この記事は『小さく、パワフルな伝説のフェラーリ│残してきた輝しい戦績は?』の続きです。

1996年から、このフェラーリ 166MMを所有しているロバート・M・リーは、世界トップクラスのカーコレクターで、ペブルビーチでの2回のタイトルをはじめ、数々の栄冠を手にしている。また、めずらしい銃器の収集家でもあり、慈善家、作家、探検家で、狩猟を楽しむ傍ら自然保護活動も行った。2016年に88歳で死去したあとは、妻のアンがコレクションを引き継いだ。アンは夫と共に、拡大を続けるリノのコレクションに長年関わっており、夫の死後も、166MMを大勢の人が心ゆくまで楽しめるよう尽力してきた。
 
リー夫妻は166MMを"22"と呼び習わしてきた。夫妻が所有者になって以来、"22"が公に姿を見せる機会は何度もあったが、すべてアメリカ国内だった。しかし今回は、ル・マン優勝の70周年を記念して、ヨーロッパを巡る一大ツアーに乗り出したのである。訪問先はコンクール・オブ・エレガンスにとどまらない。元ジャンニ・アニエリの166MMを所有するクライヴ・ビーチャムが"166ツアー"を企画したので、それに参加して様々なイベントを訪れている。

なんと一連の企画の前に『Octane』は試乗の機会を得た。



この車はフェラーリと自動車の歴史に残る金字塔であり、過去に雑誌がテストを許された例は記憶にない。つまり、後にも先にも1度きりのチャンスだ。しかも、値が付けられないほど貴重な1台である。プレッシャーを感じるなといっても無理な話だ。
 
昨今は、166MMの形を少々不格好に感じる人もいる。しかし、中央のスポットライトの正面に立って眺めると、横置きリーフスプリングがエンジンの下にのぞいて見えるのが、いかにもレーシングカーらしい。小粒でありながら力強く、実に魅力的な佇まいだ。大きな格子状のグリルの両側は、あの口ひげ型のカーブが飾る。ジョン・トジェイロは、この"顔"に着想を得てACエースを造った。つまりこれは、コブラのデザイン上のルーツでもあるのだ。私が最も気に入ったのは横からの眺めである。フェンダーからドアとホイールアーチを越えて緩やかに波打つキャラクターライン。複製したクロームのワイヤーホイールに、ダンロップのレーシングタイヤを履き、それが絶妙のバランスでホイールアーチを埋めている。後方からの眺めも悪くない。絞り込まれていくテールにル・マン用のライトを装着した姿に魅了されない人がいるだろうか。
 
羽のように軽いドアを開け、バケットシートに腰を下ろすと、座り心地がいいので驚いた。この時代の車の多くは、ステアリングが体に近すぎたり、逆にダッシュボードに近すぎて扱いにくかったりするものだが、166MMは違う。助手席のフットウェルには予備の燃料タンクがあり、そこに助手席側のドアのパネルギャップからかなりの光が差し込んでいる。これも"本物"ならではだ。総じてコンパクトな印象である。内部を覗き込んでみると、スーパーレッジェーラ工法ゆえのボディパネルを裏側で支える鋼管の細さ(1〜1.5cm程度)と、その数の少なさに驚かされる。車重が軽いのも当然だ。
 
どこを見ても美しく、染みひとつないが、歴史の香りもしっかり残されている。公道走行用のウィンドスクリーンを取り外したら、いよいよル・マン・ウィナーをドライブするときだ。細い棒状のキーを差し込み、ボタンを押すと、V12が勢いよく目覚めた。少しの間、甲高いサウンドを響かせると、お馴染みのスタッカートに落ち着き、2本の細いテールパイプを振るわせる。
 
イギリス滞在中に"22"の面倒を見ているDKエンジニアリングのジェームズ・コッティンガムが、いたずらっぽい笑みを浮かべ、「2速に入ることを祈る」と私にささやいた。そう、166MMの5段ギアボックスは手強いことで有名なのだ。ギア比が離れている2速ギアのシンクロは存在する"はず"という程度の代物で、1速から2速へ入れる難しさにかけては、右に出るのはヴィンテージ・ベントレーくらいである。そこで、最初は2速を避けることにした。1速から3速(シフトノブの文字ではIとIII)へ入れるほうが、はるかに楽なのだ。


 
写真を撮影するための低速走行を時間の無駄と考えるジャーナリストもいる。だが私はこの時間が好きだ。実際の使い勝手や性格など、ドライブする車について様々なことが分かる。1速はダッシュボードにぶつかりそうな位置にあることや、大きな軽量穴を開けたハンドブレーキがダッシュボードの下から生えていること。低速でもステアリングがそれほど扱いにくくないことや、ダッシュボード上のバックミラーが微塵もぐらつかないこと、リバースは見つけにくいが、いったん分かれば簡単に入ること…。すべてにおいて一切遊びはないが、同時に優美で繊細にすら感じられる。これで24 時間に及ぶ激しいレースを持ちこたえたとは、とうてい信じ難い。
 
撮影が済み、いよいよこのマシンの真の実力を探るときが来た。すると当然ながら、はるかに多くのことが見えてきた。優美で繊細な印象が、正確な鋭い応答性に変わる。その最たるものがバルクヘッドに取り付けられたスロットルペダルだ。フットウェルには十分な空間があるので、ステアリングコラムに邪魔されずに足を自由に動かせる。5速に入れれば優雅にクルーズできるが、そこに至るまでは回転計の針が勢いよく上下に跳ね回る(最後に刻まれた8000rpmまで回す勇気はなかった)。


 
私はついに意を決して、音が届かないサーキットの奥で2速に入れてみることにした。すると意外にもすぐに見つかった。1速から2速へと重いレバーをぐいっと動かすと、抵抗はあったが、気持ちよく入ったのだ。途端に、この車を楽しむ新たな可能性が大きく広がった。シフトを動かすたびに変速が楽になっていく(といってもダブルクラッチの楽しさは捨てきれないが)。私は、この車はほかの166とは違うと考え始めた。
 
共に過ごす時間が増えるにつれて、頑固なギアボックス同様、ブレーキもそれほど問題ではないことが分かってきた。のちの時代と比べれば劣るのは確かだ。しかし、技術的な制約で、制動力と走行性能のギャップが加速度的に広がっていた時代の車とは思えない性能なのである。また、ステアリングは滑らかだし、短いホイールベースと狭いトレッドからくるバランスも申し分ない。鋭角コーナーは軽やかな足取りで駆け抜け、流れるような高速コーナーもつま先立ちで難なくこなす。低い位置に座るドライバーが車重の一部となり、そこを支点に回転するので、絶妙のハンドリングなのだ。しかし、何といってもあの輝かしいV12の甘美な咆哮に勝るものはない。スムーズでありながらスリリング、テリアのように血気盛んだが、ラブラドールのように協力的だ。
 
この車はまさに傑作だ。セルスドン男爵がル・マンでドライブできないほど体調が悪かったのだとしたら、私は心から同情する。今なら、何を経験し損ねたのかよく分かるからだ。もし自分の意志で拒んだのなら、何とも惜しいことをしたものだ。私なら梃子でも動かない。事実、私をコクピットから引っ張り出すのは容易ではなかった。