6日、広島原爆の日・県内被爆者訴え

6日、広島原爆の日・県内被爆者訴え

 米国の原爆投下から今年で72年。6日は広島市、9日は長崎市で被爆者や遺族らが平和への祈りをささげる。大分県内にも592人の被爆者がいる(3月末現在)。これまで学校現場などで被爆体験を語ってきた生き証人たちも平均年齢は82歳を超えた。「生きている間に、核廃絶が実現してほしい」。あの夏の悪夢を思い出し、悲痛な叫び声を上げている。
 「5年ほど前から膀胱(ぼうこう)がんや大腸がんを患っている。70年以上たっても、原爆に苦しんでいる」
 広島市の爆心地から800メートルほどの距離で被爆した万田泰次さん(80)=大分市松が丘。今年5月、厚労省から原爆症に認定され、「医療特別手当」を受けている。
 忘れもしない1945年8月6日午前8時15分。2人の弟を連れ、道端を歩いていると、上空を飛ぶ米軍の爆撃機B29に気付いた。その瞬間だった。閃光(せんこう)と爆風が全てをのみ込んだ。弟たちは外傷がなかったのに、髪が次第に抜けて、体中から出血した。1週間後に亡くなった。「これが目に見えない放射線の恐ろしさ。二度と思い出したくない」。両親や姉の命も奪われた。
 世界唯一の被爆国となった日本。今年7月、国連で「核兵器禁止条約」が122カ国の賛成で採択される中、交渉に参加しなかった。核兵器の使用、威嚇などを禁止する内容だが、同盟国の米国に配慮したとされる。
 「全く理解できない行動」と、大分県原爆被害者団体協議会の永島三歳(みとし)会長(76)=臼杵市野津町=は嘆く。「日本は核兵器の恐ろしさを一番知っている国。交渉に参加しなかったのは恥ずかしい」
 70年が過ぎ、核兵器は廃絶されるどころか拡散している。米国と北朝鮮は核開発やミサイルの発射実験を巡り、緊迫した状況にさえある。永島会長は「核兵器は人類を滅ぼしかねない。もう一度、広島や長崎で何があったのか、目を向けてほしい」と訴えている。

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