらブラジル柔道男子代表の監督を務める藤井裕子さん(愛知県大府市出身)はこう語る。

「昨年の3月中旬以降、選手たちは所属クラブが閉鎖され、自宅以外の場所では練習ができなくなった。そのせいで、一時的にモチベーションを落とした選手もいる。

 それでも、代表チームは昨年7月から9月にかけて欧州では感染が比較的抑えられているポルトガルで強化合宿を行ない、その後もほぼ毎月、国内合宿を組んで懸命に調整を続けている。

 ブラジル柔道連盟の役員からは『“五輪は絶対に開催する”と東京から聞いている」と言われてきた。ところが、最近になって『(感染のリスクを減らすため)出場選手の数を減らすかもしれない』と伝えられ、事態が緊迫していることを察していた。

 現在の状況は、自分たちにはどうしようもない。五輪が開催されると信じ、引き続きチーム強化のためにベストを尽くすことしか考えていない」

東京、日本に対する強い期待がある

 ブラジル国民の一般的な関心は決して高くないとはいえ、五輪種目をカバーするメディア関係者、そして選手団関係者からは開催地東京、ひいては日本への強い期待が感じられる。

 逆に言えば、「東日本大震災から復興した日本を世界に見せる」と宣言して五輪を誘致したにもかかわらず大会を中止するようなら、「日本は新型コロナウイルスに屈した」という印象を与えかねない。

「無観客ならば、開催可能なのでは」

 ブラジルなど世界の多くの国では、昨年後半から一部のスポーツが再開されているとはいえ、依然として無観客で行なわれていることが多い。それは、もし観客を入れたら感染が急拡大する可能性が極めて高いからだ。

 ラグーナ記者が「無観客であれば、開催は可能ではないか」と語るのも、そのような現実を踏まえている。

 一方、日本では昨年7月からプロ野球とJリーグで、10月からBリーグで有観客試合を実施しているが、しかるべき対策を取っており、大きな問題は起きていない。

 日本の各メディアによる世論調査では、反対が多数になっていると聞く。また選手の感染防止対策の徹底ができるのか、医療従事者やボランティアの準備など、問題が山積しているのは確かだろう。

 ただブラジルの識者や競技に携わる人に話を聞いた身としては――できれば有観客で、最悪の場合は無観客であっても、可能な限りの対策を講じて五輪を開催し、見事に成功させてもらいたい。それによって「日本は、そして人類は新型コロナウイルスなどに屈しない」という気概を示し、苦しい状況にある世界中の人々を勇気づけてほしいと考えている。

文=沢田啓明

photograph by Shinya Mano/JMPA